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軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第五章「自由とは何か。」
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第20話

「──という訳だ。その突入に関しては、他施設に先立って行われる。持久戦になれば、武装集団らのストレスの上昇は約束されているようなものだ。司令塔である御影アメがいる限り、軽率な行動には出ないだろうと思われるが、ヤツの考えることは我々には分からん。何より、政治だ。政治上の問題が大きくなる前に、事態を収拾せねばならんのだ。意義があるものはいないな」


 仮拠点に集められたのは北日本の軍人数名と日本皇国の警察数名だ。いずれもこの現場における指揮権を持っている人物である。皇国の軍隊がいないのはたまたま。他の占領施設においては三勢力で包囲しているところもあると聞く。

 一般人である俺が現場に一緒に行く、という普通なら考えられないようなことは、結論として受け入れられた。恐らく、ここが一つの勢力によって支配されている現場であったなら難しかったかもしれないが、菊池と雫石の取り計らいによって、俺は突入部隊の後ろから同行することになったのである。条件として、雫石や菊池、その他、北日本の軍人の命令には絶対に従う事などを約束させられたが、そんなことは最初から承知しているので何も問題はない。

 ことがこんなに簡単に運ぶとは思っていなかったが、雫石曰く、菊池には菊池の思惑がある、とのことだ。というのも、彼は、アメの存在を非常に厄介に思っており、そのアメの判断を鈍らせることの出来るであろう存在として俺のことを買っていたらしかった。あっちは、何もアメを仲間に引き込もうなんてことは考えていないのだ。しかし、俺は連れ戻したいと思っている。目的は明確に違った。違ったが、面白いことに、利害は一致したのである。


「この包囲中──ここ、建物の端に位置しているトイレの下部へとつながるように抜道を掘ってある。かなり遠くから掘っている、気づかれてはいないだろう。中の動きを完全に掌握することは難しいが、二階の窓からはちらほらと人影が見える。どうやら、一階と二階に戦力を分散しているらしい。恐らく、一階が制圧された時に備えてだろうが……それこそが穴。奴らの戦力はそう多くはない。戦力と人質が分散されているなら話は早い。一階を早急に制圧し、二階が混乱しているスキに一気に叩く」

「待ってください!」


 それに異議を唱えたのは、皇国の警察のうちの一人の中年の男だ。


「それじゃあ、被害が出過ぎる。危険過ぎるだろう、その賭けは!」


 それに対し、菊池は、はぁ、と大きくため息をついて反論する。


「危険、リスクがある、死者が出る──言いたいことはよぉく分かる。日本皇国の政治の仕組み上、それによって国民がどうこうというのもまた分かる。しかしね、この事態、早急に鎮圧できなければこれ以上の犠牲が出る、分かりますよね」

「だ、だからといって……」

「あなたも警察にいてその年齢まで順調に出世したというのなら聞いているはずだ。北日本共和国と日本皇国、二国のトップがようやく決めた方針、世界の利益になるための方針だ。今回の事態に多少の犠牲が出ても仕方がない、と」


 俺だって反論したい。そんなことをさせてなるものか、と。けれど、ここで反論している人たちが出したくない犠牲というのはあくまで人質の話。この場に俺と同じことを考えている人間なんて一人もいやしない……。話すだけ無駄なんだ。

 やけになったりはしない。俺は、俺のやりたいことをやるだけだ。そして、必ず、アメを──。

 作戦内容はあまり頭に入ってこなかった。どうやら、自分たちの部隊は本命であるが、同時に、正面から装甲車両を突っ込ませ、一階を大きな混乱へ巻き込むということだった。それであれば、人質が早急に殺されるということはないと判断したらしい。聞く限り、あまりにも危険で身勝手な話に思えるが、そこに口を出す余裕は今の俺にはない。

 一般人である俺が一緒に行く理由、それはたった一つしかない。菊池が考える、御影アメに対する切り札。使わないなら使わないに越したことはなく、俺は、突入部隊の最後尾に雫石と共についていくことになった。装備は他の突入部隊の人間と違い、銃に撃たれても大丈夫なようにと、体中に防弾チョッキを着させられる。ものすごい重量で、軽快な動きは到底できそうになかった。

 その防弾チョッキの重さは、まるで、俺の心にのしかかっている重石のようであった。




 すっかり夜は深まり、街は静けさを増した。周囲の建物に人影はなく、蛍光灯も灯らない。その中で警察車両と北日本軍の車両が周囲を取り囲んでいる建物の様は、この付近が異常事態にあるということを明らかにしていた。

