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軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第四章「選択ってなぁに?」
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第16話

 アメはたった一言そう言うと、軽トラを降りて、軽トラの荷台に積まれている工具を漁り出す。俺は、アメの一言の理解に時間がかかった故、その行動についていけず、後から遅れて降りると、工具を漁っているアメをただ見つめていた。


「申し訳ないけれど、このトラックは、その、借りるから」

「借りる、ってお前……」

「ごめんなさい」


 アメは話しながら、手にした工具で軽トラックのナンバープレートを外し始める。


「お、おい、何してるんだよ」

「…………」


 無言で行われる作業を止めることもできず、ボルト、ナットが外されていく様子を見守ることしかできない。


「大体、俺は何も聞かされていないぞ。アメ、お前、今朝から様子おかしくないか? 何か変わったよな。何か隠していることがある、そうだろ」

「答える理由はないわ」


 俺の方をチラリとも見ずにそう言われる。無性に気味が悪いのと、今朝からの様々なストレスが降り積もってか、俺はイライラしていた。であるから、そんな態度に出られて、俺は思わず、強く言ってやらなければと思った。しゃがみこんで作業をしているアメの横に勢いよく座り、作業中の手を掴んで、無理矢理に作業を止める。


「……邪魔をしないで」


 まだこちらを見ようともしないアメに、俺は強い口調で言った。


「何が答える理由はない、だ! お前、今日まで少ない日数でも一緒に生活してきた人間に対してそれはないだろ! なぁ、なんとか言えよ!」


 アメは押し黙る。すっ、と小さい呼吸音が聞こえた気がした。アメは、俺の方へようやく顔を向ける。けれど、その顔の表情は何も見ていないかのような虚無であり、俺のことなど視界に入っていないのではないかとさえ思わせるものであった。

 それでも、何か答えるか、と思った俺の期待は、物の見事に裏切られることとなる。

 アメの体が動いたと思った。アメの両腕は、俺の片方の腕を捕まえ、どこをどう力をかけたのか分からないが、俺の足はいつの間にか救われ、ねじ伏せられるようにして、俺の身体はうつ伏せに地面へ叩きつけられる。右腕を引っ張り上げられ、どうにかこの状態を覆そうと力を入れようとしても、それはさらに上から押さえつけられる強い力によって無力と化した。


「な、なに、するんだよ!」


 と、声を出したつもりだったが、果たして、正しく発音できていただろうか。呼吸はつまり、数秒の時間が流れたことによって、体に強い圧迫感、右腕に強い痛みが加えられている状況だということをようやく認識する。視界のほとんどはコンクリート、アメの足や体がチラリと見える。身動きが取れない状態だというのが最も的確な表現だろう。そして、チラリと視界に入る新たなもの。


「……っ!」


 短刀の刃だった。アメは無言であったが、刃物を見せられるだけで彼女が伝えたいことは十二分に分かる。もうそれ以上喋るな、聞くな、という強い意志であろう。

 一体アメのどこにこんな力があるのだ。組み伏せるという意味では技術的なこともあるのかもしれないが、それにしたって強い力だ。並みの女の子とは到底思えないほどの。俺は逞しい男という訳ではないにせよ、これほど、手も足も出ないというのはいかがなものか……。


「もうこれ以上、自分に何も聞かない。御影アメには触れない。御影アメのことを詮索しない──はい、といいなさい」


 その声は俺にそれ以上の異論を言うことは許さないという確固たる意志が表れた強い声であった。

 さて、どうしたものか。俺はこれ以上彼女のことを詮索してはいけないのか。彼女のことを知ろうとしてはいけないのか。人には知られたくないことだってあろうだろうな、それは仕方ないさ、ここまでして俺を脅してくるのだからよほど知られたくないことナだろう。

 しかし。さて、それでよいのか。それに、あれだ、ほら、俺、これから俺の愛車の軽トラを奪われようとしている訳だ。ナンバープレートまで取り外す、ってその後やろうとしてること、大体分かるじゃん。悪用されるに決まってるじゃん。それなら……


「交換だ」


 アメの沈黙。


「交換条件」


 ようやく俺の呼吸も整ってきて、俺はアメに押さえつけられたまま言葉を続ける。


「軽トラック。やるよ。このまま。別に年代物の中古車だし安かったからな、いいよ、持ってけよ。でもな、その代わり、聞かせろよ、お前のこと」

「…………」


 相変わらずの沈黙。


「鍵渡さないからな、そうしないと。絶対に!」


 まぁ、アメの力が本物だとすれば、そんなことをしても力ずくで奪われておしまいなのだが……。しかし、アメは、俺の視界から刃物をどけ、拘束する力を弱めた。アメが、仕方ないと思ったのか、面倒くさいと思ったのかは分からないが、俺は一旦は解放されたのである。


