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軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第一章「お金ってなぁに?」
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第4話

「さー、よし、よし、分かった。その件はもういい、何も言うな、古川。私はお前にそのくらいのちょっと幼い外見の少女を愛する趣味があるということは知らなかったが、私にも北日本軍人でありながら皇国の骨董屋に来るような、とても人には自慢できない趣味がある」

「い、いや、だから」


 問答無用で話を推し進める雫石。豪快な笑顔は、まるで何でも許してくれそうな仏のように見えるが、何かと言い回しに問題がある気しかしない。


「なに、大丈夫だ。私も気づいてやれなくてすまんな。といっても、この鍛えられた体を持つ私には何もできんか……」


 ふふ、今度ははかなげな笑顔を見せる。何をしたいんだ、この人は。一体どういう方向に話を持っていきたいっていうんだ。面倒くさくなってきた俺は、もう見逃してもらえるならいいかと割り切ることにした。


「えーっと、で、今日は何か探しているものでもあるんです?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな!」


 バン、と胸を張って答える。この人、謎多き人物であり、購入するものは基本的には昭和レトロな玩具系が多いのだが、俺にはその良さはあまり理解できていない。とはいっても、俺自身、今はインターネットという超便利ツールがあるため物の相場は勉強しているため、話は分かる。物を取り扱うことに関しては好きだから、ものそのものの魅力には共感できずとも、好きであろう人がいるということは理解できるし、どういったところが面白いかというのも多少なら分かるのだ。これも商売よ。


「今日探しているのはな──これだ」


 そう言って、雫石は携帯デバイスの画面を俺に見せてくる。ネット上で品物を見つけることができても、北日本までしっかりと安全に物が運ばれてくるかは信用できないため、日本に住む俺が代わりに商品を取り寄せたりすることを頼まれる時もある。それならば、話は早い。ネットショッピングを代理で行えばいいだけだからだ。


「……なに、これ」


 俺はそのデバイスの画面を凝視する。そこに映し出されているのは、まるで食玩のようなちんけなつくりの、とてもふるめかしいずんぐりむっくりしたロボット型のプラモデルらしかった。完成品らしいが、彩色はされておらず、汚れも目立つ。

 俺たちの会話に興味をもったらしいアメが、興味深げにかざされたデバイスを見ているが、どうやら、彼女は画面に映し出されている画像ではなく、デバイスそのものを不思議に感じているようだ。まさか、携帯デバイスを知らないのだろうか? 今時の世の中、これ一つで世界に繋がれる超便利ツールであって、個人認証であったり、その他様々な用途に使用できる生活必需品の一つであるとも思うのだが……。まぁ、北日本の国民への普及率はさほど高くないと聞くから仕方ないかもしれないが。


「どうだ、いいだろ、このフォルム、そして、デザイン。素朴な表情……。これはロボットだよ。今から何十年も昔、工業用のロボットでさえまだまだ遠い未来とされていた時代、そして、第二次世界大戦から皇国や共和国が復興しようと努力を積み重ねていた時代において、皇国において娯楽のためにつくられた特撮テレビ番組で登場したロボットのキャラクター……」


 うっとりとした目で熱烈に語る姿は、およそ規律正しい北日本軍人の風貌や、普段のキリリとした顔立ち、長身で、少し化粧をすれば麗人と呼んでも差し支えないほどに見栄えする女性の口から紡ぎ出されているとはとても思えない。


「あー、そう、そう、そうね。それで、キャラの名前とか教えてくれよ」


 恐らく、このまま放置しておくと、果てはそのテレビ番組の歴史であるとか、それならまだ良い方で、この時代の特撮テレビのキャラクターの魅力がどうこうというとてもマニアックなスペシャルトークに発展していくであろうことは今までの雫石の来店からみても明らかであったので、俺はいつものように適当なところで雫石のトークに相槌を打ちつつも、その求めているものに対して情報を得ようとする。


