残党狩り
戦いは日々激化の一途を辿っている。自分より強い敵が出て来てもおかしくはないだろう。今でこそ『狩る側』に立っているが、いつ『狩られる側』に回るか分からない。
だからこそ、日々の鍛練や修練は欠かせない。任務の合間も仲間達と訓練に打ち込み、勘が鈍らないようにしている。その内容は各々の得意分野や適性によって変わるが、いずれにしても過酷そのもので、毎年特務課ないしその候補生の中から必ず死者が出る。
ピアニストは1日1回ピアノを最低限引かなければ、その演奏の精度は落ちるし、レーサーだって1日1回は車に乗って走り込まなければ、そのドライビングテクニックは当然落ちる。
我々も同様だ。訓練が厳しかろうと泣き言は決して言わないし、こんな所で死ぬつもりなど欠片もない。
「うぅ・・・。」
「痛ぇ~っ・・・。」
倒れた男達の山の上に座り込み、自分は尋ねる。
「これで全部か?」
「もう動ける奴なんざいねぇよ!お前らが全滅させちゃったもん!」
徹男が突っ込む。ここに倒れている男達は同じ公安の者から機動隊、果てはSAT(特殊急襲部隊)までいる。そんな精鋭達すらも自分の訓練相手には物足りない。
「大知。君が相手じゃないと、あまり訓練にならないな。」
「ああ。こっちもだ。」
自分と同じく死屍累々の中、大知も物足りなさそうに返事した。自分と彼は幼馴染みで、この世界にも一緒に入っている。彼は元々剣の才能に満ち溢れており、組織の中でその力を完全に開花させた。自分も彼の力に呼応するように銃の才能を開花させ、今や自分と同等以上の力を持つ者は彼以外にいない。
「半端ないわよねぇ~。全国の警察でも有数のエリート達が集まったのが、公安や機動隊、SAT等の特殊部隊で、この訓練場にいるのは更にその中から厳選されたオールスター達。その歴代オールスターの中でも、あの2人はぶっちぎりね・・・!!」
史依留は離れた所で笑いながら言った。だが、自分にして見れば笑えたものではない。これだけの数がいるなら、せめて自分や大知に手傷の1つでも与えて欲しいものだが。日本の治安を守る者達がこれでは、はっきり言って不安しかない。
その夜。
月明かりの下、街中を駆け抜け任務から帰還する中、通信機が鳴った。
「妹尾。第一課の捜査員が国際手配中の元日本赤軍のメンバーを発見したと情報が入った。任務終了で疲れているところを済まないが、彼らの援護に入ってくれないか?相手は凶器を持ってる可能性が高い。合流ポイントの座標をすぐに送る。」
「了解。これより合流ポイントへ向かう。」
指令を受け、自分は仲間との合流ポイントに目を通して進路を変えた。
日本赤軍と言えば、1971年から2001年まで存在した日本の新左翼系団体で、当時世界でも一、二を争う危険性を持っていた武装集団だ。日本革命を世界革命の一環と位置付け、中東など海外に拠点を置き、1970年代から1980年代にかけて多数の武装闘争事件やテロ事件を起こしたが、2001年に設立者自身が解散を表明した。
だが、後継組織に『ムーブメント連帯』が設立されたり、日本赤軍の残党やその意志を継ぐ支持者も少人数ながら存在している為、決着がついている訳ではない。
合流ポイントに向かうと、私服を着た男女2人が自分を出迎えてくれた。
「妹尾さん!応援に来てくれたんですね!」
「ターゲットは?」
「容疑者はあの店に入っています。店に入る前に懐に手を入れて辺りをキョロキョロしていたところから、恐らく拳銃かナイフを所持しているかと・・・。」
現場の状況を教えてくれた2人も公安のメンバーで、左翼系団体の捜査を行う公安第一課に所属している。
他の課の者と合同で任務に臨むと言うことは、自分の任務はあくまでも彼らの『援護』、殺害はNGだ。そう考え、手加減用の弾丸に変更した。
張り込んでから約30分後。
「あっ!出て来ました!」
女性捜査員が報告した。店の出入口を見ると、50~60歳ぐらいだろうか、年配の男が立っていた。報告通り、男は懐に手を入れて辺りをキョロキョロしている。よほど警戒心が強いのであろう。
「行きますか!?」
男性捜査員が尋ねて来る。それを自分は制止した。
「待て、この近くは人通りの多い通りがある。万一そこに逃げられて人質を取られたら、捕らえられる可能性は限りなく低くなる。」
