断罪者
警視庁公安部特務課。公安第一課から第四課まで組織される公安組織の、本来存在しないとされる筈の5番目の組織。その存在は、ごく稀に噂として広まり、すぐにその噂も忘れられるという所謂『都市伝説』のようなものとされている。
何故、世間で公にされている公安という組織の中で、特務課だけが公にされていないのか。それは警察の中でも一部の者だけが知ること・・・。
「なーんてカッコいいこと言われてるけど、要するに裏でやましいことしてるから、表沙汰に出来ないだけなんだよねーっ!」
「それ言っちゃオシマイだろうよ。俺たちゃ、上から命令されて任務をやってるだけで、その任務も中身が中身だから、公に出来ないんじゃん。」
オフィスの一角で小柄な少女とやや大柄な青年が雑談をしている。少女は制服を着崩し、長い金髪を指先で弄りながら軽口で言った。青年は紫色の髪に水色の袖無しジャケットとラフな格好をしている割に、どこか落ち着いた雰囲気をしている。
寺門 史依留に癸生川 徹男。それが二人の名前だ。やることがなくて暇なのか、史依留はこちらに話を振って来る。
「ねぇ、大は何か面白い話とかないの~?ここにいる時はいつも銃の手入れをしてるか、事務作業ばっかやってるけどさ~。」
「そんなものはない。下らん話をしてる暇があったら、そこの書類を整理しろ。」
自分、妹尾 大は史依留の言葉をあしらい、キーボードを打ち続ける。先日の任務完了報告書の完成を急いでいる途中だ。無駄話をしている暇はない。
史依留はわざとらしく大声で文句を言う。
「あ゛ーっ!ツッコミがウザいヤンキーモドキに、銃が友達の朴念仁!もっといい男はいないワケ!?」
「今、任務で出払っている大知の奴とかどうよ?ちょっと怖いけど、アイツも結構なイケメンじゃん。」
徹男は史依留に言った。しかし史依留は徹男を蔑視の眼差しで見て答える。
「『銃が友達の朴念仁』が『刀が友達の朴念仁』に変わっただけでしょ!ったく、女の子の考えが分からないなんて、これだから童貞は・・・。」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!それにいい男だったら目の前に・・・。」
徹男は史依留に何か言おうとしたが、途中で黙ってしまう。一体何を言おうとしたのだろう。その時。
机の上に置いている小型通信機が音を立てて鳴った。同時に徹男と史依留も各々の通信機を手に取る。その表情はさっきまでの柔らかな表情とは一変して真剣な表情となっている。通信相手の声が自分達に指示を送る。
「皆、任務だ。今回のターゲットは坂須木 益彦。奴の逮捕または殺害だ。」
坂須木 益彦と言えば、現在収賄疑惑で世間を騒がせている政治家で、逮捕も目前となっているらしい。その指令に対して、徹男は疑問をぶつけた。
「オイオイ!逮捕が殆ど確定している野郎を、何で俺達が出張って逮捕しなきゃなんねぇんだ?」
「話は最後まで聞け。それで、詳細を教えて頂けますか?」
自分は徹男の言葉を跳ね除け、任務の詳細を訊いた。
「坂須木議員は収賄以外に違法薬物の密売ルートを知ってる可能性がある。国内外問わず奴の周辺人物全てを調べたところ、国際手配されている有名な麻薬ディーラーの存在が浮上した。そいつは様々な犯罪組織とも繋がっているらしい。」
「へー、じゃあ本命は坂須木とか言う議員じゃなくて、そっちの麻薬ディーラーの方なんだ。」
史依留は軽く笑いながら言った。
「そうだ。坂須木議員から麻薬ディーラーの情報を聞き出し、最終的にバックの犯罪組織を壊滅させる。最終的な任務としてはこうだ。では、君達の健闘を祈る!」
通信は切れた。重要な情報を持っているなら、確かに自分達が動いた方が良いかも知れない。自分は銃にマガジンを込め、早速準備を整えた。
その夜。自分と徹男と史依留は、三手に分かれて坂須木議員の家の周辺を見張った。事前情報によると、そろそろ帰宅する頃だが・・・。
30分程待機していると、1台の車が走って来る。車のナンバープレートから見て、ターゲットのそれに間違いないだろう。そのまま家の中に入るのかと思いきや、車は家の前を通り過ぎて、何処かへ行ってしまう。自分は焦らず物陰から発信機を投げ、車の後方に装着した。徹男と史依留も素早く合流し、後を追う。
辿り着いたのはターゲットの家から300m程離れた大型倉庫だった。割れた窓から中を覗き見ると、何やら話し声が聞こえる。
「このままでは私は破滅だ!警察は明日明後日にでも私を逮捕しに来るだろう。お金は出せるだけ出す。だから、高飛びを手伝ってくれ!」
「ククク。まぁ、慌てなさんな。アンタにゃ世話になった訳だし、こっちも既に手は打ってある。逮捕寸前に挽回のチャンスをやるから、取り敢えずいつも通りに過ごせ。」
「それって、どういう・・・。」
直後、乾いた音が4発響いた。言うまでもなく銃声である。坂須木議員は目を見開いたまま仰向けに倒れる。絶命していることは火を見るよりも明らかだ。男は笑いながら言った。