 突入する人数は十に満たない数。北日本の軍人が大半であり完全に制圧が完了したと思われた後、警察の部隊が突入する算段らしい。とにかく、この一回の攻撃で全てを終わらせる必要があった。何故なら、この強硬突入が失敗するようなことがあれば、相手側に再び時間を与えるようなことになってしまえば、この突入の事実がマスコミに知られてしまうのは時間の問題であったからだ。いくら隠ぺいをするとはいっても、それは事が起こった後。起こっている最中に、日本皇国の国民に広く知られてしまうようなことになったら、それこそ、相手の要求の一部でも飲まなければならないことになりかねないのである。

 政治的な意図はさておき……俺の心は震えていた。雫石が隣にいてくれるが、それどころで緊張が収まる訳もない。

 あれよこれよという間に、突入の時は迫り、掘られた穴は大層立派なものではなかったが、それでも、人ひとりがしゃがみながらなら十分に駆け抜けられるほどの広さはあるもので、無言のまま、黙々と列は暗い穴の中を進んでいく。

 突入はいとも簡単に行われ、一人一人がトイレ付近の床からはい出るようにして出ると、窓を突入路として台やら何やらを設置しているらしい。

 最後尾にいる俺は、そんなに緊張感のない時間を過ごす。何かあったら前方から音が聞こえてくるだろうし、それまでは身構える必要はきっとないのだが、それでも、体は震えた。

 全員がトイレへと入り終わった後、菊池が時間を確認し、手を広げて全員に見えるように見せる。後五秒、四秒、三、二──

 始まる。


「来るぞ」


 菊池の声。通信しているらしい。直後──。

 轟音! それは、正面玄関へと装甲車両が突っ込んだ音である。正面玄関のガラスが砕け散る音、周囲の壁が破壊される音がして、パパパパ、という銃声が何回か聞こえてくる。

 それによって、一階の武装集団の多くの注目はそちらへ集まっただろう。その後ろを突く形で菊池たちは攻撃するという算段だ。

 武装集団がそちらの大事に注目するのに必要な時間はほんの数秒に過ぎない。菊池はそのタイミングを推し量ると、次に、俺たちの部隊の数人が、トイレのドアを破壊し、蹴り開け、走り、銃を構え──撃つ。

 戦闘が始まり、一階部分で壮絶な武装集団たちの掃討が行われていく。銃撃戦は激しさを増していたが、俺は、菊池が、


「なにぃ!?」


 という声を遠くで発していたのを何とか聞き取った。彼の顔はこわばっていたが、しかし、トイレの中で隠れる俺と雫石は、彼らの戦闘の勝利を信じる他なかったのである。

 大丈夫。

 計画によれば、二階には武装集団の半数はいるはずであり、その事実は遠方からの窓際の監視によって明らかになっているはずだ。残る一階の戦力も、建物前方の轟音によって多くはそちらに気をとられているはずだった。まずはトイレ付近にいるであろう数名を各個無力化し、こちら方向、裏側からの攻撃を悟られないように無力化していく、というプランのはずだ。一階を制圧しきる頃に、ようやく俺と雫石が行動し始める、という手はずだった。

 であるからして、俺は、敵の姿をほとんど見ることなく、ただ、アメの目の前に行くことができるのだと考えていた。しかし、何故か、ドアの前、俺の視界に入るあたりのところから、菊池他数名は動こうとしない、そして、銃を撃っている。

 これは一体どういうことか。混乱している俺の頭は、その光景をあり得ないものだとして見ていた。何故なら、こんな場所はすぐに後にして、彼らは前進しているべきだったからだ。けれど、彼らはその場から動こうとしないどころか──次の瞬間には、数人が、バタバタと倒れ出す。それを見てか、菊池ら全員はトイレの中へと引き上げ、その扉から銃を出して応戦しているというような状態になっている。俺の目の前で、銃が撃たれているのだ。まるで意味が分からなかった。


「な、なぁ、おい、雫石、これって──」


 そう話しかけると、雫石は俺に言った。


「古川、逃げなさい。これは──」


 しかし、どうやら、それはあまりに遅すぎたようであった。ガシャンという音がしたかと思うと、俺の後ろには、見た事のない服装をした人間が数人。振り向いて、視界を二転三転させているうちに、菊池が倒れ込んでいるのが目に入る。暗くて見えないが、恐らく、その腹からは血を流しているし──そして、その方向に今いるのは、これまた数人の見慣れない服装をした人たち。その誰もが銃を手にしており、その銃口は俺と雫石を捉えていた。


