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神様天狗様  作者: 糸瓜
3/8

#3:天狗

「え、ちょ、婆ちゃん、コレ」



もはや思っていた言葉もパニックで中途半端に言葉が途切れる、「婆ちゃん」と呼んだってそこは二階、二階に住むのは自分だけ=周りに誰もいないのに。はたから見たら何なんだコイツ、何が言いたいんだ?って思われるかもしれない、だがそれは今問題ではない。むしろ……

透子の指差した先には今朝見たはずの赤い、天狗のお面が机の上に乗せられていた。しかも透子の部屋の机の上にどっすりと。まるでそこが俺の居場所、陣地だとでも言うようにさも当たり前に。

何が起こったのか何が起きているのか現状を掴むことができずにただただ部屋の前に立ち尽くす透子は「回覧板でーす」という近所の人が玄関で叫ぶ声に我を取り戻した。

急いで部屋に入り、机の上に当たり前のように置かれていたお面をひっつかみ、部屋を出てドタドタドタと階段を一段抜かしをしながら降りた。一刻も早く今の現状を把握したい。


「婆ちゃん!!!」

「あれ、透子帰ってきてたん?」

「え?あ、うん今さっきね………ってそうじゃなくて!!」


階段を降りるとちょうど玄関で回覧板を受け取って、リビングに戻ろうとしている婆ちゃんに出くわした。

叫ぶ透子に首を傾げている婆ちゃんは何をそんなに怒っているんだと怒ってるように見えたらしく、いや(実際怒っているのかもしれない)不思議そうに透子を見た。

透子はイライラしながらもそれをなんとか抑えつつ手に持っていたものを前に突き出して婆ちゃんからもしっかり見えるようにした。婆ちゃんはキョトンとしていたが「あぁ」と理解したのか呟くとにっこり笑って言う


「それ、透子の部屋の前に落ちてたんよ。透子のじゃないの?」


その言葉を聞いて一瞬意識が遠のくような気がした。体も心なしかふらぁっと斜めに傾いた気がした。バランス感覚を失ったとはこのことを言うのだろうか、先ほど言われたこに対して「ありえない」と頭が拒絶をしているのは間違いない。あたしも信じたくは、ない。

嘘でしょう、嘘。冗談と言って。そもそもあたしがこんな奇妙なお面を自分の部屋の前に落としていくわけないでしょうていうかこんな悪趣味なものを持ってるわけもないでしょうそんなこともわからないの?!


「あたしのものなわけないじゃない!こんなもの!捨てていいよね?」

「捨てちゃうの?もったいないねぇ、そこまで綺麗で繊細で頑丈に作られたものは滅多にないよ。それきっと高いよ」

「うっ」


高いと言われるとたとえどんなものであろうと捨てようと思えなくなってしまう。高いのに捨ててしまうなんてたとえ使うことがないとしても、もったいない。これ人間の悲しい性だね。

思い留まった透子の手の中にある天狗のお面は最初見ていると奇妙だとか怖いとかそんな感想しか思い浮かばなかったが長い間みてるとそうでもないようなむしろちょっと愛着湧いてきたかもとかとにかくよくわからない感情が芽生え始めた。

い、いけないわ笹倉透子。たかがこんなお面に!いや、確かに作りはきめ細やかで高そうだけどでも、でも!


「まぁそのうち骨董屋とかで売ったりするときに高値がつくかもね。とっといたら?」


横でそう言う婆ちゃんに透子は仕方ないなぁとため息をついて捨てるのを諦めた。何て馬鹿正直なんだろう。

そして婆ちゃんに続きリビングに入り、天狗のお面を机の上に置く。でも何故こんなものがあたしの部屋の前に?そんな疑問が頭をよぎった。

さしずめ爺ちゃんがどこかから貰ってきて、あたしの部屋の前にでも置いていったんだろうか。前にもこんなことがあったようななかったような……。前は壺みたいな花瓶みたいな骨董品が置いてあるときがあった。プレゼントらしいがぶっちゃけありがた迷惑である。

まぁ爺ちゃんは骨董品が好きだからなぁ、別に趣味を疑うわけではない。むしろ趣味を持つことはいいことだと思う。だってあたしは趣味といえる趣味がない。毎日のんべんたらりんと暮らして学校行って家でごろごろしてテレビみて……うわなんて最悪な生活習慣。

メタボリックになっても仕方ねぇなこれはとか苦笑しながら透子は天狗のお面の裏側を見た。特に変わったところはない。お面といったら小さいころにお祭りで買ってもらったことがあるが軽くて薄いものだった。今手の中にあるようながっしりとしたものではない。