「では、どうすれば・・・。」
若干の焦りを見せる2人の捜査員に自分はアドバイスを送った。
「お前達も警察なら『逮捕に適したタイミング』と言うものをいずれ現場の中で知ることになる。教科書通りに事が運ぶことは殆どない。だから現場で数え切れない程の場数を踏んで、感覚を養うんだ。」
「現場の仕事もまた、勉強の内・・・ですか。」
女性捜査員はそう呟いた。自分は何も言わずに尾行を始める。
尾行開始から約20分後。
男は人気のない道に入った。それを見た自分は捜査員2人に指示を出す。
「この先はトンネルだ。2人共、回り込んで向こう側の出入口を塞いでくれ。俺は反対側の出入口を塞ぐ。」
「は、はい!」
「挟み撃ちにする訳ですね!」
指示内容を素早く理解した2人は自分と分かれて、別のルートからトンネルの反対側に向かった。自分も通信機で連絡を入れる。追跡劇もいよいよ終盤だ。
ターゲットの男はトンネルの中を歩く。トンネル中央に差し掛かって出入口がはっきりと見えた時、出入口に4人の人影が立っている。
「・・・。」
警戒心が強い男は、人影の集団が自分を狙っていると思ったのか、すぐさま来た道を引き返した。が、引き返した先にも人影が立っていることに気付く。ただ、こちらは1人だけなのか、男は強気な態度で怒鳴りつけた。
「な、何だ!邪魔だ、どけ!」
「それは出来ない。悪いが、重要参考人として同行願おう。」
その言葉を聞いて、相手が警察関係者と知った男は、驚愕しつつも捕まるまいと懐に手を入れ、拳銃を取り出した。やはり凶器を隠し持ってたか。
「貴様ぁーっ!!」
こちらを射殺しようと銃を構えようとするが、銃声と共に即座に弾き飛ばされてしまう。男が丸腰になって怯んだところへ続けざまに弾丸を叩き込んだ。男はその場に倒れる。
「やったな!妹尾さん!」
反対側から公安の捜査員4人が走って来る。凶器や危険物等を持ってることは想定内だったので、一緒にいた2人に加えて更に応援を呼んでおいたのだ。
もし男が引き返さずに捜査員2人に銃を向けていた場合、1人は殺られていた(良くて重軽傷)可能性があっただろう。こちらに引き返してくれたお陰で、その心配も杞憂に終わったが。
後日、ニュースや新聞は男のことを大々的に報じた。やはり男の素性は、情報通り日本赤軍の残党だったようだ。そしてどのニュースや新聞、雑誌にも、特務課の名前は載っていない。ニュースを見ながら、徹男は言う。
「おぉ、やってるやってる!流石に日本赤軍のメンバーともなれば、マスコミの耳も早いな~。」
「ほぇ~。学校の教科書に載ってるような連中が本当にまだいたんだぁ~。」
史依留はテレビに映った容疑者の顔を見て、驚いている。史依留の世代ともなれば、日本赤軍なんて言葉を知ってること自体珍しいだろう。徹男や自分の世代でも知ってるかどうか怪しい(公安に属している自分達は当然知っているが)。
「そう言えば、この間テレビ番組で取り上げてたけど、この連中って『あさま山荘事件』とか言うのにも名前が出てなかったっけ?」
史依留は尋ねる。それを聞いた自分と徹男は訂正するように言うが、
「イヤ、その事件では・・・。」
「あさま山荘事件を起こしたのは、『連合赤軍』であって、『日本赤軍』ではない。よく混同され易いが、両者は全く別の組織だ。」
自分と徹男の言葉を遮るように、大知が説明した。史依留は大知に尋ねる。
「えーっ!?別物なの!?」
「そうだ。連合赤軍は日本赤軍が赤軍派から分派した後に赤軍派と別の過激派組織が合併して生まれた派閥であり、元連合赤軍メンバーの男が後に日本赤軍に加わったことを除けば、直接的なつながりは一切ない。」
その日本赤軍に加盟した男も現在は国際指名手配されており、行方は分かっていない。年齢的に見て既にこの世にいない可能性もあるが、真相は闇の中だ。
何にしても、必要であれば、そう言うテロリスト達とも戦わなければならない。我々特務課はそれらに対する最後の切り札・・・言わば邪悪なる存在の心臓を射抜く銀の弾丸なのだから。
日本赤軍の残党を追う回で、大と大知がどれぐらい強いか描写された回でもあります。
特務課は公安がマークする要注意人物及び要注意組織の中でも、特に危険とされる存在を狩る組織です。
今はまだ弱い敵しか出てませんが、もう少ししたら強い敵も出す予定です。