「はぁ……」


 アメは物凄く大きなため息をついた。相変わらず俺を無視して作業を続ける。後方のナンバープレートを外し終わり、次は前方。その途中、俺は話しかけることもできず待つ他やれることはなかった。

 いつの間にか時刻は昼を大きく過ぎており、この時間になってようやく俺は、自らの空腹状態に気づく。アメが作業しているのを横目にそういえば、と運転席に置いてあった、非常食などが入っている鞄を持ってくる。まさか、こんなにも早く役に立つことになるとは。今が本当に非常時であるかは置いといて、もう、このまま帰るというならここで食べてしまっても構わないだろう。

 軽トラックの荷台に乗ると、俺は早速中から飲料水とスティック状の栄養食を取り出す。こんなものを食べるのは久々だ。準備をしていると、作業を終えたアメが同じく荷台に乗ってくる。ギシギシと音をたてながら移動すると、俺の横に座った。


「食うか?」

「いらない」

「そうか」


 何とも接しにくい。いや、うん、アメに色々と話せと言ったのは俺なんだから、俺から聞かなければいけないのは確かなんだが。アメの返答は食料の拒絶であったが、そのままという訳にもいかず、俺は一人分をアメの横に置いておく。


「で、だ。一体何がどうしたって言うんだ。俺も、薄々は分かっていたよ、お前が、北日本から来た人間だってことくらいはな。でも、その時のことを何も話そうとはしなかったじゃないか」

「聞かれなかったから」

「聞かれなかった、って、そりゃ、あー、うん、そうだけど……」

「それに、分からなかったから」

「分からなかった?」


 そう言うアメの表情は相変わらず無表情で、何を考えているのかは全く読み取れなかった。秋の涼しい風が俺の頬を凪ぎ、鳥の鳴き声が聞こえる。良い景色。もっと落ち着いて訪れたかった。


「分からなかった。そう、自分は、自分が何者なのか、分かっていなかった」

「分かってなかった……記憶喪失か、何かか」

「ねぇ、もういいでしょう。自分は一人で行かなければいけない」

「いーや、ダメだ。まだ何も分かっちゃいない」


 そう、まだ、何も。何一つ分かっちゃいない。アメのことを、俺は何も分かっちゃいないんだ。アメは、面倒くさそうに、けれども、納得しない俺に対して語り始めた。


「自分は、北日本の軍の中で育てられた。その時に、自分は学んだわ。人間は、自然の中で生きるべきであって、それが唯一地球規模で見て正しい道だということ。そして、北日本共和国は本来、その道の上に歩むべき国家として出来たこと。それに私は賛同していた」

「待て、話に追いつけない」


 俺の抗議の声を無視して、アメは続ける。


「けれど、その記憶は封印されていた、今日の今日まで……。それは、自分が軍に必要のない存在だとされたから、自分が北日本には必要のない存在だとされたから。外部に情報を漏らさないために」


 封印されていた、ということを文字通り受け止めれば、アメは、今朝、その記憶の封印を解かれたということ、だろうか。何故……。


「けれど、今は違う。自分の記憶の明確な解放と、さっき車で聞いたラジオの報道で確信を得た。自分は、自分の使命を果たさなければならない。だから、行く。ねぇ、もういいでしょう。あなたには迷惑をかけた。最後に、歩いて帰ってもらわないといけないけれど、ごめんなさい」


 その謝罪は、ただの形式的な言葉にはとても聞こえなかった。アメは、嘘偽りなく、俺に迷惑をかけることを悪いことだと思っているのだと思えた。

 さて、俺は彼女のこと言葉に何をどうやって返したらいいのだろうか? 何故記憶を取り戻したかを問うか? 北日本軍よりも俺がお前のことを必要としているとのたまうのか? いいや、どっちも違うだろう。これ以上、御影アメについて知る必要はない。これは、興味がないから言っているんじゃない。俺にとって必要な情報はもうこれで十二分だから言っているのだ。アメは、これ以上俺との話に付き合うつもりなどないだろう。次の言葉が最後の一言になるだろう。俺はそう確信していた。

