第8話
不可解な点は残るが、品物は確かなようだった。故に、これ以上何を詮索することもできない。
桧山さんは、俺が商品を確認している間、キャプテンアルテマのあらすじやら、ロボット・ジークについての説明やらを熱心にしていたようで、俺は生返事を返していたが、隣のアメがとてつもなく興味津々に聞いていたようなので、アメを連れてきてよかったと少しだけ感謝する。
「まだ、まだ聞きたいので」
買い取り料金の支払いを終えて立ち上がる俺の服をつまむアメに、
「いいか、アメ。情報というのは待っていて受け取るだけじゃダメなんだ。俺たちの今日の目的は桧山さんからこのプラモデルを受け取ること。それ以上の情報を望むのならその手で掴みなさい。これぞ資本主義」
と、適当過ぎる理由を早口で話し、アメの理解が及ぶ前に桧山さんにお礼を言い、家から出る。
いくつかの疑問点はあった。
しかし、俺が考え得る中で、こういう買い取り案件において危険が俺の身に降りかかるのは二つ。一つは、先ほど確認していた偽装品という可能性。もう一つ、これは、非常に残念な話ではあるが、買取依頼品が盗品である可能性。
前者については、その可能性はほとんどゼロであると先に述べた通りである。では、後者はどうかといえば、これもまた、同じくゼロであると言えよう。何故ならば、そもそも、今回買い取ったロボット・ジークのプラモデル、これ自体が珍しい品であるからだ。盗品として扱われる品物になり得るとは到底考え難い。
これらのことから、確かに、おかしな買い取りであったとう点は否定できないが、俺に対して何かしらの危害が加えられるということはどうやらないとみて間違いない。以上のことから、俺は、桧山さんに特に何かを求めることなく、帰路に着いた。
「帰りに、飯でも食って帰るか」
「……?」
軽トラの助手席で、相変わらず俺の言っていることが理解できていないらしいアメ。一体この子は何をして生きてきたというのだろうか。
「ご飯だよ、ご飯」
「ご飯は、家にある」
「外で食べるとうまいんだ」
「……うまい?」
「おいしいってことだ」
「ふりかけがおいしかった」
「おー、そうか、そうか」
さて、どういう店に連れていってやろう。福見市内にも飲食店は結構多く、どこも北日本の軍人やらで賑わっているが、そもそも、この子を北日本の軍人に会わせてもよいものだろうか? 流石にちょっと怖い。放置していた問題を思い返しそうになるところを、ぽいと放棄する。そんな訳なので、今いる市内で適当な店を見つけて入るのがよかろうという結論に落ち着く。
市の中心に向かって、日が傾きつつある街の中、車を走らせる。
駅付近もうろついてみたが、どうやら、居酒屋ばかりである。それもそうか、と少し落胆しつつ、駅から少し離れた辺りを走り、ようやく見つけたのは全国チェーンで有名なファミリーレストラン一軒だった。とはいえ、俺自身もファミリーレストランなんて行くのは久しぶりのことであり、アメに至ってはおよそ初めてで間違いないであろうから、外食先としてはメニューの種類も豊富であるし適当と言えよう。
軽トラを地方都市特有の広めの駐車場に悠々と止める。自分たちの他には二、三台ほどの車しかなく、そこまで繁盛している訳ではないようだ。
「降りるぞ」
頭にはてなを浮かべているアメを先導するように、俺は店内へと入っていき、店員の案内に従ってテーブル席へと腰かける。店内には沈黙を作らないための程よい音量のBGMが流れ、照明も明るく、客が少なくとも物寂しさを感じさせない雰囲気がつくられている。
メニューを手に取り、開いてアメへと見せる。
「ほら、好きなものを選んでいいぞ。俺のおごりだ」
食費を今後どうするかということについて全く考えていなかったが、まぁ、買い取った訳だから、その世話くらいは俺が見なくてはいけないだろう、多分、ということにしておこう。
「なに、これは」
