表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第五章「自由とは何か。」
21/21

第21話

「自分は、自然回帰派の思想に強く賛同している。これは、自分自身の選択。記憶が蘇ったからといって、くうどとの思い出がなくなった訳じゃない。くうどと一緒に生活したことも、そこの女の人、あなたと会ったことも、何も、かも、忘れてない。その上で、自分は、選択したの」


 その言葉は俺の頭に強く響いた。選択という言葉の響きは力強く、俺は、これまで何を言おうかとアメのために考えてきた言葉の全てを忘却し、新たにかけるべき言葉を考え直さなければならなかった。俺が何も言えずにいると、アメはさらに、畳みかけるようにして続ける。


「自然回帰──その思想の上に、私は強い人間となってここにいる。今回の戦いですべての主張が通るだなんて思っていないわ。だけど、抗わなければ道はできないの。戦争が人類を進化させるなんてことを言うつもりはない。けどね、やっぱり──そう」


 一息。


「やっぱり、動物園の動物たちは幸せではない。動物たちは自由を望む、例えそこに弱肉強食の世界が繰り広げられていても、その事実は変わらないわ。何より、彼らは選択をする。自由とは選択ができるということ。檻の中に居ては、選択はできないもの」


 それを言ったアメの様子はどこか重たげであった。思い出したくないことを無理やり思い出しているかのように。


「はっ……!」


 唐突に、雫石が鼻で笑う。そして、言う。


「さぁ、それ、見ろ、古川ァ。これがこいつだ。人質を肉の壁にして、そこに何人の犠牲が出ようとこいつの心は動いちゃいない。この戦いの先に在るのは何だ? それが自然回帰派の大義名分か? いいかぁ、小娘。教えてやる、覚えとけ。人はいつでも自由になれる。それが動物と人間の違うところなんだよ」


 ぶっ、と吐き出された唾がアメの手前で落下する。けれど、アメは雫石のその言葉には反論することなく、雫石に近づくと、腹を踏みつける。うっ、と嗚咽をもらす雫石を見ることなく叫ぶ。


「誰か! ここへ!」


 アメは机の中から何かを取り出す。紙だ。そこにサインペンで何かをてきぱきと書くと、紐をつけ、雫石の首にそれをぶら下げた。

 そこにはメッセージがただ一言。

 入ってきた男たちに、この軍人を一階正面から送り出せと命令すると、若干の抵抗を示す雫石を力づくで押さえつける男たちによって、雫石は部屋の外へ連れさられていった。彼女は去り際、俺に向かって大きく何度も叫んだ。


「それが、その女だ! 御影アメだ! いいか! そいつは自然回帰派の駒なんだよ! いいな! こいつらも全員っ、全員っ!」


 バタバタと暴れる雫石が退室した後、残るは俺とアメ二人きりの空間だった。二人の間を割いているのは俺の腕にされた拘束である。窮屈な体は心をも縛るかのように俺の覇気を奪っているような気がした。


「アメ──」


 俺が堪らずに口を開くが、すぐにアメが重ねるようにして言葉を吐きだす。


「これは自分の選択だから、くうどには関係ない」

「……な」

「これは自分の選択。くうどは自然回帰派の思想について何も知らなければ、自分に付き合う必要もない……だから、いまから、くうどを開放する」


 その開放とは、文字通りの開放を意味していた。アメは雫石を外へ帰したのと同じように、俺も外へ帰そうとしているのだろう。であるからして、俺は強く抵抗する必要があった。


「嫌だ! 俺は帰らないぞ。絶対に帰らない。お前が選択したっていうのなら、俺だって選択する。俺はここに残る。アメ、君が動くまで残るんだ」


 アメが俺に詰め寄る。詰め寄り、首元をつかむと、立ち上がらせる。そして、若干潤んだ目で言う。


「自分は、自然回帰派の駒なの。さっきあの人が言ったことは何も間違っていない。自分はただの駒。貴方の知っている御影アメじゃないわ」


 その手の力は人ではない強さを感じた。言葉には明確に俺を否定する思いがあり、さて、俺はどうやったらこの子の心を動かすことが出来るかと模索した。そして、思いつく。


「無線機、取ってくれ」


 俺は手渡された装備の中に、無線機があることを思い出した。


「……何をするつもり」

「いいから、とってくれ。何かしたら俺のことなんか好きにしてもらって構わないから」


 それで、アメが要求を飲むとも思いづらかったが、しかし、アメは、俺の服から無線機を取り出す。教えられた周波数をアメの手で調整してもらって、つながったと同時に俺は叫んだ。