 アメは俺が押し黙っていると、非常食をその場において立ち上がる。


「ごめんなさい、その食べ物は、その……嫌だから。それで、鍵を頂戴」


 何が嫌なんだ? いや、いい、そんなことは。そんなことはどうだっていいんだ、きっと、些細な問題だ。今は、それより、俺が、アメにかける言葉……。俺はどうしたいんだ。俺がしたいこと──。それは、きっと、俺が、今、ここで、アメにかけるべき言葉なんだ。


「運転席にさしたままだ」

「そう」


 俺は立ち去ろうとするアメの背中を追って、荷台から降りるアメを追って、運転席に座ろうとするアメを追って、その肩をつかんだ。


「待てって」

「何」

「何って──その」

「…………」


 恥ずかしいだとか、格好悪いだとか、こんなところで何を言うんだとか、いきなり何を言い出すんだ、とか、そんなことを考えている暇なんてないはずなのに、どうしてだろうか、俺の頭にはそんな思考が浮いて出てくる。しかし、俺はそれらの思考を即座に切り捨て、言った。


「俺と一緒に暮らせよ、なぁ。アメにはアメの色々な事情があるかもしれない。だけど、じゃあ、何か? アメは俺と一緒に暮らしたことを忘れたっていうのか? もう俺とは一緒にいられないってか? 何を思い出したかは知らないけど、それってそんなに大切なことなのかよ!」


 どうしても強くなる語気。アメは、俺の手を振り払うことなく振り向く。


「馬鹿にしないで」


 動揺する俺であったが、彼女のその言葉をうまく咀嚼できないまま、我を忘れたように反論する。拒絶されたかと思ったから。


「アメが何をする気かは分からないけど、大体想像がつく。あの訳のわからない武装集団とやらに参加しようっていうんだろ? 馬鹿なことはやめろよ。短い間ではあったかもしれないけどさ、こっちで暮らして分かったろ。こっちで暮らせばいいよ、このまま。俺が何とかする。国にでもなんでも頼んでやる。だから──」


 俺の発言が終わるよりも前に、アメは言う。


「感謝している。自分をかくまってくれたことや、色々なことを教えてくれたことには感謝している。けど、自分は、動物園の動物じゃないから。自分にはやらないといけないことがあるの」


 無償に苛立った。この時に、動物園に行った時の話なんてするのか、と俺は苛立った。俺もアメも、冷静ではなかった。俺とアメ、二人の意見は間違いなく交錯していたように思えたが、しかし、けれども、うまくかみ合ってはいなかった。


「馬鹿なこと言うなよ。動物園の動物じゃない? 北日本軍の中で何を吹き込まれたのかなんて知らないけどな、それでそんなことが言えるのか? そうやって、自分の身を投げ捨てることなんかがアメのやるべきことだっていうのか? バカバカしい!」


 俺は一体何様なんだ。言っている自分でも、笑えてきた。ああ、俺は、そうやって物事を見てきたんだろう、と。冷静ではなかったにせよ、とにかく何が何でもアメを止めたかったにせよ、この言い方は、ダメだろう。ダメなんだ、だけど、彼女を止めるためには……。アメは、俺の言葉を聞いて、ピクリと肩を震わせた。

 唐突に、アメが動く。その速さは俺の目にはとらえきれない程のもので、俺の網膜に映される映像はまるでパラパラ漫画のように細切れで、だから、俺は、その動きに対処することができなかった。俺の頬は女の子のものとは思えない凄まじい力で殴り飛ばされ、その衝撃に足は耐えきることができず、吹き飛ばされ、地面へと倒れ込む。これは大げさな表現ではない。唐突である、予期しないことである、ということもあったかもしれないが、俺の身体は見事に吹き飛ばされたのだ。

 すぐに顔を上げ、アメを見る。そこには、俺を見下ろし、無表情に徹しようとしている顔の隅から怒りを零しているアメがいた。


「馬鹿にするなっ!」


 怒声。叱責。俺を責め立てるような視線は、まるで俺にすべての落ち度があるかのように俺を突き刺す。痛さや衝撃は、俺に動くなと命じているようで、また、再び、アメによって拘束されていた時のような体の停止が俺を襲った。

 この時、なんと声をかけたらよかったのだろう。俺を置いて、そのままクルリと振り向くアメの後ろ姿に、俺は何と言ったら彼女を止めることができたのだろう。その答えはいつになっても分からないし、きっとその答えなんてなかったのかもしれない。この時、アメは俺の檻から離れたのだ。

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