もしかしてこれは中学校の時に習った『雅楽』というものに使われる類ではないだろうか。だったらやっぱり高いんじゃないの?これ。


ちょっと顔にはめてみようか。


このときは何を思ったのか、このお面を顔にはめてみたくなった。

いやいやいや、何考えてるのあたし。そんなまだ幼稚園児の子供みたいな無駄な好奇心が豊富とは。


「でもちょっとぐらい、いいよね……?」


透子の自制心はあっけなく崩壊した。いいよもう幼稚な思考で。まだ十五歳だもん、マージナルマンだもんあたしは。アイデンティティ真っ最中だっつの。


「ではでは」


婆ちゃんももうリビングにはいないし、爺ちゃんも畑に行ってていないし、誰も見てないんだから大丈夫だよね。

そっと天狗のお面を持ち上げて自分の顔に重ねるように持ちなおす。どんな感触がするんだろうか、なんだかどきどきしてきた。

顔にはめてゆっくりとその冷たく硬い感覚に触れる。まるで真新しい座敷にいるような香りがして何だか心が癒される気分だ。こんなものなのだろうか、と透子は不思議に思いながらゆっくりとお面を外した。

そこまではよかった


「おい」

「は?」


天狗のお面を外したと思ったら真横から高くもなく低くもない若々しくはっきりとした声が聞こえてきた。はて、横に人なんていただろうか。そもそもこの声の主は誰なのかすら想定できない。

何が起こったのかわからなくて状況を把握するべく透子はゆっくりとその首を九十度左に回転させた。回転させないほうがよかったのかもしれない。


「だ、れ…?」


そこには透子と同い年かもしくは少し上ぐらいの少年が現代の人間が着るにはあまりにも不釣り合いで時代遅れの格好をして立っていた。透子はその時、絵本やテレビ、漫画などで見たことのある天狗を連想した。まさしくそんな感じ。

ただちょっと違うのは鼻が長いわけでも顔が赤いわけでも怖い面立ちでもないことだ。むしろ顔は端麗に整っていると言ったほうがいい。肌も白い。後ろで高く一つに纏められたさらさらな茶髪も光を反射して緩やかになびいていた。

いやそれはどうでもいい、問題なのは背中だ、背中。背中には黒いまるで烏の濡れ羽色のような大きな羽。まず普通の人間ならばこんなものはついていない。

ジーザスあたしは夢でも見ているのでしょうか。

透子は目をぱちぱちさせてその人物を凝視した。だがいくら瞬きしたところで何かが変わるわけでもなく、その突然現れた変な出で立ちの少年は透子に近寄り手に持っていた天狗のお面をぶんどった。


「これ俺のだから。返してもらうからな」


そしてその少年がお面を持ちなおしたときだった。


「げ」


彼の表情が固まった。眉がひそめられて口も開け放った状態で固められていた。

まだことの展開が理解できていない透子はこちらも目を見開いたまま固まっていた。そしてやがて少年の視線がお面から透子に注がれる。


「お前…勝手に…」

「え、っと…あんた、誰…」


透子はやっとのことで脳が正常に働きだして目の前の人物に問うた。少年はさらに眉をひそめて透子を睨みつけたかと思うと乱暴に透子の前髪をかきあげる。

行き成りのことに吃驚した透子はかきあげられた前髪を元に戻すため少年の手首を掴んで抵抗するがそれも虚しく特に意味ないものとなった。

何のためにそんなことをしたのか少年は『何か』を確認したのち、呆れたようにもう一つの片手で顔を覆い溜息をついた。何だ、何なんだ。その溜息はあきらかにあたしに対して向けられたものだろう。透子は先程よりも距離の近くなったその端麗な顔を見た。

どうやら質問に応える気はないらしい。人の話も聞いてくれなさそうだ。


「ったく、どうなってんだよ…」


それはぜひともこっちが聞きたいことである。

少年はまた深い溜息をつくとお面を紐で顔の斜め上に括りつけた。そこでリビングにいなくなったはずの婆ちゃんが花瓶を持って現れた。透子と少年を視界にとらえると至って普通ににっこり笑う。


「おや、天狗とは珍しいさね。他のモンならたまにちらほら見るけど。」


ゆっくりしてってちょうだいと招く婆ちゃんに透子は耳を疑った。

テング、天狗って…。この目の前の人物のことを言ったんだよね。だって背中に羽なんか生えて変な格好してて、あのお面は彼のだったって言うし…。

改めてその出で立ちを見るとあまりにも現実離れしていることに今さら頭痛が走った。しかも額までもが凍てつくように痛い。


人間ではない。


これは夢じゃない。



彼は天狗。





意識が遠のいた。目の前が、真っ白になった。









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