「俺は自然回帰派の仲間に入──」


 俺が最後まで言うより前に、アメの手で無線は切られた。アメは俺を無線機から放すようにして突き飛ばし、驚愕の表情を浮かべて言う。


「何を言うの!? 何をするの!? 何のつもりなの……!? くうど、くうどは、その! 何を……!」

「そういうことだ、ホラ、今戻っても俺は相当まずい扱いを受けるに決まってるよな、分かるだろ? 賢いんだから」

「馬鹿なっ……」


 俺自身、何故こんなことをしたのか分かっていない。けれど、動いたッと思った。アメの心は動いた。間違いなく動いた。良い方向か、悪い方向か、それは定かでないにしても、今、この時、アメの心は大きく動いていた! この調子なら、と思ったし、何とかなると何故だか思った。


「アメ、な、俺はなんだってする、頑張るよ。こんな安いっぽい言葉って思うかもしれないけど、だけどさ、何とかなるかもしれないじゃないか。俺が協力する。君に非はないってことを、その」

「だからね、くうど、私は、自然回帰派の──」

「御影アメ、だろ。御影アメは御影アメだ。俺が知ってる御影アメなんだよ」


 その言葉を最後まで言えただろうか。その自信はない。何故なら、その直後、ガラスが砕け散る音とすぐに銃声が聞こえたからだ。これは一階じゃない。二階だ。第一波が失敗した、故に、第二波を出した。それだけのシンプルな事実であって、シンプルな、絶望。


「アメっ! 拘束を解いて!」

「……」

「早くっ!!」


 叫ぶ俺に従うように、アメは俺の拘束を解いてくれる。しかし、だからといって、これから、何をどうしようというのか。アメをかばう? ああ、そうだ! この部屋に突入してきた北日本軍人に対して、俺の装備を見せ、大声で怒鳴り散らして事情を説明する。こちらに抵抗する意思はない、捕まる、だから命を奪うな、と。いくら俺が無線であんなことを言ったからといって、日本皇国の国民をそのまま射殺するわけにはいかないだろう。大丈夫、いける。俺は震える足の震えをなんとか止め、部屋から出ようとするアメの行く手をふさぐように立ちはだかった。


「もうやめよう、アメ」


 銃声は徐々に近づいてくる。部屋の手前で、うわぁ、という悲鳴が聞こえる。人質の命はいくつ犠牲になっただろうか?


「……馬鹿な真似はやめて」

「いいんだ。後ろにいてくれ」


 俺はアメに背を向けた。そして、人が入ってくるであろう扉に向かって視線を定め、すぅ、と息を吸い、迎え撃つ準備をする。手には銃も何も持っていない。止めねばならない。守らねばならないのだ。

 損得勘定で動かない人間だっている、というよりか、感情によって動くこともまた人間の損得勘定に含まれるのではないだろうか。そんなとりとめもない思考をしながら、その時が来るのを今か今かと待っていた。

 頭の中で、格好良いBGMが流れる。いつか見た映画の、よく聞いたことのある、主人公がヒロインを守るときの登場シーンのBGMだ。ああ、馬鹿なことを考えるんじゃない。いやでもまさに、今、俺の体を動かしているのはお金がどうこう、自由がどうこう、なんていう堅苦しい産物じゃなくて、感情なんだ。難しいことなんて考えるな! 勇気を出せ、俺!

