表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Grave Defamation -潔白の空-  作者: えすえすけい
2/5

逃避

 おい、嘘だろ……


 ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 たった今、日本最大の銀行強盗の犯人として指名手配されてしまった。あまりに突然の出来事に脳の処理が追いつかない。


 『画像の一番左に映っている男が、身長170から175cm程度で……』


 俺のどうということのない身体的特徴を淡々と説明される。


 『……左から二番目に写っている女が、身長145から150cm程度で……』


 画像には俺以外に、同い年くらいの女子が三人写っていた。


 全く知らない三人だ。三人とも整った顔立ちでとても美人だった。

 そんなことはどうでもいいのだが。

 

 しかし、この三人は本当にやったのだろうか?

 

 そんな疑問も一瞬頭をかすめたが、俺は自分の事で精一杯だった。


 なぜ犯人にされたのか?

 なぜ画像に写っているのか?

 誰がこんなことをしたのか?


 次々と疑問が湧き上がり、いろんな感情で脳がぐちゃぐちゃになる。

 しかし、今一番考えなければいけないことが何かは分かっていた。


 俺は今、何をしなければならないか?


 警察から逃げるべきか、逃げないべきか。

 究極の二択を、全ての感情を押し殺し必死に考える。だが、普通の生活を送ってきたただの高校生である俺に、そんな答えなど出せるはずがなかった。


 ただ焦りだけが強くなり、もういっそ考えるのを放棄しようとした時、ズボンの左ポケットから振動を感じた。電源がつかなかったはずのスマホのバイブが鳴ったようだった。


 俺は反射的にスマホを取り出した。


 ――廃ビルへ向かえ――


 そう画面には表示されていた。

 スマホはその文字を表示するのみで、他の一切の機能が使えないようだった。


 どういうことだ……


 初めは警察の罠だと思った。廃ビルに呼んでそこで捕まえる。

 しかし、犯人のスマホを掌握した上でそんな回りくどいことをするだろうか。


 画面を見てしばらく固まっていたが、かすかに聞こえるパトカーのサイレンにハっとした。ぼーっとしていられない。周囲の人々も強盗事件に現実味を感じてきたころだろう。

 俺はとりあえず身を隠すことにした。後のことはスマホと廃ビルの様子を見てから考える。


 自慢ではないがこの辺の地形には詳しい。放課後によく寄り道していたからだ。

 俺は今いる交差点から離れ、人通りの少ない路地裏へ進むことにした。

 あれだけはっきりと俺の姿が公開された以上、警察だけでなく一般人の目にも触れないようにする必要があった。

 

 顔を下へ向けながら路地裏へ向かう……。



 ---



 ようやく俺は路地裏に着いた。少しほっとし伸びをすると、どっと疲れが出た。


 こんなに気疲れしたのは初めてだ……


 さっきの交差点からここまでの距離は1kmもなかったが、顔を見られたり怪しまれないよう全神経を集中させて来たのでへとへとだった。


 ふぅ……少し休むか。

 

 薄暗い地面に疲れた体を投げ出す。正面に建物で切り取られた小さな青空が見えた。

 

 今頃、学校はどうなっているんだろうか……


 クラスの奴らや先生は画像の犯人が俺だとすぐ分かるだろう。やっぱりそれを警察に言うんだろうか?

 まあ言わなくても警察はすぐに俺を特定するだろうが…… 


 何となくしんみりしていると自然とあくびが出た。

 俺は案外のんきな奴なのだろうか。

 路地裏のこじんまりとした感じもあって落ち着きすぎる。


 ……しかしほっとしたのも束の間、数十メートルほど先の路地裏の出口にパトカーが止まったのが見えた。


 ……! 


 俺はすぐさま体を起こす。

 まずい。俺とパトカーの間にはほとんど遮蔽物がない。

 入り口に走って逃げても間に合わない。


 と、俺が体を起こしたコンマ数秒後に、再度左ポケットから振動を感じた。


 何だこんな時に……!

 俺はさっと周りを見渡した。スマホを確認している暇は無い。

 すると、俺がさっきまで寝転がっていた場所のすぐ右隣が服屋だったことに気づく。

 まだ営業時間外なのか、ドアは閉められていたが俺はとっさに服屋へ駆けた。


 ガタッ――


 ドアは造作も無く開いた。俺は急いで服屋の中へ身を潜める。

 店内はまだ暗く、服屋と書かれた看板も中にあった。


 ふぅ……

 

 しかし、この路地裏にまでパトロールに来るとは完全に予想外だった。警察への警戒をもう少し高める必要があるようだ。


 ふと、左ポケットの振動を思い出しスマホを取り出してみた。

 画面が暗い部屋の中で俺の顔を照らした。

 スマホにはまたしてもメッセージが表示されていた。


 ――服屋へ逃げろ――


 ……!