「……っ!」


 雫石が無言で手を上げる。俺はわけも分からずに、おろおろとしていたが、数秒経ち、俺の耳に、銃口を向ける人間たちは手を上げろと指図していることを認識し、雫石に従った。

 ここで、俺の願いはもう叶わぬものになったと思った。そう考えるしかなかった。銃声は全く聞こえなくなり、しかし、そこにもう夜の静寂はない。あるのは散ったものたちの僅かな呻き声。


「……っ! くっ、やはり……!」


 倒れ込んでいる菊池が咳き込みながら呟いた視線の先には、一人の少女がいた。俺の、会いたかった人がいたのである。彼女は、冷たいを目をしていた。その顔はきっと俺が見てきた御影アメの顔そのものであったが、しかし、彼女の服装は自然回帰派の人間が用意したらしい迷彩服であり、そこにもう軍服っぽい何かを着ているアメもいなければ、生まれたままの姿であるアメもいなかった。アメは菊池を見下ろし、その手を踏みつけ、銃口を向けて、言う。


「これ以上の攻撃は?」

「……」


 沈黙する菊池。それに対して、沈黙を返すアメ。


「大したものだ、御影アメ。しかし、お前、一体どうやって装甲車の動きを止め──」

「話す必要はない。……そして、それ以上はお前も話す必要がない」


 そして、銃声が数発。菊池の体が数度跳ね、かはっ、という奇妙な小さい声を出す。それで終わりだった。あっけにとられている俺をよそに、アメは、


「二人残して。そこの生きている二人を見張って二階へ連れて行って。残りは早急にけが人を二階へ。自分はこの二人と一緒に行く。三階への警備を怠らないように」


 きびきびと指示を飛ばす様は、まるで俺と一緒にいたときとは別人のようだったが、声も、小さい背丈も、間違いなく、アメなのだ。

 考えた、どう言葉を発すればいい。何を言えばいい。一言、一言だけでもしかしたらアメは何か変わってくれるかもしれない。アメの指示に従う二人に腕を縛られ、引きずられるようにして二階へ連行されていく。一階のほとんどは積み重ねられた机などで自由に行き来ができないようになっている。要塞化されているのだ、そして──途中、正面玄関の辺りに、ロビーの辺りに、異様な光景を目にする。

 それは命が並べられた光景。

 人質の十数名だろうか。彼らが列をなして壁になっているのだ。勿論、その後ろに控えるは武装集団の迷彩服ら。彼らは一歩引いた場所から人質たちの背中を狙っている。数人倒れている人たちが、人質なのか、それとも、北日本の軍人であるのか、それは定かではないが、この人質の壁によって、装甲車両はほとんど前進することができずにいたのである。


「計算してたのか!」


 俺は堪らず声を発する。ピクリ、と俺の声に反応したアメあったが、歩みを止めることなく、俺の声に答えることもなく、顔さえこちらに見せなかった。

 二階にはまだ数十人の人質がいたが、俺たちはそこへは連れていかれず、一室へと連れ込まれる。何をされるのか、と考えた。けれど、そんなこと分からなかった。新しい人質として拘束されるのだろうということくらいしか……。

 俺と雫石は両手を拘束され、窮屈に壁際に座らされた。アメの指示に従っていた男二人は退室し、部屋に残るのは、俺と雫石、そして、アメだけとなった。

 部屋は恐らく部長か誰か、重役のための部屋。あまり広い部屋ではないが、つくりの良い家具が点在する。アメは本来この部屋の主が座るはずである椅子、ではなく、その前の長いテーブルに腰かけて、俺と雫石を見ることなく、ため息をついた。


「……目的は?」


 そして、俺に問うた。俺はこの問いに、たった一つの言葉を返す。これが言いたかったから。雫石に聞かれていようが、関係ない。


「アメ、君を知ることだ」

「そっちの女の人は」


 俺の言葉を無視するように、アメは雫石に言った。


「何も」


 憮然とした態度で答える雫石だったが、アメはそれに表情を変えることなく、何を言うでもなく、虚空を見つめていた。


「アメ。俺は知りたいんだ、君の思いを。本当に、こんなことを望んでいるのか? 君は。本当に──」


 すると、アメは再びため息をつく。大きく深い、ため息を。


「本当に、か。本当って何。あのね、わざわざ、あの時、くうどに色々なことを言わなかったのはね」


 アメはそこで言葉を区切った。けれど、俺はアメの言葉を待つ。アメは、まるで、俺の真意を探るように、その視線をちらりとみて、続けた。

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