第7話
連絡をしてみると、今からでもいいからうちまで買い取りに来てくれということだったので、俺の愛車にして相棒の軽トラちゃん、即ち、軽自動車のトラックの出番である。軽トラといえば運送、運送といえば軽トラ。買い取りといっても、相手は世帯一つ。軽トラ一台あれば、よほど沢山の荷物を買取依頼に出されたとしても対応することができる。キャプテンアルテマのプラモデルの買取依頼ということであれば、それ以外にも沢山かさばるものを買い取りへと放り投げてくる可能性もあるが、それでも十二分に対応が可能であろう。
ちなみに、この買い取り出張、我が「何でも買います。」の秘策である。いいか、お宝というのは総じてどこかに埋もれているものだ。持ってきてくれるものだけを買い取っているのでは真のお宝に在り付ける可能性は低くなる。自分の足で稼ぐ、これこそが、小さい俺の店が生き残ることができている一つの理由でもある訳だ。
「おーい、アメ。出発するぞー」
何故か店内をうろちょろしているアメを呼ぶと、ダダダッと店から出ようとしている俺に急接近してきて、見上げて言う。
「任務ということでありますかっ!?」
「……ん? あー、うん、大体そんな感じ」
その目つきは真剣そのものでいきなり何をそんなに真剣になるのだと驚く俺に、
「銃、銃が見つからなかった。店の中に銃なかった」
などと、とても物騒なことを言い始める。
「待て待て。ここ日本皇国じゃ銃の携帯は警察くらいにしか認められていないから。ぶっぱなしちゃだめだから」
「でも、それでは、危険が迫った時に困る」
「困らない。大丈夫。もっと平和的解決ができる。だって俺たち人間だもん」
「……そうなのか」
真顔で言ってくるところからいても、本気で言っているのだろう。これが価値観の違い、ってやつか、なんてカルチャーギャップを感じながらアメが銃器を探す手を止め軽トラへ乗り込む。
「何でも買います。」は大通りから一本小道に入ったような、少し見つけにくいところに位置しているが、少し出ればすぐに大きな道へと出られるため、交通の便は悪くはない。市の中心からは少し離れているが、そのくらいの方が土地も広く持てるし都合はよい。
買い取り先は車で大体三時間程度の位置にあり、その道中、アメが嫌がったりしないだろうか、大人しくしていられるだろうか、なんていうまるで小さい子に対する心配のようなものをしてしまっていたが、何と驚いたことに、アメは助手席にて車外に流れる景色をただただじーっと見つめているだけでまるでお人形さんのようだ。
……お人形さん?
「……なぁ」
「?」
運転しながら横目でアメの様子を伺うと、ほんの少しだけ首を傾げ、問いかけに答えようとしているらしい。
「なんでそんなに静かなんだ?」
これまでのアメの傾向を見るに、テレビなど、情報が入ってくるものが目の前にある場合については静かにしている時が多かったが、そうでないときについては、何かしらの疑問をぶつけてきたり、その他、考えられない価値観の相違とも考えられる問題行動を起こしたリ、また、時に、脱いだり、そう。そういった問題行動を起こしてきたアメであるが、自動車の助手席という外の景色が流れる意外にやることのない場所においてじっとしているというのは少し不自然であるが故、その理由を問う。
「それは、自分、くうどのお人形さん、なので」
俺は馬鹿みたいに口を小さく開けてその答えを受け止める。そうか、そうだったのか、すまん、アメ。お人形さん、か。
……。
いやいや!
