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軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第三章「自由ってなぁに?」
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第13話

 動物園観光はその後も続いた。

 キリンにエサをやるという経験をしたからか、何故だか、アメの機嫌はすっかり治り、強い疑問を抱くことなく動物園をめぐることを楽しんでいるようであった。

 ひとしきり園内をぐるりと一周する頃には、閉園の時間が近づいていた。園内の子供たちを始めとする客らも一様にお帰りムード。園内放送では、閉園を告げるアナウンスがのんびりと流れ、この充実した一日の終わりを告げている。

 他の客と同じように、出口に向かって歩みを進めつつ、満足気な表情をしているアメに問う。


「楽しかったかー?」

「よかった!」

「何が気に入ったよ。ちなみに、俺は、やっぱあの小さいの……なんだっけ、フェネックか。あれだな。可愛かった」


 そう、可愛かった。家で飼いたいくらいだ。無理だけど。


「うーん、皆よかった」


 アメがお気に入りを一つに絞るのはどうやら難しかったようだ。


「そうだよなー、みんなよかったよなー」

「よかった。これがもしかして、一人はみんなのために、ってやつ……?」

「いや、多分、それは、違う」


 動物園を出て、駐車場に停めてあった軽トラに乗る。日常の匂いだ。動物園がとんでもない非日常ではなかったにせよ、誰かとこうしてどこかへ遊びに行くこと自体、俺からすると珍しい。十分に日常以外の雰囲気を味わったと言えるだろ。

 非日常の残り香であるパンフレットを軽トラのダッシュボードのグローブボックスへと無造作に放り込む。ガチャンと非日常のカケラをしまい込み、エンジンをかける。徐々に日常が戻ってくるこの感覚は、物寂しさを覚えるひと時だ。


「……さて、帰るか」


 けれど、人はいつも日常に生きている。非日常だって、日常があってこその非日常なのだ。それに、俺には、今、まさに、真横に、非日常がどしんと座っているではないか。

 なんだかそれが俺には嬉しかった。非日常だから嬉しかったのか、そこに人がいたからその事実のみが嬉しかったのか、はたまた、アメという女の子がそこにいれてくれることが嬉しかったのか。俺の視線を感じ取ったのか、アメは、俺の方を向いて、


「なに?」


 と尋ねた。そりゃそうだ、俺がバカみたいにアメを見ているのだから、アメだって疑問に思うだろう。


「……! もしかして、犬!? 犬を飼う決意をした!?」

「え、なんで」


 唐突な論の飛躍は、彼女なりの頭のよさなのだろうか? いや、良く分からん。


「残念だけど、犬を飼う余裕はない。お前一人で精一杯だからな」

「そう?」


 きっと、この子、食費とか、そういうのの概念ない。間違いない。うん。まぁ、いっか、良くないけど。

 なんというか、これは、とても俺自身の甘さだと思うが、恥ずかしながら、俺は一人で生きるよりもアメと一緒に生活する方が心なしか楽しいと思ったのである。アメがどうかは分からないが、少なくとも俺はそう感じてしまったのだ。

 いや、一人で生きていく覚悟がなかった訳ではない。俺は、最低限の労働しかしたくないという願望をかなえるために、自分の中に少しはあった、誰かと一緒に暮らすという願望を捨て去っていたのだ。かといって、もし、あの時、アメがあの場に現れなかったとしても、俺がその先、一人でいることが辛くなっていたかは分からない。ただ、事実として、今、アメと一緒に生活しているのは楽しいというそれだけのことなのだ。


「あー、そうだ」


 俺は、だから、つい、アメが喜ぶようなことをしたいと思った。突飛な思いつきで、そして、別にそんなに特別なことでもない。


「帰りに、ファミレスでもよろうか」

「ふぁみれす?」

「ファミリーレストランだよ、ほら、この前、買い取りに行った日の帰り道にご飯食べただろ? 外で」


 アメはすぐにその記憶に辿り着いたらしく、おぉ、と一際大きな喜びの声をあげる。アメが贅沢をすることに対してこんなに喜びを示すのは初めてじゃなかろうか。贅沢、といっても、たかが安価なお店での外食だ、その辺にいる人間は贅沢の域には到底入らないが。




 そんな非日常を過ごした。動物園が心から楽しいと思えるとは考えていなかった俺であったが、それなりに楽しむことができたし、これは日常に対するエネルギーになること間違いなしだろう。そして、俺以上に、アメは動物園を楽しめたのではないだろうか。

