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神様天狗様  作者: 糸瓜
7/8

#7:嘘つき


ものすごい具合にその整った顔を歪ませた目の前の天狗はリビングのソファに座ったまま停止していて、やがて透子を見、土師を見、そして再び透子に視線をよこした。

口が微妙に開いていて何かいいたそうにもごもごしている。言いたいのかもしれないが言葉がでないのかもしれない。自分に向けられる視線だけで「お前、なんでコイツを…!」みたいな台詞をなげかけられているような気がした。いやこれ多分気のせいじゃないな。


「久しいな、呂久」


三人がご対面し、しばらく沈黙が流れ、非常に気まずかった空気を一番に破ったのは土師だった。別に彼は気まずいなどと思ってはいないだろう、すました顔でその表情を崩すことなく呂久に話しかけた。

「な」とか「おま」とかまだ正常に動かない口をぱくぱくさせながら呂久は土師にむかってまるで幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせて指をさす。この異常なまでの反応は何なんだろうと透子はただただ二人のやりとりを観賞していた。

そしたらぼうっとしていたらすごい形相で呂久が近寄ってきてぐわしっと手首を掴まれた。「え?」焦点を呂久にあわせようとしたらその前に力強くぐいと引っ張られて隣の部屋までつれていかれた。部屋を出る時に呂久が土師に向かって「そこにいろ!」と一喝をいれるのが視界の端に映る。

無理矢理隣の部屋につれていかれた透子は眉間に皺をよせた。


「何」

「何、じゃない!!何であいつここに居るんだよ!ていうか何でお前が連れてきてんだよ!!」

「途中で出くわしたらいきなり『呂久のところへ連れて行け』とか言って脅された」

「お前!俺と契約してることはぺらぺらとしゃべるなって言ったよな!俺は!」

「あたしは言ってないわよ。あっちが勝手にあたしから呂久の匂いがするとか言ったんだもん」

「ちっ、あいつは鼻が良いからな…まさか同類に見つかるとは考えてなかった。てか何であいつこんな場所にいるんだ?」

「知るか。あたしに聞くな」


あほらし。知り合いのおめでたい再開に付き合ってなんかいられるかってーの。何だかあっちは呂久に会いたそうだったし?むしろあたしってば良いことしたんじゃないの?溜息一つついて透子は最大限まで疲れた体を休ませるために踵を翻して自室へと向かうよう歩みを進めた。


「うわ、待てって!俺とあいつを二人きりにさせるつもりか!!おまえは俺がどうなってもいいのか?!」


ぶっちゃけかなりどうでもいい。

それなのに呂久が必死に透子の袖を掴んでくいとめてくるものだからこれ以上関わりたくないものの仕方なく振り返る。そんなにあの知り合いと二人きりになることが気まずいのか。さっきの空気を見ればそれはまぁ一目瞭然だがだからといって他人を巻き込まないでほしい。

しかもなんだ今の言葉は。まるで好きな人と二人きりにさせられそうで困って友達につめよる男の子みたいだ。いやその可能性は相手からして限りなくゼロに近いけど。え、それとも土師って呂久とそういう関係だったの……?別れを告げられた土師が呂久を追いかけてここまで来たってこと…?

という冗談は置いといて、実のところ透子もこの短時間の間に土師を苦手な人種だと判別してしまった。できるならばお近づきになりたくないタイプなのだ。


「そっちの問題でしょー?だいたい知り合いなんだから昔話でもして話弾ませときゃいいじゃん」

「お、俺があいつと昔話して話弾ませられるような仲に見えるか?!」

「見えないけど…」


だろ?!と呂久はそれはもう本当に透子にどこかへ行ってほしくなさそうな顔で見てくる。その整った顔で見つめられるとうっときてしまうのは仕様のないことだ。だって青春真っ盛りな年頃なはずの女の子なんだもん。

しかし、やはり自分に降りかかる面倒事は最小限に抑えたいのも事実。関わってもろくなことがなさそうなのも事実。苦手と判断した土師に極力近寄りたくはなかった。


「でもあたしが居たところで話なんか弾まないわよ。あんたらのこと何にも知らないんだし」

「頼む!」

「いやだから…」

「一生のお願い!」

「えー……」

「居てくれるだけで助かる居てくれるだけで助かる居てくれるだけで助かる」


しまいにはとなりで呪文のように唱えだした呂久に思わず「キモイわ!」と突っ込んでしまった。こいつ自分が天狗だってこと忘れてるんじゃないだろうかというぐらいの情けなさである。


「わかったわ。付き合えばいいんでしょ、付き合えば」


ついに折れた透子にうわぁありがとうさすが透子様!と騒ぎだした呂久に何てこっ恥ずかしい奴なんだとストップをかけてさっさと用事を済ませるために土師を待たせている部屋に入った。呂久の言われたとおり大人しく部屋で待っていたらしい土師は戸の開く音に反応して顔をこちらに向けた。

結局何のために部屋を出たのか理解できていない土師は訝しげに入ってきた二人を見て口を開く。


「何だったんだ」

「何でもないわよ」


ぶっきらぼうに答えると、そうか、と案外あっさりと身を引いた土師だったので以外にも思いつつ透子は呂久を後ろに引き連れて彼の目の前に立った。強張った表情の呂久を見ると自分が苛められっ子を庇うヒーローみたいに思えて軽く笑ってしまう。