 んっ……俺は監視されてるのか!?

  

 俺のスマホを勝手に弄んでる誰かは、どうやら俺の動向を詳しく把握しているらしい。

 だが、それほど嫌な気分ではなかった。

 少なくとも俺を監視している何者かは警察から俺を守りたいようだった。


 「……こんなとこに居るわけ無いだろー」

 「いや、こういう人気のないとこに逃げるんだろうが」

 

 しばらくすると警官の声が聞こえた。二人のようだ。

 

 ……ザッザッザッ


 足音が大きくなってきた。


 ……ピタッ。


 いきなり足音が止んだ。服屋の目の前で止まったらしい。

 乱れた呼吸を整え、耳を澄ます。 


 「なあお前、指名手配犯の顔覚えてるか?」

 「あぁもちろん。」

 「あの指名手配の女の子かわいいと思わないか?」

 「あぁ…三人ともかなりレベル高かったなぁ」

 「俺…あんな女の子を取り押さえられる自信ないぜ…」

 「男の方だったらドロップキックでもくらわせてやるのにな」


 ……おいっ。

 

 真面目にやれと叫びそうになったがその衝動は全力で我慢した。

 

 無駄話を終えた警官は歩き始め、足音は遠くなっていった。

 そして足音が完全に消え、パトカーが去ったのを確認した俺は服屋を出ようとした。 

 

 だが、店の奥から服屋の主と思われる男が出てきたのでその足を止めざるを得なかった。

 いきなり店を出ると怪しまれる。

 現れたのは四十は過ぎてるであろう中年の男だった。

 起きたばかりなのか、寝癖で髪はボサボサだった。


 「あぁ待たせてすまんね。すぐ準備するからね。」

 

 男はあくびをしながら服屋の看板を店の外に出した。

 そして店内の照明を点け、ひとしきり店の準備を終えた店長は笑顔で言った。


 「お兄さん。何を買いにきたんだい?」

 「ええと…」

 

 おそらく久しぶりの客なのだろう。営業スマイルではないガチの笑顔を向けられた俺はたじろいだ。

 何も買わずに帰るのは申し訳ない。


 「お兄さん。制服着てるけど学校は?」

 「あっ急に休みになりまして……」

 「そうかい。まあゆっくり見てね。」

 

 店長は会計のところで腰を下ろしながら言った。

 やはり早く店を出たほうがよさそうだ。適当に服を物色するふりをしてからここを出よう。


 だが、本当は強引にでも店を出たほうがよかったのだろう。俺はこの判断を一生後悔することになる。

 

 店長は椅子に座った後、流れ作業で店の隅に置かれたテレビを点けた。

 俺とテレビの間には目を遮るいくつもの衣類が陳列されていた。特別の事情のない限り、俺はついに点いたテレビを見逃したかもしれなかった。

 しかし、俺がすぐに服からテレビに注意をそらされたのは、画面いっぱいに俺の顔が映っていたからである。


 やべーーっっ!!


 冷や汗が吹き出てきた。くそっ、さっきの警官の会話あたりから調子が狂ってる感じがする。

 

 「ん?……この顔は……」

 

 店長もがっつり見覚えアリといった感じの反応をとる。


 まずい……。ここでどうにかしないと本気でやべぇ!

 

 藁にもすがる思いで左ポケットに入れたスマホを見る。  

 画面には何も表示されていなかった。


 まじかよぉっっ!!

 

 スマホを乱暴にポケットへ突っ込む。

 自力でどうにかしなければいけないようだった。


 クソッ……こうなったら……


 あまりやりたくなかったが、背に腹はかえられない。

 

 俺は、女性用下着が陳列されてる棚を指差しながら言った。

 

 「そこのブラジャー全部ください」

 

 


 ――




 

 俺はブラジャーでパンパンになった制かばんをぶらさげなら、路地裏を歩いていた。

 

 結果として、銀行強盗の指名手配だと気づかれずにすんだ。

 強烈なキャラクター性で顔なんかどうでもよく思わせる作戦成功である。


 やはり人は見た目より中身。それを俺は再確認したのであった。

 

 店長は魚みたいに口をパクパクしながら放心状態だったので、しばらくは俺を通報したりできないだろう。

 

 ふぅ……


 俺はため息を吐く。今何時だと思いスマホを取り出した。

 

 あっ……。


 そういや使えないんだったな。スマホには再び、廃ビルへ向かえとだけ表示されていた。

 俺はもう一度大きくため息をつき、ある決心をした。


 まあ行ってみるか、廃ビルに。


 さっきから俺を助けようとしてくれたスマホのメッセージを信じることにした。


 俺は廃ビルへ向かう。


 


 

 

 

 


 


 


 


 

 

 

 


 

 


 

 

 

 


 

 

 

 


 


 


 


 


 

 

 


 

 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 

 



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