死刑囚を追え!
「何々・・・『街で乱闘騒ぎ勃発!』。黒崎会二代目会長と四代目会長が激突したが、その大規模抗争を日本刀を持った長髪の男が乱入し、一人で全員を斬り伏せて無力化する等、死者200人を超える壮絶な死闘となった・・・か。ったく、事件が絶えないねぇ。」
新聞を読みながら、徹男は呆れ顔で言う。
「何かと思えば、先日私が担当した任務だな。」
湯吞みに熱いお茶を注ぎながら大知は言った。彼は抗争が予感されていた黒崎会の監視に出ていたのだ。そして案の定、先代の会長同士による内部抗争が先日起き、大知が単独で制圧したと言う。
史依留はスマートフォンを弄りながら、吞気な口調で言った。
「それにしても、今の東京ってホント物騒よね~。こないだなんか、福岡の拘置所から脱獄した死刑囚が逃げ込み潜伏中って情報が流れて、街全域に警察官が配備される厳戒態勢に入ってたし。」
「大事に発展すれば、俺達にも抹殺命令が下るだろう。だが、この書類を作成したら、俺も巡回に出る。」
自分はパソコンで書類を作成しながら言った。
よく考えてみると、今の東京・・・そしてあの街は史依留の言う通り異常だ。いつからだろう、今のような無法地帯になったのは。
•自衛隊上がりの8人なら大丈夫だろうと思ったら同じ体格の20人に襲われた。
•腕時計をした旅行者が襲撃され、目が覚めたら手首が切り落とされていた。
•金を出せと脅す強盗は聖者。ひどいのだと殺してから物を奪う。
•車で通行人に突っ込んで倒れた(というか轢いた)後から荷物等を強奪する。
•車に乗っていれば安全だろうと思ったら、ロケットランチャーを撃ち込まれた。
•「そんな危険なわけがない」と出て行った旅行者が5分後に血まみれで戻って来た。
•商業ビルが謎の武装ヘリの機銃掃射を受け、50名を超える死者が出た。
•街の中心部は強盗にあう確率が150%(一度襲われてまた襲われる確率が50%)。
と、例を挙げればキリがない。よくこれで警察がそんなに関与してこないなと思われるが、「触らぬ神に祟りなし」、「君子危うきに近寄らず」と言ったものと同類なのだろう。
警察だって人間だから、怖いものだってあるし、課せられた仕事の領域を超えれば対処出来ない事案だってある。だからこそ、機動隊や我々特務課のような組織があるのだろうが。
それ以前に任務とは言え、身内であり味方である筈の警察もターゲットに入れたこともある。あの街では警察と題打っているが、実際は黒崎会に支配されてる為、警察としては殆ど正常に機能していない。半年前の任務では黒崎会から多額の賄賂を受け取っていた署長と、賄賂を渡していた黒崎会の幹部2人を射殺した。
2005年以降大体1年から数年、もしくは半年おきに教科書に載ってもおかしくないような大事件が発生しており、その度に街が何らかの危機に陥っているが、その最中も街は通常運転。往来は「いつものことじゃないか」と言わんばかりにノンストップに行き交うし、どの店も通常営業している。更にその大事件の度に街の中心部は大惨事に遭っているがその度に持ち直している。
それだけあの街は悪に染まり切ってしまったのだと、心から思ったと同時に街の異常性を噛み締めた。
夜になり、ビルの上から街を眺めていれば、それがより際立つ。一般人も一応いるが、堅気には見えない男女が道を闊歩し、中には角材や鉄パイプを手に持っている者までいる。
黒崎会の勢力が特に強い所は、その直系団体や二次・三次団体が事務所を構えている。その辺りは黒崎会が全体を統治している為、『ある意味では』治安は保たれている。だが、いずれは五嶺会や他の犯罪組織等と同様に敵として戦わなければならない勢力ではある為、野放しには出来ない。
そうして先のことを考えていると、一人の人物が目に入った。
「あの男は確か・・・。」
自分は昼間に史依留が言ったことを思い出す。
(こないだなんか、福岡の拘置所から脱獄した死刑囚が逃げ込み潜伏中って情報が流れて、街全域に警察官が配備される厳戒態勢に入ってたし。)
そうだ、あの男だ。例の脱獄した死刑囚と言うのは。これから捜そうと思っていたところを偶然とは言え、まさかこんなにも早く見つけてしまうとは。
自分は銃を取り出し、男を追跡する。男が人気のない暗い小道に入ったところで一気に接近する。その時、耳に付けた小型通信機が音を立てた。通信機越しに指令が耳に入って来る。
「聞こえるか?今入った情報によると、例の死刑囚は脱獄した後に拳銃を持っていることが判明した。見つけ次第、抹殺せよ。」
「了解した。ターゲットは既に発見し、現在追跡中。これより抹殺に入る。」
「何?では、そちらに援軍を送る。速やかに現在地を報告せよ。」
自分は通信を切って男を追う。援軍?月の明かりだけで充分だよ。ターゲット補足。風よし。武器よし。では制裁開始だ・・・!