「これはな、キャプテンアルテマという特撮番組に出てくる、ロボット・ジークだ」

「……全然分からん」

「なにっ! あれだけ説明したのに!」

「……あー、聞いた事あるかもしれないな」


 いや、その番組自体は俺は全く知らないし、キャラも勿論知らない。けれども、世の中には物好きな人間が多く、俺の営む中古買い取りショップという店が儲けるための一つの手段として、そういったニッチな分野への買い取り品の販売というものがある。

 特記するほどのことでもないが、これだけ物が溢れている世の中といえども、骨董品を初めとして、古い家などにずーっと眠っている価値あるモノ、珍しいモノというのはなかなかに多く、それは新規生産が出来ないが故に、普通の企業にはできない、骨董屋ならではの儲け口であるのだ。

 であるからして、マニアが求めているものが何かということに対して、常にアンテナを張り続け、その情報をキャッチし続けるということも骨董屋にとっては重要な仕事の一つであり、その俺のアンテナの片隅にわずかに引っかかっていたような、気がしなくもない……。


「そうかそうか、流石だ。で、このプラモデルなんだがな、これは組み立て済みのものだが、これの未組立状態のものが欲しいんだ。ここならどこかに眠っているかもしれないと思ってな。大きさは、そうだな、せいぜい外箱が十五センチくらいだろうか……。買い取った覚えはないか?」

「うーん」


 俺は、頭の中の記憶をたどる。自慢ではないが、こんな小さな店「何でも買います。」でも買取依頼は結構来る。物に溢れた時代を迎えてから数十年、断捨離なんていう言葉がブームになったりならなかったり、そんな世の中だから、どうせ捨てるくらいならば、とゴソっと家のものを買い取っていってくれなんていう人もいる。変わったところでいえば、遺品整理の中でも、骨董品や、昭和レトロな玩具なていう資産価値の分かりにくいものの買い取りなんかもやったりする。けれど、


「だめだ、ごめん、思い出せないや。昔、まとめて買い取った玩具とかが二階やらその辺の廊下やらに置いてあった気がするんだけど……まだ未整理なんだよなぁ」


 そうなのだ。俺は基本的には、労働をするのはあまり好きではないのだ。社会のしがらみから解放されるために今の仕事をしているのだから。であるからして、時と場合によっては買い取ってきたものをそのまま適当に放置するなんていうこともありうるのであって、とても言いにくい話ではあるが、この店がゴミ屋敷っぽくなってしまっているのも、まぁ、ちょっとは、ほんの一割くらいは……いや、三割? 三割くらいは、そういう買い取り品の放置なんていう要因が、あったり、なかったり……。


「はい、でたぁ! あのなぁ、古川! そうやって仕事をせずにさぼってばっかりいるとなぁ、あれだぞ、あれ」


 そこで雫石は何と言うべきか少し考え、


「そう、私が困るんだ! だからな、ちゃーんと買い取ったものは整理しておかないといかんのだ。特に私が欲しがりそうなものについてはな。分かるな?」


 と、年長者とは思えない超自己中心的な物言いにより俺を諭してくる。とても説得力がない。


「あー、はい、えっとー、そうだねぇ、次。次来るまでに探しておくよ。うん、うん」


 ところで、と俺は話を変える。とても重要なことだ、俺にとっては。


「その、なんだっけ? キャプテンなんたらのジークのプラモデルってのにはいくらくらいまで出せるの? 円でね」


 とても重要な部分である。何がとは言わないが、もし、仮に、もしもの話で、その未組立のプラモデルがたったの数百円だなどと言われたら、とても奇遇なことに、仮にこの家の中のどこかにそのプラモデルが眠っていたとしても、その眠れるお宝を俺が探し当てるのはとてもとても先のことになってしまうだろう。とても奇遇なことに、そればかりは避けられない運命なのだ。そんな雫石の今後にとても関わる質問に、雫石は、無言で指を三本だけ立て、俺に見せる。


「……? さん?」


 食玩のようなちんけなつくりのプラモデル。うーん、これは、三百円? 残念なことに、ここにお宝の探索は、超長期に見てもらわないと達成できなくなってしまうなと思いつつも、一応念のため聞いてみる。