土師は透子など眼中にも入れず、後に立っている呂久をずっと凝視していた。綺麗な顔に無表情で見られると怖いもんなんだな、と土師の視線の先を追いながら思う。見られている側の呂久も負けじと睨み返していた。

はぁ、と一息。お互いテレパシー能力があるわけでもなさそうなのに睨みあうだけで一言すら交えず話が進むわけがない。つまり埒が明かない。


「ねぇ、お互いさ、ちゃんと話し合えば?」

「話すことなんてない」


せっかく透子がきっかけを作ってやろうと行動に出たのに、呂久が後ろでぼそりと呟くのが聞こえてその場の空気がさらに悪くなった。土師の目がすうっと細められた。


「私はお前に聞きたいことが山のようにある。まず仮であったとしても何故人間なんぞと契約を交わした?しかも女とは」

「これは不可抗力だ。全部こいつのせいなんだから仕方ないだろ」

「はぁ?!あたしのせいなわけ?!」


口を尖らせて呂久が透子を指さした。そこでまさか自分の名前が上がるとは思ってなかった透子は声を張り上げる。

確かにこの仮契約は自分の失態によって実行されてしまったわけだけど、まさかお面つけただけで勝手に契約されちゃこっちも良い迷惑だ。しかも解除の仕方を知らないとなると尚更のこと。つまり巻き添えを食らったのはこっちだって同じなのだ。

透子は後ろに立つ呂久をキッと睨む。


「お面落としていったあんたも悪いっていうのに一方的に責任押し付けて、あんたって本当にさいってー!!」

「だ、そ、それは確かに俺も落ち度があったけど!」

「不満があるのなら、契約を取り消せばいい」


「「は?!」」


良い争いになりかねない雰囲気の中、一人冷然と放った言葉に咄嗟に透子と呂久は聞き返した。今なんて言った。


「だから、契約なんぞ取り消せばいい。なぁ?呂久。お前、知っているはずだろう?」


透子は今度は呂久を見た。呂久が「それは……」とこぼし、眉間にしわを寄せて土師を睨みつけているのが見える。見えるけど、今透子の頭の中は予想外の展開についていけず真っ白だった。


(どういうこと…?呂久は知っている…って……?)


契約を取り消す方法を?だって、知らないって言ってたのに。嘘をつかれてたってこと?

なんで嘘つく必要があるの?呂久だって、仮であったとしても契約してしまったこと嫌がってたじゃない。じゃあなんで知ってるのに隠してたわけ?

何とも言えない感情がふつふつと込み上げてきた。どんどん想像が膨れ上がる。

もしかして本当は契約解除の方法知ってたのに、焦って困っているあたしを見ているのが楽しくて黙ってたってことなの?黙って、笑ってたの?最終的にそんな考えにありついた。ぷつんと何かが切れる。


「ねぇ」


地の底から這い出たような唸りにも似た声で呂久に聞く。呂久がびくりと肩を震わせた。


「知ってたの?契約、解除する方法」

「……知ってた、けど、でもあれは!」

「言い訳なんていらない……!何で最初から言ってくれなかったのよ!?どういうことなの!そんなに慌ててるあたし見るの楽しかったの?!そりゃあさぞかし滑稽だったでしょうね、あたしは」


何よ、あたし本当に馬鹿じゃない。結局いいように遊ばれてただけだったわけだ。

酷いよ!これから無事に生きていけるのかすら本気で悩んでいたのに!!

契約を取り消すことができると知った喜びより、嘘をつかれていたという事実に傷つき次第に目元が熱くなる。

そして透子はそのまま怒りをぶつけるように無防備な呂久の横っ面に手のひらで渾身の一撃をおみまいしてやった。生まれて初めてビンタなんてくらわせたけど、多少気分が晴れる。


「知ってるならさっさと取り消しなさいよ!それで、さっさとこの家から出てけ馬鹿!!」


そう一言、言い残して透子は足音荒くその場から姿を消した。

透子の去っていく後姿を何も言えず、ずっと見ていた呂久は頬の痛みなどどうでもいいように重い溜息をついた。そして片手で目元を覆う。


「どうしろってんだ……」

「本人からの希望だ。さっさと実行したらどうだ?」


鼻で笑う土師を呂久は鋭い目つきで睨みつけた。もとはと言えばこいつが余計なことを言うからややこしくなったというのに。

そしていつのまにか怒りにまかせるまま呂久は土師の胸倉を掴みあげていた。掴みあげられた土師はとくに臆することもなく、冷めた瞳で呂久を見下ろしている。


「俺はそんなこと絶対しない。何があっても、だ」

「しかし彼女は望んでいる」

「あいつは何も知らないからあんなこと言えるんだ。知ってたら言わねぇよ」

「愚かだ。人間などという下等な生き物に付き合う暇があるなら、さっさと摩天楼に戻れ」


結局はそれか。見下ろしてくる土師を嘲笑して胸倉から手を放した。結局はこいつも、どいつも、みんな同じことを言う。自分を連れ戻そうとする。

あんな世界の何が良い。あんなとこにいて、何になる。


「俺は帰らない。帰りたきゃ、一人で帰れ」


冷たく言い放ち、やがて透子の後を追うように呂久もそこからいなくなった。そしてその場に土師だけが残される。

静かに過ぎていく時の中、二人が出て行った扉を眺め、土師はやがて小さく笑った。







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