まるで探検隊が未知の生物と出会った時のような驚愕の表情をしながらアメが俺に問うので、俺は、この一覧に載っている料理を注文したらその料理を作って持ってきてくれるということを説明する。
「た、ただで?」
「いや、金がいる。資本主義社会だからな」
「なるほど、これが、金額ということ」
アメがメニューに載っている値段を指し示したので、そうだ、と頷く。
「……むむ」
アメは悩んでいるが、俺はもうとっくに決定している。ハンバーグ定食。子供っぽいと思うかもしれないな。家で食べられるじゃないか、なんて言うやつもいるかもしれないな。そこまで言わなくてもいい。俺は、そんなことまで考えていない。今はただ、このファミリーレストランでハンバーグとライスを食べたい、そういう気分なのだ。
「自分は、これ!」
アメがメニューを指して俺に見せてくる。自信満々に指さした先には、それは豪華なパフェがある。
「よし、何故それにしようと思ったのか、その理由を聞かせてくれ」
真っ先に否定するのは良くない。まずは理由を問う。おおよそ、テレビで見たから、とか、甘い物を食べてみたいだとか、そんな理由が返ってくるだろうと思っていたが、
「ふりかけみたいなのがかかってるから」
「おーう」
アメの思考は俺の遥か上を行く。た、確かに、よく見ると、パフェの上に乗っかるアイスクリームの上に、砂糖菓子によるカラフルな装飾が施されている。これをふりかけと勘違いしたらしい。どうやら、この子には、この世にはふりかけよりもおいしい物が沢山あるということから学んでいただく必要があるのかもしれない。
「よし、分かった。けど、それはデザートだ」
「デザート? デザント……タンク……タンクデサントは……危ない」
「違う。そうじゃない。デザートだ。デザートってのはそうだな、簡単に言うと、食事とは別だ。別腹ってやつだ」
「? 何も分からない」
「よし、じゃあ俺が候補を示してやるからそこから選べ」
ファミリーレストランのメニューの海からたった一人で外食未経験者が的確なメニューを選ぶというのは難しい。であるからして、ここは資本主義社会の先輩であるこの俺がアメに選択肢を示してやることにした。俺と同じくハンバーグ系統から一種類、オムライス、魚料理一種、カレーライス、とこのくらいで十二分だろう。何せ、どのメニューがどういうものかさえ説明するのが難しいくらいだ。
アメは人生の大きな決断でもするかの如く悩み、
「な、なにを、何を選んだら」
と唸りつつ、最終的には、目を閉じてランダムにメニューのページを止めるという何とも自我のない方法にて決定する。
「……じゃ、オムライスでいいのな?」
「いい」
「本当にいいのか? アメが好きなものでいいんだぞ。ランダムって、それ、好きなものを選んだって言わんだろう」
「その……好き、というのが良く分からない」
まるで恋愛が何か分からない中学生のようなセリフを吐いているが、間違えてはならないのはこれはあくまで食べ物の話である。どうやら、彼女にとって、自分が好きなものを選ぶという行為は大変に難しいことらしかった。自我がない訳ではないのだろうが、こと、食事に関してはそのようなものが介在する余地はなかったであろうことが伺える。まぁしかし、ふりかけで満足してくれる味覚だ。何を選んでも問題なかろう。
注文を済ませ、時間が空く。目の前を見るとアメがいる。当たり前だ。当たり前だけれど、俺は、ふと、これまで逃げてきた事実を解決したくなった。
「なぁ、アメ」
「なに?」
「お前は、一体何者なんだ?」
「……? どういう意味?」
言葉があまりにも少なすぎた。アメは聞けば必ず自分が知っている情報を吐きだしてくれるだろう。俺が問うだけで。
「いやな」
けれど、少しためらった。なんとなくではあるが、頭に慎二の価値観についての言葉が思い浮かび、同時に、雫石の顔も思考を横切った。
「どこから来たのかな、と思ってな。それに、あんな血のついた格好で」
