#6:愚か者
「あ、あたしは食べても美味しくないわ!!!」
こんなことを言ったのは生まれてきたこの十五年間で初めて。できるのなら初めてであり最後であってほしい台詞でもあるけれど。いや案外これ一回で済んでしまうのかもしれない。何故なら先ほど言った言葉通り今現時点で食べられてしまう可能性が大だからだ!
ひえぇぇとかぎゃぁぁぁとかいろんな悲鳴をあげて顔を真っ青にしている透子を獲物を見つけたような鋭い瞳で見下ろしてくる土師とやらの天狗に「物の怪に喰われてもいいならいいけど」ふざけたように言う憎たらしい呂久の顔が思い出される。ほんと憎らしいわボケ!仮にでも契約者がピンチに陥っているんだから助けにくるぐらいしなさいよ!もうスナック菓子買ってきてやらないんだからね!最終的な怒りはここに居ない存在へとぶつけられた。
「心配するな、お前なんぞ食う価値に値しない」
土師がしれっとした顔で言った。それってつまりあたしが不味いって言ってますか。嬉しいような悲しいようななんとも言えない気持ちにどうコメントを返せばいいのか迷う。食べられないならひとまず安心。あ、どうでもいいけどフードから手を離してくれないかな、首締まってるんだけど!
切実なる透子のお願いも叶えてくれるわけもなくむしろ更に力を加えられる。ぐ、ぐるじい…
「お前には、呂久のいる場所へと案内してもらう」
「は、はぁ?!だってあたし今から友達との約束が…!」
茜との約束の時間はもともと遅れていたが急な侵入者が入った今となっては既に結構な時間がたっている。もう帰ってるかもしれないけれど待っていてくれているかもしれない。
しかし反論したのも虚しくギロリと睨まれて瞬時に縮こまる。まさしく蛇に睨まれた蛙。食べれられることはないらしいけど解放してくれる様子も一向にない、これはもう駄目だ。茜ごめんあたしは自分の命が惜しい、と薄情この上ない心の中で謝って今度何か奢ってあげないとなぁと溜息をついた。
透子には天狗の種類なんて見た目だけではわからない。天狗同士ならすぐにわかるのかもしれない。例えば透子からしてみればヨーロッパの人は皆同じに見えるがヨーロッパの人達には同じ国の人じゃないなってなんとなく感覚でわかるとか、そんな感じだ。土師は呂久に比べると身長は高くてスラリとした手足、顔が小さく、整っていて綺麗だ。呂久の顔も綺麗だけどそれとはまた別の、美しさがある。天狗とは皆こんなに綺麗な顔をしているものなのだろうか。
違う点はいくつもあるけれど黒い翼はどちらにもあるし異種のものなのか判断はしにくいものだった。呂久を知っている。ということは同じ種族のものか。仲間だろうがなんだろうが今の透子にしてみれば彼は自分に害を加えるものでしかない。
「わかったわよ。つれてくわよ!!だから、フードから手を離して!苦しいの!」
じたばたと無茶苦茶に暴れて土師から距離をとろうとする。パッと手が離されて今まであった首への違和感がすっと消えた。唐突に離されたために引っ張られてる方向に抵抗していた体が勢いで前のめりになる。あわてて体勢を取り直して絞められていた喉元をさすった。
「よし、つれてけ」
偉そうにコイツ!自分勝手にもほどがある。苛立ちを露わにしながら口には出さず押しとどめ、倒れている自分の自転車を立て直し跨った。ペダルに足を乗せる。このまま全力疾走で逃げようか。
「逃げようなどと無駄なことを考えるなよ。逃げてもかまわないがすぐに追いつける」
はい無理でしたー。即座にたてた計画はあまりにも容易すぎて誰にでも気付かれてしまう。低能な自分が悔しい。もっと誰も思いつけないような高度な作戦をたてれたら逃げれたかもしれないのに。
チッと舌打ちして片足に力を込めた。ギッと鉄と鉄がこすれあう音がしてもう片方の足で地を蹴り今まで来た道をまた戻りだす。結局ここまで全力疾走で漕いできた苦労はなんだったのか。待ち合わせ時間にもっと早く行っていればこんな出会いなんてなかった。そもそも今日遊ぶ約束をするんじゃなくてもっと別の日に約束していればよかった。思い始めると終わりなどなく、考えれば考えるほど今日という今日を呪ってしまう。なんでよりによってこんな日…。涙を飲むしかない。
婆ちゃんは天狗に出会うのは珍しいって言ってたしお母さんも滅多にお目にかかれない存在だと言っていた。じゃあなぜあたしはこの短期間で二人の天狗に出くわしてしまったのか。否、これは序の口に過ぎないのだろう彼らと何らかの関係をもってしまうとそこまでであり、今までのような常識だった世界には戻れなくなる。
人生いろいろあるものね。頭上を天狗が飛んでいるならばもう現実を受け止めるしかないんだ。お父さんが「それも運命だしな」って昔言ってたけどこれも運命なのよきっと。人生は短いと思うからこそ他人と一味違った運命を辿ることは楽しいことなのかもしれないわ。残念ながらそうは思えないけど。
「おいお前、遅い」
「うるさいわね。あんたらのでっかい翼とあたしの自転車を一緒にしないで。さっきから体力使いっぱなしなんだから」
「これだから人間は」
何だろうこの人、ものすごく人間を下等扱いしている。物の怪ってみんなそんなものなのだろうか。小馬鹿にされた気がしてならない透子は小さく舌打ちをしてペダルを漕ぐ足の力を強めた。
上から見下ろしていた土師は自転車のスピードが少し速くなったのに気がついて、単純なやつだ、とほくそ笑む。天狗からしてみれば普通の自転車の漕ぐスピードに合わせて飛ぶことはそう容易ではなかった。飛べるとしたらよほど器用なやつか、はたまた下手なやつか。鳥が自転車に合わせて飛ぶようなものだ。それに加え鳥なら羽のひと振りが小さい、が、天狗にしてみればその翼ひと振りは大きい。自転車に合わせて飛ぶと羽ばたく回数が激減して降下、はたまた落下してしまうのだ。
一生懸命になっている透子の背中を見ながら何故呂久は仮にといえど、契約を交わしたのだろうと不思議に思った。そもそも何故『ここ』にいるのかすらも疑問だった。確かに天狗には契約という一種の儀式があるが、必ずしもしなければならないものでもない。むしろしないものの方が圧倒的に多い。何故ならばお互いが『縛られる』立場になるからだ。
しかもその対象が人間であるならば尚更のことである。天狗は人間を嫌う。同等の立場としてではなく、下等の者として嫌う。もちろん天狗の方が力は強い、が、人間はそれ以上に賢く頭を使う。故に欲にまみれ賢さを利用し様々な醜悪じみた思考を持つものも少なくはない、そんな腹の中が真っ黒な人間を天狗は忌み嫌うのだ。それ以上を強く望み、そのためなら何でもする。運命というものを受け入れない。
たまたま見かけた女の額に契約印があり、天狗のものである時、一体どんな物好きがいるのだろうと興味をそそられ、同時に愚者だなと思った。しかもどうやら相手はあの呂久。何を考えているのだろうな、あいつは…。
土師は呆れの混じった溜息を吐き、その漆黒の翼はバサリと羽音をたてた。
長期の間、更新を停止させてしまい申し訳ありませんでしたorz
同じようなことがしょっちゅうあるやもしれませんができるだけ更新できるよう努力したいと思います。
どうぞ暖かい目で見守ってやってください…!!