「三千?」


 まぁ、それなら、結構早く探索が開始されるだろう。明後日くらいには……。けれども、当然ながらというかなんというか、雫石は俺の問いに首を横に振った。俺が、そうだよなぁ、と思いつつ表情を若干、ほんのすこーしだけ、面倒くさそうなものにする。


「ノンノーン」


 けれども、雫石は人差し指を左右に振る素振りを見せ、まさかのことを口にする。


「そんな安物じゃないに決まってるだろーう? 三万。三万だよ。三万だ」


 まるで賄賂に手を染める悪役軍人が買収をしかけるかのような目つきで一万円札を三枚俺に渡してくる。ちなみに、その渡している一万円札、俺のです。あなたが何故か俺からぶん取った一万円札です。返してください。


「はっはっは、欲しがりだなぁ」


 俺は、雫石に手渡された三万円を俺の懐へとしまいこむ。アメに渡すのはまた今度だ。ていうかそもそも三万円じゃだめだろ。三万円でよかったら、アメのおねだんは何とまぁ驚くべきことに雫石が欲しがるちょっと常人には良さが理解できない古い食玩のようなプラモデルと同等ということになってしまうし。


「さん、まん……」


 案の定、雫石が三万円という値段を言ったものだから、目をまん丸にしたアメが驚愕の表情で俺を見つめてくる。まるで、あなたは女の子一人をその良く分からないプラモデルと同じくらいの価値だといって自分を三万円で買い取るなんていう鬼でもしない所業をしようとしていたのね、とでも言いたげな表情だ。実に遺憾である。


「そうだ、三万円だ! だって、見てみろ、アメちゃん。ほら、このフォルム」


 雫石は追い打ちでもかけるかのように、携帯デバイスの画面に映ったへんちくりんなロボットの画像をアメの目の前へと押し付ける。


「……か、かっこいい……」


 しかし、なんということか、アメはじっくり見るうちに、何故かそのへんちくりんロボットの隠された魅力に気づいてしまったようで、そんな呟きを漏らす。人は三万円じゃ買えないんだよということを教えてあげるいい機会到来だ。


「でもな、そのプラモデル一個とアメの価値が同じ訳がない、そうだろ?」

「いや! このロボットは凄い。かっこいい。自分はこのぷらもでる? と同じくらいの価値……」

「卑屈ゥウ!」


 ダメだぁ、アメの自己評価の低さは俺の予想の遥か上をいっているようだ、手がつけられねぇぜぇ!


「アメちゃん、君はよくわかっているなぁ! どうだ、分かったか、古川。分かる人には分かるんだ、このロボット・ジークの魅力がな! と言う訳で、しっかりしっかり草の根をかきわけて探してくれ! 探してくれるよな!?」

「あー……その、なんだ。アメのことは置いといて……」


 三万円。それなら、当然俺の中でGOサインは出る。一日掛かりで探すとしても見つけられればそれだけで日給三万円だ。十分なラインだろう。現金な男だ、って? いやいや、考えても見てくれ。金とは力だ。金があることによって力を得られる。俺は金が欲しいんじゃない、力が欲しいのさ。


「いいよ、探すよ」


 俺の返事に、蝶子は子供が飛び跳ねるようにはしゃぐ。全くもって、図体に似合わない発言、リアクションをする女である。そういったギャップがもしかしたら彼女の魅力なのかもしれないが。


「よーし! そうと決まれば、もう私はここに用はないな! じゃあ、また会う日までさらばだ」


 とても踏ん切りよく蝶子は去ってゆき、そして、再び、この店にいるのは俺とアメだけになる。二人きりになり、アメが、いきなり、


「あっ!!」


 と大きな声を出す。何事か、何があったんだ。え、もしかして、あの三万円ショックがショックすぎてどうにかなってしまったのか、俺が不安になりながら、どうしたのと聞くと、アメは、深刻そうな顔でこう告げた。


「おなかが、すいた」


 なるほど、どうやら、彼女は、おそらく北日本出身でありながら、なかなか自由の精神を持ち合わせている少女なのかもしれない。

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