悪を断つ剣
悪は決して絶える事はない。そんな事実は、自分が一番理解している。
だが、それでも尚・・・こうして『巡回』に出ることを止められない。引き金を絞る手を緩められない。例え命を削る事になろうとも・・・。
「キャアアアッ!」
「おらっ!大人しくしろ!」
女性の悲鳴を聞いて駆け付けてみれば、若い女性4人が男性15人に襲われていた。殺傷能力の低い弾丸が入ったマガジンを銃にセットすると、男達の物と思われる車のボンネットに飛び降りる。着地の衝撃でボンネットは大きく凹み、フロントガラスも派手に割れた。
「うおぁっ!なっ・・・何だぁっ、てめぇは!?」
男達は驚き、こちらに尋ねて来るが、こちらは元より答える気など毛頭ない。2丁の拳銃で男達の眉間を的確に撃ち抜いて行く。実弾でない分、当たっても死ぬことはないが、まともに食らえば気絶させられる程度の威力はある。
「クソッ!早くアイツを捕まえろ!ブッ殺してやる!」
路地裏や建物の中から仲間と思わしき者達が出て来る。ざっと15人ぐらい、合計30人程か。内何人かは既に倒しているから、厳密には20人程だろうが。
自分は銃を発砲しながら、駆け回る。壁際に追い詰めかけられると、壁を蹴って高く跳躍、そのまま空中から弾丸の雨をお見舞いする。
こちらの動きに男達はただ翻弄されるばかりである。
5分後。
敵は最後の1人を残し、全て沈黙した。仲間を全滅させられ1人意識のある男は、無様にも失禁して怯えている。そんな男の額に自分は銃口を向けた。
「どうだ?顔面に銃口を突き付けられた気分は。別に強がらなくていい。この生きるか死ぬかの瀬戸際で怖がらない奴はいないだろう。その恐怖心しか悪が光へ転じる契機はない。」
そう言い残して引き金を引いた。後は予め呼んでおいた警察がどうにでもするだろう。自分の役割はこれで終わりだ。
その場から立ち去ろうとすると、不意に誰かが腕を掴んだ。振り向いて見ると、先程まで男達に襲われていた女の1人だ。
「あの・・・助けて頂きありがとうございます。もしよろしければ・・・名前を教えて頂けますか?」
こう言われたことは今までに一度や二度ではないのだが、自分の答えはいつも決まっている。
「Need not to know・・・知る必要のないことだ。」
特務課の存在が公にされる事はあってはならない。あくまでも自分達は「影の正義」を守る者。今回はただのゴロツキだから手加減の効く戦いが出来たが、場合によっては実弾を用いて相手を殺すことだってある。
裏社会に身を置く故に、関わらなくてもいい人物とは徹底的に関わらない。下手に自分と関わったばかりに危険な目に遭う人を見たくないのもあるからだ。
「よぉっ!昨日は派手に暴れたみたいだな!」
後日、警視庁の廊下で徹男と会う。どうやら先日の一件は他のメンバーの耳にも既に入っているらしい。イヤ、寧ろ公安に属するならそれだけ情報の収集が早くないと困る。
「何てことはない。いつものことだ。」
「あんまりやり過ぎんなよ。人のこと言える立場じゃ全くねぇけど、お前も地味なようでいて割と目立つんだから。」
黒いスーツに黒いコート・・・見ようによっては確かに目立つかも知れないが、徹男の格好と比べれば数段マシだと思う。徹男や史依留が派手な出で立ちをしているのは、警察関係者であることを隠す為の偽装手段で、実際に街中を歩いていても誰も彼らを警察の人間だなんて思わない。
そんな自分の考えを読んだかのように徹男は言う。
「言っとくけど、服装のことじゃないぞ。活動が殆ど夜に限定されてるから気に留める奴は少ないけど、そんなダークグリーンの髪色をしてる奴なんてお前ぐらいだぜ?」
「これは地毛だ。意図的に染めてるお前達とは違う。」
そう。この髪は徹男達のように染め上げたものではなく、生まれ持ってこのような色をしているのだ。だが、特務課の任務は大体夜がメインとなる場合が多く、闇に紛れ易いダークグリーンは殆ど目立たない。それに我々が相手をする者の多くは基本的にその場で死ぬ為、見た目の特徴を覚えられたところで痛手になることもほぼない。
「イヤイヤ、地毛以前に目撃者がいるような昨日の場合だと・・・って、どこへ行くんだ!?」
「少し運動したい。お前も付き合え。」
警視庁から少し離れた所に位置する訓練場。機動隊も使用している場所だ。
訓練場の中央で、自分は徹男と対峙する。
「な・・・なぁ。マジでやんのか?確かに戦闘が出来ないワケじゃねぇけど、俺は通信技師として補助に回ることが多いんだ。組織内で一、二を争うお前より弱いんだし、もっと別の奴が相手でも・・・。」
「悪い癖だぞ、徹男。例え後方支援がメインでも、犯人と全く対峙しない可能性などない。」
そう言って、訓練用のゴム弾が入ったマガジンを装填する。徹男も嫌々ショットガンにゴム弾を込めた。
徹男の本職はレーダーと無線通信を活かした電子戦、つまり敵による電磁周波数帯域の利用状況を検知、分析した上で妨害や逆用したり部隊の電磁波の円滑な利用を確保することだ。さながら『電波のエキスパート』と言ったところか。