「アンタが逮捕されたら、ヤクの密売ルートや俺のことまで知られる可能性があるからなぁ・・・悪いが、ご臨終だ。」
男は初めから、坂須木議員を殺すつもりでいたのだ。他人を利用するだけして最後に躊躇なく切り捨てる所業・・・彼は間違いなく制裁されるべき悪だ。
立ち去ろうとする男の前に、自分は逃すまいと立ちはだかる。
「何だ?お前さんは。」
「貴様に名乗る名前はない。久野田 庚栄、薬物取締法違法の疑いと殺人の現行犯で逮捕する。」
「ククク・・・誰かと思えばサツか。大方、この議員を嗅ぎ回って偶然俺に辿り着いたんだろうが・・・俺は簡単に捕まらんぜぇっ!」
麻薬ディーラーの男、久野田 庚栄は持っていた銃をこちらに突きつけた。S&WのM4506か。装弾数は8発、さっき議員を仕留めるのに4発撃ったから、残りの4発で殺す気だろう。こちらは銃を出して構えてない分、状況的に向こうが有利ではあるが、表情を一切崩さないどころか顔色一つ変えないこちらの態度が気に食わないのか、久野田は苛立ちを見せる。
「ケッ、何ポーカーフェイス気取ってやがる!銃も何も持ってないお前さんにそんな余裕があんのかぁっ!」
久野田は引き金に指をかけ、銃を撃とうとした。その直後、
「グギャアアアアアアッ!!」
乾いた1発の銃声と共に、久野田の手元が大きな音を立てて爆発した。拳銃は跡形もなくバラバラに飛び散り、破片の一部が彼の眼や鼻に突き刺さる。銃を握っていた手は、手首から先が完全に吹き飛び、どう手術しても治らないだろう。
徹男と史依留が駆けつけ久野田を取り押さえた。片手と視力を失い暴れる久野田の首筋に史依留は針を1本突き刺す。
「ゴメンねぇ~。ちょっとだけ眠っててねぇ。」
史依留が言い終わらない内に久野田は気を失ってしまった。徹男はそれを見て言う。
「相変わらず、お前の薬は凄いな。医者が使う麻酔以上の即効性だ。」
「フフン!史依留ちゃん特性の薬だからねぇ~!さ、後はコイツを連れ帰って、他の薬で自白させるだけよ!」
史依留は手際良く次の薬を準備する。この子は15歳にして、あらゆる薬品や毒に精通した『薬学のエキスパート』なのである。その卓越した技術で、潜入捜査や危険人物の暗殺等、多数の任務をこなして来た。
「流石は史依留だな。今回の取調べは早く終わりそうだ。」
自分は史依留を褒め、銃を懐にしまった。久野田を担いだ徹男は呆れ顔で言う。
「流石なのはお前もだよ。さっきの暴発、お前が早撃ちでコイツの銃口に弾丸を撃ち込んだんだろう?早撃ち記録0.03秒、日本国内では間違いなく最速だぜ。」
「最速かどうかはさておき、取り敢えず『今夜は』ターゲットを殺さずに済んだ。今はそれを喜ぶとしよう。」
そう、自分達が駆り出されるということは、「殺す」ことをある程度前提に入れられているのだ。
後日、坂須木議員が自宅近くの倉庫で遺体で発見されたことが、ニュースで報じられた。犯人は不明で、警察の捜査も難航しているらしい。・・・と言うのは建前で、実際は上の人間が警察側に圧力をかけているのだろう。警察の捜査も近い内に打ち切られる筈だ。
ニュースを見ていた徹男はコーヒーを淹れながら言う。
「おーおー、やってんなぁ。新聞でも『汚職議員、何者かに殺害される!』って、デカデカと見出しを飾ってやがる。」
「腐敗した政治家に天罰が下っただけだ。そして俺達は断罪者として、それを利用していた悪に正義の鉄槌を下した。」
自分は迷いなく言い切った。
「お前、よくそんな台詞を恥かし気もなく堂々と言えるな。」
徹男は苦笑いしながら言った。彼にしてみれば、かなり恥ずかしい台詞に聞こえたらしい。
「これが『俺』だからな。俺はただ、『正義』を執行する。『悪』と言う存在が無限に湧いて来るならば、俺はその根源を断ち切る。それより史依留はどうだ?」
「アイツなら、もう家に帰ってグッスリだよ。薬で久野田から有益な情報を聞き出すのを明け方までやってたらしいからな。今日は寝かせてやろうぜ。」
「そうか・・・。」
史依留の活躍もあって、幾つかの犯罪組織に関する情報は入手出来、国内外で動いている別動隊にも届けられたらしい。数日後にはそちらのニュースも大々的に報道されるだろう。我々の存在は伏せられて・・・。
我々特務課は「影の正義」の名の下に、政府に対する反乱分子や反社会的な市民への殺しを許可されている。その特権故に明るみには出ることは決してなく、政府の指令を受け歴史の陰で暗躍している。
歴史の後世まで残るような事件の解決には必ず特務課が何らかの形で貢献しており、そしてそれらの事件に特務課が関わった事実が公にされる事はない。しかし、自分にとって名声などどうでもいい。この地位職責は、目的の為の手段に過ぎないのだから・・・。
ここから本編となります。
主人公の大と、仲間である史依留と徹男の初登場回です。