「待て待て! それは違うぞ。何をメルヘンチックなことを口走っているんだ。お前には、俺が、突然家に自分を買い取ってくださいと言ってきた少女をお人形さん扱いして夜な夜な愛でる男に見えるっていうのか!?」
「……」
「待て! お前、慎二に何を吹き込まれた! さあ言え、言ってみろ!」
「くうどは、女の子にとても興味があって、将来的に、女の子一人をお人形さんのようにかわいがりながら養いたいという願望を強く抱いている人だから、気兼ねしなくていいんだぞ、って言ってた」
「そうだ、俺は女の子にとても興味があって、将来的に、女の子一人をお人形さんのようにかわいがりながら養いたいという願望を強く抱いている人だ」
「そう」
何故無反応なんだ。俺の渾身のボケに対する突っ込みがない。しまった、これでは俺があたかも女の子にとても興味があって、将来的に、女の子一人をお人形さんのようにかわいがりながら養いたいという願望を強く抱いている人に聞こえるじゃないか。
「違うからな」
「違うの」
「そうだ。俺はごくごく一般的な少し労働意欲が人より低いだけの福見市に住む健全な十九歳であて、確かに、将来的に結婚願望が全くないという訳ではないにしても、女の子一人を養いたいという捉え方によっては何か誤解を生みそうな願望を持っているという訳ではない。よって、アメはお人形さんのようにふるまう必要はないんだ」
「マ、マジでぇ~」
「!? 何その言葉遣い」
「テレビで驚いた時はそう言えって言ってたから」
よぉし、皆、聞いてくれ、アメは順調にいろんな知識を身につけているぞ! すくすくと日本皇国の自由な思想に染まっていっている気がする! よろこばしくないなぁ~!
「マジでぇ~、とか言うのは、ちょっと、あの、そうだな。外見とか、イメージ的に似合ってないから止めといた方がいいと思う」
「そうなの」
そんな愉快な会話を挟みながら、俺のマイカー軽トラちゃんは目的地を目指した。
着いた先は、福見市から海側へとしばらく走った先に在る街。街中からは少し外れたところにある変哲のない一軒家。福見市と同じく国境線沿いの街の一つではあるが、この街においては北日本の人間の自由な行き来は認められていない。国境線沿い全ての街が福見市と同等の扱いを受けているという訳ではないのだ。
それが故に、街全体はさほど栄えてはいないが、それだけに、家の多くは年季の入った木造住宅であり、骨董屋を営む俺としてはどこにお宝が隠れているか、少しうずうずしてしまうような街並みだ。一軒家のインターホンを鳴らし、返事を待つ。アメは俺の後ろに控えている。服装は勿論、相変わらず、例の軍服チックな衣装であるが、ちょっとしたオシャレ服だと思えば、そこまで異様でもなかろう。
「はい」
少しして、キリリとした中年、いや、もう少し上だろうか、自宅だというのに、俺たちの訪問を予定してかカッターシャツにズボンとそれなりに整った格好をした眼鏡をかけた男性が出てくる。姿勢が良い、というのが最初の印象だろうか。返事の仕方や動作も相まって、しっかりした人なんだろうな、という印象を強く受ける。
「どうも、お世話になります、骨董屋『何でも買います。』の店主の古川空土です。こっちは、あー、手伝いです」
「あぁ、これは、これは。動画で拝見いたしました。お若いのに骨董屋とは、さぞ、色々なものを見てきているのでしょうね。何でも、キャプテンアルテマのプラモデルにお値段がつくというではありませんか。動画を見ていた知人に教えてもらいましてね。おっと、申し遅れました。私、桧山といいます。どうぞ、プラモデルは家の中にありますので、おあがりくださいな」
微笑みを返しながら男性は俺たちを自宅の中へと招き入れた。
家の中はとても綺麗に片付いていて、和風の一軒家にふさわしく、縁側まであり、その近く、畳の敷き詰められた客室へと案内される。まだまだ田舎ではこういった歴史ある家というのは多い。けれども、他の家の人の姿が見えない。移動途中さりげなく、
「広いお宅ですね。桧山さんお一人で住んでいるんです?」
と世間話のように聞いてみると、桧山さんは、はは、と笑って、恥ずかしながら、と答えた。客との世間話は大切だ。いくら相手は不要物を売るといっても、はした金で買いたたく──おっと、言い方が悪かった、適当に、俺の店が利益を出せるくらいの金額で買うとなれば、それなりにうまく交渉しなければならない場合もある。であるからして、世間話などによってコミュニケーションをうまくとるというのはそのための第一歩となり得るのだ。