ビルから飛び降り、まずは上空から牽制で1発男の足元に撃ち込む。驚いて動きを止めた所に飛来して壁際に追い詰めた。
「んなっ・・・てめぇ、まさかサツの追手か!?」
「答える義務はない。」
男は片手を乱暴にポケットの中に突っ込む。恐らく情報にあった拳銃を出す気だろう。自分は男の片手を瞬時に撃ち抜いた。予想通りポケットから拳銃が落ちる。
「グァッ!や、野郎・・・!」
これで勝負あったかと思った瞬間、乾いた音が1発響く。なんと、男は拳銃を2丁所持していたのだ。男は痛みで顔を歪ませながら笑う。
「へ、へへへ・・・まさか俺が拳銃をもう1丁持ってるとは思わなかっただろ?この辺りは黒崎会の関連事務所があるからなぁ。そこの奴から頂いて来たのよ!」
なるほど。それは迂闊だった。男の撃った弾は自分の片腕を掠めていた。服に当たっただけなので実質的なダメージはないが、敵から攻撃を受けたのは久々だ。反撃に出ようと再び男に銃口を向けたその時、
「おい!てめぇら何やってる!?ここらは黒崎会のシマだぞ!!」
いかにも堅気に見えない格好の男達が乱入して来た。死刑囚の男はヤバいと感じたのか、その場から逃げ出す。
男を逃がす気などないが、その前に邪魔者を排除するとしよう。男が落とした拳銃を素早く拾い上げ、黒崎会の者と思わしき男達を始末する。
振り返ると男の姿は既になかった。自分は壁を蹴りながら跳躍し、ビルの屋上へ上がると男の追跡を続行した。
某ビルの地下駐車場。男はそこに逃げ込んでいた。最初に上空から襲撃されたのを覚えていたからか、地上の逃亡を避けて地下経由の逃亡をするつもりだろう。悪い奴は頭がいい。
人気のない地下駐車場の中央で、男は勝利を確信し高笑いした。
「クハ・・・クハハハハハハ!!どうだ、あの野郎から逃げ切ってやったぜ!俺は生まれた時から好き放題して生きて来たんだ!これからも好きな時に奪い、好きな時に殺して生きてやる!そうだ、この世は俺が神で、俺が正義だ!俺に逆らう悪は誰だろうと制裁だーっ!ヒャハハハハハハッ!!」
「お前の言う通りだ。悪は制裁すべきだな・・・。」
その言葉と共に男の頭部を躊躇いなく撃ち抜く。男は高笑いの表情をしながら、絶命した。恐らく自身に何が起こったのか理解出来ないまま死んだのであろう。
コイツの個人情報は事前に徹男から受け取っていた。逮捕される以前から、中々ずる賢い奴で警察を手玉に取っていたとか。そんな男なら、上空を警戒して地下に逃げ込むだろうと言うことは容易に想像出来た。
お陰で、駐車している車の影に隠れて待ち伏せする作戦も上手く行った。しかし終わってみると、あまりにも呆気ない。
自分は男を撃った拳銃を手放して、その場を後にした。
後日、新聞の見出しやテレビのニュースは例の死刑囚の話題で持ち切りになった。『逃亡中の死刑囚、地下駐車場で死亡』、『逃げ場を失い自殺か、死刑囚の遺体発見』と、世間を大いに騒がせた。
「男の手には拳銃が握られており、現場近くでは広域暴力団『黒崎会』の構成員3名の射殺体も発見される。使用された銃と弾丸が男の所持していた物と一致し、男は罪に耐えかね自殺したとされる・・・ねぇ。」
新聞に目を通した徹男は、こちらを見ながら言う。
「何だ?」
「イヤ、別に・・・。」
徹男が口を噤む一方で、史依留は感心しながら自分に話しかける。
「しっかし、考えたわね~!ターゲットが持ってた銃を殺害に使うなんて。全ての罪は向こうが被ってくれる上に暴力団まで掃除出来るなんて、正に一石二鳥じゃん!」
敵が銃を落としたのは偶然だが、結果的には『警察と暴力団に追われることになり、追い詰められた果てに持ってた拳銃で自殺』と言うシナリオが出来た。
お茶を飲みながら聞いていた大知は、軽く笑った。
「フッ・・・しかし怪我をしなかったとは言え、敵の反撃を許してしまうとは油断したな。私なら、筋1本でも動かせば即刻首を刎ねただろう。」
確かに大知の腕なら、敵に何の動きも取らせずに斬ることも出来るだろう。それどころか、本気を出せば銃火器を持った数百名の武装集団相手に日本刀1本で無双することだって可能だ。
過去には、新宿と六本木に潜伏していた2つの国際犯罪組織・・・その双方の精鋭と同時に相対、且つ圧倒し国内から撃退している(その時は当時の愛刀だった和泉守兼定が交戦中に刃こぼれしてしまい、仮にこれがなければ双方壊滅させて完全勝利していた可能性も)。
「相変わらず俺達じゃついて行けねぇ話してんなぁ。つか、お前らが本気になって協力し合えば、アメリカとももう一戦出来るんじゃねぇの?」
徹男は自分と大知に尋ねた。大知は一切の迷いもなく答える。
「そんなものに興味などない。私は私の成すべきことを成し遂げるまでだ・・・。正義を貫き悪を滅することこそ我が本懐。その為ならば、国家の走狗になることも甘んじて受け入れよう・・・。」
自分も同じだ。正義の執行者としての矜持を以て、悪を一掃する。世界の平安実現を誓った者としての公安の誇りを胸に戦い続けるだけだ。
例え倒れたとしてもその信念に揺ぎはなく、ただ前を見続けるのみ・・・!
劇中の舞台となる、東京の情勢や敵勢力の一部について説明した回です。
黒崎会や五嶺会等の組織はいずれ主人公達と戦う予定です。