だが、そのことが弱くてもいい理由にはならない。徹男を誘ったのも仲間の死を見たくないという、自分の願いが含まれているのだ。
「行くぞ。」
走り出す自分に向けて徹男はショットガンを撃つ。それを先読みしていた自分は大きく旋回し、2発発砲する。弾は徹男のショットガンに当たり弾かれる。心臓を狙ったつもりだったのだが、自身の武器を上手く利用して攻撃を防ぐ辺り、徹男も中々のやり手だ。
だが、勝負がこちらが圧倒的に優勢で、徹男は防戦一方だ。ショットガンの特性を上手く活かせず、いたずらに弾を消耗していく。そして、とうとう弾丸を全て撃ち切り、攻め手を失ってしまった。
自分は徹男に銃口を向けて勝利宣言を放つ。
「俺の勝ちだ。徹男、弾丸は大切に使え。俺と同格かそれ以上の敵と戦うことになったら、確実に死ぬぞ。」
「わ、分かってるよ!お前じゃなかったら当たってたのに・・・。」
徹男は愚痴を言いながら後片付けを始めた。特務課が相手をするのは、普通の警察では対応が難しい一癖も二癖もある人物ばかりだ。その中には実戦経験豊富な危険人物も含まれる。
そう言う敵と戦っている自覚を彼にも早く持って欲しいものだが・・・。
その夜、再び街へ巡回に行く。ビルからビルへ飛び移り、下の様子を見ながら移動を続けた。夜の街は昼以上に悪が蔓延る魔窟だ。
元々は歓楽街やオフィス街が立ち並ぶだけの普通の街だったが、日本最大規模の暴力団である黒崎会と香港の三合会から派生した五嶺会の対立が起こり、世界中から名のある国際犯罪組織、マフィア、ゴロツキ、アウトロー、果てやCIAやFBI等が居座る極悪の街として完成した経歴を持つ。管轄の警察署も手が回り切らないのか殆ど野放しにしている有り様だ。
そんな時、ふと路地裏の一角に目をやると、人が何人か固まっているのが見えた。一体何をしているのかと上から様子を観察してみると一人に対して複数人が暴力を振るっていたのだ。
暴力団に見えない辺り、彼らは所謂『半グレ(暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す集団)』だろう。徹男の話によると、最近では半グレである傍ら、普段は一般人として普通に社会へ溶け込んでいる『四半グレ』とやらが急増しているらしい。
逆に暴力団は若い成り手がいない分、高齢化が進み急速に勢力を低下、一昨年には黒崎会に全て吸収されてしまった。
自分はいつも通り、彼らの背後に着地する。
「なっ!?何だ、てめぇは!どこから現れやがった!?」
驚いた彼らの視線はこちらに集中する。そんな彼らの言葉を無視して自分は銃を撃つ。悪を断罪する為に、迷いは一切ない。
4人倒した辺りで周囲を確認する。すると路地裏から2人逃げようとしているのが見えた。この場から逃がすまいと逃げる2人の背中に銃口を向けると、
「うおっ・・・あっ・・・。」
突然声をあげて、その場に倒れた。絶命していることは一目で分かる。倒れた2人の前には人影が立っていた。その者は片手に日本刀を持っている。背中まで伸びている長い黒髪に純白の上着、そして紅いマントを羽織った侍のような雰囲気を放っているその男は静かに言った。
「久しぶりだな・・・大。」
「ああ。ここにいると言うことは、任務が終わったんだな・・・大知。」
谷口 大知。日本最強とされる剣の達人で、北辰一刀流の使い手。特務課で唯一自分と同等かそれ以上の強さを誇る男だ。そして自分と同じく正義の心があるのは間違いないが、その正義感の度合いは狂気に近い域に達している。
目の前の2人のように、例え一度でも過ちを犯し悪に染まった人間はどんな理由があろうと容赦せず殺害するのだ。大知は自分が倒した4人を見て、静かに言う。
「相変わらず甘いな。このまま警察に突き出しても、奴らは数年で刑務所を出て必ず再犯するぞ?」
「確かにコイツらに対する俺の対応は甘いかも知れない。だが、ここで敢えて痛みを教えて己の愚かさを認識させれば、一度外れた道へ再び戻れる可能性もある。それでも駄目なら、今度こそ実弾を以って引導を渡すさ・・・道は険しくともな。」
これまで殺してきた人の数は一桁や二桁どころではない。その数ある悪の中でも更生の可能性があるなら、一度だけチャンスを与えよう。それが自分のやり方だ。
「例え険しく困難と分かっていても、私は悔いなき道を往く・・・己の愚かさの認識・・・悪に同情や弁護など要らぬ。下らぬ戯言に心を揺り動かされるなど、器が知れるというもの。蔓延る悪に粛清の刃を向け、正義を執行するのみ。」
そう言って刀を鞘に納めると、彼は闇の中へ姿を消した。
この街はありとあらゆる欲望と憎しみが渦巻いている。恐らく世界で最も危険で、そして恐らく世界で一番命が安い街であろう。
我々警視庁公安部特務課はその闇の連鎖を生み出し続け、天と法が裁けぬ悪を闇の中で断罪する。「影の正義」の名の下に・・・。
大の親友、大知の初登場回です。
銃の達人である大に対して、大知は剣の達人となります。
超人だらけの集団である特務課の中でも、この2人は一線を画してます。