「どこ……自分は共和国の軍人──」
「なのか?」
アメは首を横に振った。
「だった。今は、違う」
「そう、なのか」
俺は、何故か、ほっとする。別に何も解決などしていないのに。
「じゃ、じゃあ、なんで? なんで俺の店に──」
解決していない不安を解決しようとさらに質問をぶつけようとしたその途中、
「お待たせ致しました~」
俺の質問は店員さんの陽気な声にてかき消され、代わりに、俺とアメの前にそれぞれの注文した料理が並べられる。俺はふぅ、と一つため息をつくと同時に、問題が全て解決しなかったことに対してもやもやしつつも、安堵した。どうやら、俺は、アメと一緒にほんの二日、三日過ごしただけだというのに、その生活が一人でいるよりも楽しいかもしれないと思い始めているらしかった。
スプーンを握り、
「これが、西洋の食器……」
なんて感想を漏らしながらオムライスを口に運ぶアメを見る。皇国の文化に対する知識の少なさはまるで子供のようであるが、彼女は彼女なりに、北日本でそれなりのことを学んできているに違いない。であるからして、彼女を子供と考えるのはよろしくないだろう。そう見えるのは、アメの行動に好奇心を感じるからである。俺は、まだ、アメのことを何も知らない。
何も知らずとも、こうして、時を一緒に過ごすということはそれなりに楽しかった。何より、気疲れしない。気を使う必要が全くなければ、人間、会話や共に時間を過ごすことによって得られる幸福というのは誰しも一定量はあるのではなかろうか。
ハンバーグ定食を食べつつ、俺はそんなことを考えていた。
一方のアメは、
「こ、これが、テレビで噂の、卵……」
いやいや、卵ってもっと一般的なものだと思いますよ。
「これは、赤い……血液」
「いや、ケチャップだ。トマトを加工した食材だ。待て、そのくらい、北日本にだってあるだろう」
「ない。横文字文化は贅沢」
「あー」
「こんなものを食べてしまっていいのだろうか……これでは、自分の自我が崩壊してしまうのでは」
「大丈夫だ。オムライスを食べるくらいで自我は崩壊しない。オムライスはわりと質素な方の部類に入る、多分」
「そう、なのか」
恐る恐るオムライスを口に運ぶアメ。目をまん丸に見開き、言う。おいしい、と。
はむはむとさぞ幸せそうにオムライスを食べ終わり、アメは、はたと気づいたように俺に恐る恐る問う。
「こ、これは……あの、お高いんでしょう?」
どこで習った、その言葉遣い。およそ検討はつくが。
「大丈夫だ。ほら、さっき金額見ただろ。もう忘れたのか? 七百円くらいだよ」
「なな、ひゃく……」
どうやら、アメの金銭感覚は何かとずれているような気がする。さて、とパフェを注文してやろうとし、呼び鈴を鳴らそうとする俺の手をアメがばしりと掴む。
「な、なんだよ」
「ダメ。デザ、ントはもっと、お高い……」
「いやいや、大丈夫だ。同じくらいの値段だって、そのオムライスと」
すると、アメは目を丸くして首を小刻みに横に振る。
「そんな! 食事でもないところに食事と同じだけのお金をつかうだなんておかしい! それならもう一度食事を食べる!」
「あー、えーっと」
うーん、これは、確かに、否定しずらい。そういう価値観だって間違ってはいないはずだ。うん、うん、それは、まぁ、まさに、その通りで……。
「うーん、そうか。じゃあ、また、このデザートの分として今度もう一回ファミレスに来よう」
俺の言葉にアメはとても納得言った様子で、何度も首を縦に振る。そうか、そんなに気に入ったか。それはよかった。
満足そうな様子のアメを隣に乗せて、俺は家へと車を走らせる。アメに、さっき聞けなかったことを聞こうとし、横目でチラリと助手席の様子を伺うが、
「寝てるのか」
そこには目を閉じ、幸せそうな顔で寝ている少しだけ服装が特徴的な一人の女の子がいるだけであった。だから、俺は、聞く機会を失った。