 非日常の陰は翌日の朝にはもうほとんど消失し、俺はいつも通りに起床すると、珍しくまだ寝ているアメをそのままに、活動開始の準備を終え、店先へと座る。

 昨日一日店を閉めていた訳だから、やることが少し溜まっている。あげ出したらキリはない。ネット販売で売れた商品のチェックやら、メールのチェックやら、入金のチェックやら……あげ出したらキリはないが、これは俺一人でやらなければならない訳ではない。アメがいるからだ。まぁ、何から何まで任せるというまでにはまだまだ及ばないながらも、荷物の配送準備くらいはこなせるようになってきている。

 俺一人でやらなければならない訳ではないと考えると、これらの仕事も何故だか前向きに、ちょっとだけ、ほんの少しだけだが、楽しく思えてくる。

 アメの起床は俺より一、二時間遅かったが、別に、そんなことは気にしない。自由なんだ。結局、アメはなんだかんだと家に住み着くことになっている訳だが、これは、俺が決めた訳でもなければアメが決めた訳でもない、二人の自由な意志が結果として今のような生活を呼び寄せた訳である。

 そんな俺とアメの生活は、非日常であることを忘れたかのように続いた。

 他愛もない雑談をしながら仕事を一緒にするときもあれば、アメに店番を任せて俺は一人自室でぐぅたらする時間もあるし、その逆もある。アメも、店の中に並べられている商品がどこにどのようにあるのかということをおおよそ覚えてきたようであったし、その他仕事もだいぶ慣れてきているように見えた。非日常はいつの間にか日常であるかのように息をして、そこに居座り続けた。まるで安寧の地を見つけたかのように、居座り続けた。

 けれども、それは、俺の勝手に感じたことであった。いや、感じたことというよりは、俺が、勝手に、望んだことだった。こうだったらいいな、このまま続けばいいな、そういう勝手な欲望はいつの間にか非日常を日常として扱うことをも望んでいたし、俺はすっかりその気になっていた。生活状況は決して楽ではないが、アメ一人くらいなら養っていける。そんなことを考え始めるくらいには。




 けれど、それから数日経ったある日の朝。さて、と、一日を始めるか、と意気込んだその時、知らぬ間に差し迫っていた非日常は唐突に俺の目の前にその姿をほんの少しずつ見せ始めたのである。いつものように起き、店先に座っていると、アメが起きてくる。


「おはよー」


 と声をかけるが、返事がない。まぁ、別にこれは珍しいことではない。寝起きが良くない日だってある。機嫌が悪くて無視しているという訳ではなく、ただ、ぼんやりと、頭に入ってきても、返事をしなければという頭になっていないというだけだ。

 アメは俺にちらりと顔を見せると、店の奥に再び引っ込んでいってしまった。これも、別に珍しくない。

 次に、俺の携帯デバイスが振動した。取って画面を見ると、着信を知らせる表示が出ているのが分かる。表示には藤原慎二の文字だ。特別ためらう理由もなく、すぐに取り、デバイス越しに声を発する。


「もしもし、どうした?」


 俺は視線をどこでもない宙に漂わせながら、慎二の声を待つ。


「おう、おはよう、古川」


 返事をするよりも先に、慎二が少し早口で言葉を吐きだす。


「ちょっと、まずいことが起きるかもしれないからな。知らせとこうと思ってな。よく聞けよ。きっとあまり時間はないんだ。確認しとかなきゃいけないことがある」


 俺はごくりと息を飲む。何か、嫌な予感がしたからだ。その予感というのは、きっと、俺の胸にずっと影を潜めていたからこそ出てきたものなのだろうが。


「前、動画、投稿したな? それで、お前、買い取りに行っただろ、なんだっけ、あの」

「キャプテンアルテマのロボットジークのプラモデル」

「そうだ、それ。その時、おかしなことはなかったか?」

「おかしなこと……?」


 心当たりは、ない、ことはない。俺は、慎二に、買い取り依頼を出してきた桧山という男が独り身であったこと、買い取り品がキャプテンアルテマのプラモデルだけだったこと、そのプラモデルはまるで用意されたかのように綺麗な状態であったことを伝える。