とはいえ、深く聞きすぎる必要は全くない。ここで言えば、桧山さんが一人で暮らしているという事実くらいで十二分。それ以上は、客側から何か言ってくるでもしない限りこちらから聞くのは距離感を見誤る可能性もあるため、不要。
「ささ、ここで座って待っていてください。すぐに、持ってきますので」
俺たちは案内された和室で机の前に座らされる。少しして、桧山さんはわざわざ二人分のお茶を用意してくれた。
「えと、あの、倉庫だとか、その片付いていない場所だとか、そういうところに隠れているとかではないんですかね? それでしたら、ぜひ、手伝わせてもらいたいのですが」
という俺の申し出に対しては、
「いや、いい。大丈夫。問題ないです。どうか、ここで、待っていて下さい」
とのことであったので、俺はアメと二人で座って待つことにする。もぞもぞと動くアメ。どうやら、畳に直接座るというのに慣れていないらしい。
待っている間、特にすることもなく携帯デバイスを触って暇つぶししようかとも思ったが、何故だか、誰かの視線を感じているように落ち着かず、仕方なく俺は部屋の中の様子を見たり、立ち上がって、周囲を観察したりしていた。
ふと、疑問に思う。何か、ここまで来て、感じていた違和感が、この空白の時間があったことによって、確かに俺の脳へと認識されようとしていた。
違和感が繋がろうとしていた。
それは、そう、例えば、この家が妙にきれいであるということだとか、後は、買い取り品がキャプテンアルテマのプラモデルだけであるということだとか、桧山さんが一人暮らしであるということだとか……。一つ一つの事実だけ見れば、些細な事である。別に、それが起きても不思議ではない。俺は、部屋の何もない空間を見ながら、ぼんやりと頭の中の事実を列挙して、それぞれの違和感を徐々に認識し始めていた。そして、俺の視線は徐々に、本当に少しずつ、隣に座るアメへと向き始め──
「お待たせしたね!」
桧山さんの登場とともに、思考が打ち切られる。桧山さんの顔は笑顔であり、その両手には、大切そうに新品同様の状態であろうかと思われるキャプテンアルテマの登場キャラクターが一人、ロボット・ジークのプラモデルがあった。
桧山さんはテーブルを挟んでその対面にきびきびとした動作で座ると、プラモデルの箱を俺の目の前へと差し出す。
「いやぁ、申し訳ないね、少し時間がかかってしまって」
「いえ、とんでもないです。わざわざありがとうございます。では、さっそく、状態のチェックをさせてもらいますね」
外箱の見た目からして、どこかの中古ショップやらで大金をはたいて美品を買ってきたのではないかというほど綺麗な状態であり、中身をチェックせずともほとんど新品のまま眠っていたであろうことは明白であったが、後から不備が見つかっても堪らないので、こういった高額商品の買い取り前にチェックは必須である。
「とても綺麗な状態ですね。ずっと、倉庫とかに眠っていたんでしょうかね?」
はは、と笑いを交えながら問うと、桧山さんもまた少し堅そうな笑いを交えながら、そうなんですよ、などと返事をしてくれる。プラモデル自体はパーツ数もほとんどなく、足りているかどうかのチェックであればものの数十秒で終わってしまうほどの簡単な造りなので、そう念入りにチェックする必要も本来であればないのだが、先ほど覚えた違和感からか俺は、パーツの一つ一つや、説明書の紙質といったところまでチェックしようとしていた。
何故か。
このプラモデルが偽造品である可能性があるからだ。
勿論、その可能性は限りなく低い。そもそも、たかが買い取り一万円を一つのために個人が偽造品を作ろうとすればそれを遥かに上回るコストがかかるというのが一つ、もう一つは、偽造品では再現できない、外箱に年季が感じられるという点。確かに状態は良すぎるといっても過言ではないくらいだが、それでも、これが偽造品である可能性は限りなくゼロに近いだろう。
それこそ、何年も、いや、何十年も前から組織的に、このキャプテンアルテマのロボット・ジークのプラモデルの商品価値が上がることを見越して偽造品を作った、などというのなら話は別であるが、そんなこと、あるはずもない。