 まるで姫を守る騎士を気取った俺は──たった一発の乾いた銃声と、それによってなぜか力の入らなくなった俺自身の右足のせいで、その場に倒れた。

 何故倒れた? という疑問は、すぐに右足から垂れ出る出血と、じわじわ熱く、広がっていく痛みによって明らかになる。俺の右足が撃たれていたのだ。では一体誰に? もう目の前の扉が開かれたのか、それとも、扉越しに銃を撃たれたのか。答えはそのどちらでもなく、犯人は倒れこんだ俺の横を通り過ぎる女の子であった。手にはわずかに煙の立つ拳銃を持っている。

 その銃を腰に収めながら、別の、大きめの銃器を手にする。連射機能のある──って、そんなことはどうでもいい! 俺は、必死に立ち上がろうとして、けれども立ち上がれない自分を呪いながら、俺の横を通り過ぎ、ドアに手をかけている少女に叫ぶ。


「お、おい! アメ! なにやって、なにやってんだよ、なぁ!」


 しかし、彼女はこちらを振り向くことなく、この騒ぎの中で俺に届くぎりぎりの音量で言った。


「ありがとう、でも、自分には、やらなきゃいけないことがあるから」


 それは俺がアメから聞いた最後の言葉だった。




 店先には雪が積もる。

 ここ、福見市は、積雪量が一定量ある。しかし、年末ということもあり、俺の店は今がかき入れ時とばかりに大忙しだった。

 年末、それすなわち大掃除。ゆえに、様々な家から、いらないものを買い取ってほしいという依頼が舞い込む。買い換えた中古の軽トラにもだいぶ慣れてきた。タイヤにチェーンを巻き、出発の準備をする。

 ほかの家の大掃除で出た不要なものを買い取り、それを持ち帰ってくるのだから、当然、俺の家は片付かない。整理できていない心と同じように。

 だが、たとえ、心が整理できていなくとも、生活のためにやらなくちゃいけない最低限のことをやるにはさほど困りはしないし、俺の体は熱心に動いてくれた。

 白い息を吐いてトラックを走らせながら、誰も座っていない助手席をちらりと見て、思い出すのは御影アメという女の子。彼女は選択した。だから、俺も選択しなくちゃいけなかった。あの時俺がした選択は、どうやら、俺による選択ではなかったように思う。あれは──。

 買い取り業務を終わらせ、店につく。

 もうこの店に住んでいる人間は俺しかいない。しいていうなら、人形くらいなものだろうか。

 日常は戻った。

 少し変わったことと言えば、周りの世界だろうか。福見市等特定はかつて北日本の人間が自由に行き来できる数少ない日本皇国の領土であったが、今は違う。検問は必要以上とも言えるほどに強化され、その人間の社会的身分や思想などを強く考慮したうえでしか入国できなくなったのである。福見市をはじめとした国境沿いの都市の一部の店などには大きな痛手であろう……といっても、俺の店にはそんなに影響はないが……。雫石は軍人であるからして、国境を越えるのに大した審査はいらないらしいし。

 周りの変化はともかく、俺の生活は元に戻った。

 ぽっかり穴が空いた、なんて言ってしまえば聞こえはいいが、要するに、俺は、戻りたくもない日常に戻ってしまった。

 まぁ、それじゃあ、非日常がどうしても好きで、俺は非日常に生きたかったのか、と問われればそれも違うだろうとうなずける。

 こんなことを考えながら、買い取ってきたものの整理やら、店先に並べるものやらを選別する。こんな自由な思考時間が与えらえているこの生活を俺は、きっと、気に入っているはずなのだ。ずっと一人で生きようという固い決意をしたのではないが、それにしたって、これは、俺の選択であるべきなんだと思う。選択したからこそ今がある、そう思うと、それはそれで、すがすがしいのかもしれない。

 御影アメという女の子は、魅力的であった。御影アメという女の子は、客観的に見たら、とても難しい身に生まれてしまったのかもしれない。

 これは後から聞いた話であるが、北日本軍が彼女を許せなかった理由として、彼女が脱走時に傷つけた多くの北日本軍人の圧力もあったという。その時から、その瞬間から、御影アメという女の子の人生はあるいは決まってしまっていたのだろうか。

 ああ、そうだ、と俺は思う。

 店の中で全裸になる。誰も来やしない。ストーブによって温まった店内であれば、全裸になったって凍えるほど寒くはない。

 すっぽんぽんな俺は、馬鹿みたいに楽しくなって、商品の整理を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