「そうだな、やっぱり、そうか」


 慎二は押し黙る。


「おいおい、なんだっていうんだ? いや、確かに、桧山さんの買取依頼はちょっと様子が変だったよ。でも、だからって、何がどうだっていうんだ?」

「いや、あのな、俺はこれでも一応ニュース記事とか書いてるんだ。色々なパイプがある、ツテがある、多少の情報通くらいに思ってくれていい。それでだ、あの時投稿した動画、あれな削除されたんだよ」

「ん? どういうことだ? 話がつながってないぞ」

「俺も今日の朝知ったんだ。どうやら、昨日の夜から今日の朝にかけて削除されたらしい。削除依頼がいつ出されたのかは分からないが……とにかく、削除されたんだ」


 どうもこうもない、話がつながらない俺は、慎二の言葉を待った。


「削除されたってことは、何か、ヤバい内容があったってことだ。それが何なのかは分からない。けれど、あの動画からつながっている事実はすぐに分かる。あの動画からのたった一つのつながりは、お前の店であって、例の買い取り依頼なんだよ」

「だから、って、何を、どうしろっていうんだ……?」

「そう言われたら、気を付けろ、としか言いようはないんだけどな。まぁ、その、なんだ、アメちゃんとか、後は、そうそう! あのプラモデルを欲しがってた人だよ! そいつとか、その辺に気を付けろ、って話だよ」

「は? 何言ってるんだ、アメは俺の──」


 慎二は俺の言葉を遮るように言った。


「いやいい、あの子、俺がすれ違った子だろ。分かってんだよ、んなことは。普通に考えて、危ないだ

ろ。危険な橋だぞ」


 どうやら、慎二はアメの正体が何者であるか、なんとなく、大体、分かっているようだった。俺が黙っていると、慎二が、髪をかきむしるような音を通話越しに立ててくる。


「あー、いいよ、いいよ! いやー、俺は、お前がてっきりあまり働かずに楽にのんびり人生を過ごしたい人間だと思ってたんだけどなー。シゲキが欲しいってか? あいにく、俺は役に立てないだろうけどな……うーん、そうだな、ま、友人だしな、多少のこと、俺に火の粉が降りかからない程度のことなら助けてやれるかもしれん。でも、なるべく、自分でなんとかしてくれよ! とにかくだ、気を付けろ。店の中に危険なものとかないだろうな? というか、もう、できれば、その店、離れた方がいいだろうな。俺に言えるのはこのくらいだ、じゃあな」


 慎二は吐き出すように語ると、そのままぶつりと通話を切ってしまった。

 一体何なんだ、俺の頭は混乱していた。何がどうだっていうんだ、それ以上の言葉は思いつかなかった。

 アメが危険? いや、プラモデルを売った相手が危険? てことは雫石? いや、それはおかしくないか? あいつがプラモデルを取り寄せたことが問題なのか? 訳が分からん!


「ダメだ、ダメだ!」


 俺は、けれども、そのまま仕事をするという訳にもいかなかった。心が落ち着かないのだ。何かしないといけないという焦燥感がひたすら俺の心を襲っていた。俺は、その辺にあったナップサックに、その辺にあった保存食を詰めるなんていう訳の分からないことをして時間を潰す。こんな時、こんなぐちゃぐちゃの店で良かったと少しだけ思う。そんなことを思っている場合ではないのに。

 心は落ち着かない。だって、そりゃ、そうだろう。今まで、胸の中でもやもやしていた不安、危険、そういったものを俺以外の第三者から伝えられたのだから。アメ自身はそんなこと一度も口にしなかった。まるで忘れてるみたいに口にしなかった。けれど、慎二という第三者からその事実を伝えられた。動画が削除されたなんて言う漠然とした恐怖を携えて。

 ふとした瞬間に、アメのことが心配になった。あれ? 今何やってるんだ? そういえば、朝、挨拶しても返さなかったし、おかしくなかったか?

 その思いに至り、俺は慌てて、店の奥にいるアメを探しに行こうとした時、そこからひょいとアメが姿を現した。


「ナニ?」


 俺を見つめるアメの顔はそんなにおかしな顔だっただろうか。アメは、俺の顔を見て、とても怪訝な顔をして、俺を見つめ返していた。その顔の位置は、俺の顔の位置より一段小さく、アメの服はいつも通りの軍服もどき。上から下まで見下ろして、軍靴に辿り着き、再び視線をアメの顔へ戻すと、そこには、ぎょっとした目で何かを見るアメの顔があった。

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