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山の女神  作者:
山神深音と都会の学校
6/10

山神深音と入部届

    6


 先輩について、学校を出る。

 わたしが最初に「タカ高は山の近くにある」と思っていたのは、嘘ではないみたいだ。登下校では使わない裏門を出ると、すぐに山が見えた。

 今更だけれど、わたしは自分の方向感覚を呪いたくなった。山にこんなに近くて分かりやすいのに、なぜ学校に着けなかったんだろうか。山の中で迷ったことはないのに。


「今日は体験だし、軽めにいこうかねー」

「軽めって……。――いつもは激しく山に登るんですか?」

「まーね! あ、男子も来たよー」


 そう言いながら、先輩は大きく手を振った。

 先輩が手のさきには、数人の男子生徒がいる。先頭を歩く二人は長袖長ズボンだけれど、後ろに続く数人は体操服だ。

 きっと男子も体験入部なんだろう。

 男子の先輩が手を振りかえしてきた。


「あ、みっちー。その子たち見学?」

「そーそ。まおーも結構連れてこれたんだね。何人?」

「体験は五人。去年の分まで、部員集めないといけねえだろ?」

「まあね。女子は三人だよっ! すごくない?」

「おう。ただし、全員入ってくれればな」

「ま、まあね」


 会話が終わって、先輩がわたしたちに笑いかけてくる。大きなメガネは相変わらずだけど、頬にえくぼができてかわいい。


「向こうにもう一人体験の子が待ってるんだー! そこまで行ってから、みんなで登り始めようかあ」

「はいっ」


 わたしたちの他にあと一人って、ちょっと少ない気もする。

 いーちゃんが隣りで、やっぱりね、と小さく呟いた。なんだか釈然としない。

 今の場所からすぐの水道前で女の子に待ってもらっているようなので、男子と合流してそこまで行くと、髪の短い女の子がザックを背負って立っていた。


「あ、みっちー先輩。もう登れますか?」

「うん。待たせてごめんね、里子ちゃん」

「いや、全然待ってないんで大丈夫ですよ」


 女の子は先輩のことを知っているらしい。

 先輩は何かに気付いたようだ。はっと息を呑んだ。


「そういえば、名前聞いてなかった……。お二人さん、ごめんよお」

「いえ、そんな」

「えっと、私は永井美智ながい みち、三年生だよ。みんな、みっちーって呼んでるから、二人もよろしく!」

「みっちー先輩、ですね! わたし、山神深音です」

「あたしは織木郁です」


 みっちー先輩はおっちょこちょいなのかもしれない。その間、女の子は先輩の横に立って、じっとわたしたちを見てくる。背が高いので、ちっちゃい先輩と並ぶと差が激しい。

 いーちゃんが名乗ってから言う。


「それで、そっちの……里子ちゃん、はもう一人の体験の子?」

「あ、私のことかな。そうだよ、二人と同じで体験しに来たんだ」

「そうそう、里子ちゃんはもう山岳部入るって決めてくれてるんだー。昨日たまたま会って、意気投合しちゃって、えへへ」

「そうなんですか? わたしも実は山岳部入るって決めてるんです。――里子ちゃん、一緒だね!」

「ふふ、そうだね」

「ええっ、そうなの! やった、今年は二人決定だよおー。ありがとう!」


 里子ちゃんはくすっと笑った。わたし、変なこと言ってないはず。

 里子ちゃんが冷静なのに比べて、みっちー先輩は踊りだしそうな勢いで喜んでいる。わたしが入部することに喜んでいるようなので、ちょっぴり嬉しい。

 その様子を見ていた男子の先輩が寄って来た。みっちー先輩を呆れた目で見ている。


「おい、みっちーもう行くぞ。……嬉しいのは分かったから」

「はっ、ごめんごめん! よし、じゃあ三人。行こうか」



    7


 登り始めて三十分。途中休憩を挟んだけれど、今も登り続けている。

 三十分といったら長そうに聞こえるけれど、わたしにはそう時間がたったようには感じない。みっちー先輩は喋るのがうまいし、里子ちゃんとも、いーちゃんとも色々話しているので時間を確認する暇がないからだと思う。

 もう一つ言うならば、六キロもの荷物を持って山を登るのは結構しんどい。

 いつも、田舎の山では何も持たずに登っていたので、勝手が全然違う。

 何も持たなかったら走って登れそうな道なのに、今日は一歩にすごい時間がかかる。先輩の十三キロそこらはすごいことだと思う。

 階段に差し掛かってから、先輩はペースをぐんっと上げた。


「もうちょっとで山頂だから、頑張って!」

「はいっ」「了解ですっ」「頑張りますっ」


 先輩たち以外、女子も男子もみんなぜえぜえ言っている。

 階段の段差は大きいし、見上げたら荷物の重さでひっくり返りそうな角度だ。今まで背負ってきた荷物の負荷が効いてきた。段差が大きい分、足を上げなければならないから嫌でも疲労を感じるし、さっきのペースより大分速いから足を休める暇がない。


「もうちょいもうちょい!」


 先輩が手を叩く。

 しんどい。

 でもここで頑張らなきゃ、山好きの名折れだ。

 最後の十段余りを駆け上がった。


「やったー! 山頂で……あれ?」



 まだ道が続いている。先輩は次の階段の前で待っている。


「いやあ、深音ちゃん、まだあるんだー……。これでホントに最後だから、頑張れっ」

「い、いやあー! そんな!」


 こうなったらもうやけくそだ。最後の階段、駆け上がって、あわよくば男子を抜かしてやるっ。

 石の階段を全速力で登って、わき目も振らず、手と足を動かすことだけを考えて動く。下を向いて階段が勢いよく過ぎ去っていく様子に集中する。


「お疲れー!」


 声がかかったと思ったら、見えていた階段の続きが無くなっていた。



    8


「あははは、深音ちゃんやるぅー」

「っははは、本当に! 上で待ってたら、すっげえ勢いで登ってくるから、二度見しちまったよ!」


「ソ、ソーデスネ……」


 男子の先輩は大爆笑している。みっちー先輩はからかうように、わき腹をつんつんしてきた。

 恥ずかしすぎる。いや、でもわたしは頑張るつもりだったからいいんだ。予定通りだ。大丈夫なんだ。


「ま、勢いがいいのはいいことだ。やる気があるなら、猶更。……ぷ」

「ちょ、そこの先輩、最後の笑いでいい言葉も台無しじゃないですか!」

「まあまあ、落ち着いて、深音ちゃん。まおーはいっつも、こうやっていじってくるから。いつものことだから!」

「なんだと」

「だってそーじゃん! いつもいつも私がどんくさいのを馬鹿にすーるーしー!」

「自覚あんのかよ。ってか、そんなのお前がどんくさいのがわるいんだよ」

「ううううお、なんだとおっ」


 いたたまれない空気に耐え兼ねて、先輩たちが言い合いをしだしたのをいいことにその場を逃げ出す。


「いーちゃん」

「深音は、直線型ね。ま、いいじゃん。頑張れる子ってことでしょ?」

「いーちゃんんんー。分かってくれるのは、いーちゃんだけだよお」

「はいはい。里子、深音はとりあえず宥めておけば何とかなるから」

「ん、分かったよ。ふふ、次の時は任せておくれ」

「いーちゃんの鬼っ、里子ちゃんの悪魔っ」


 三人でじゃれあっていると、いじられる。なぜだ。ふと周りを見渡すと、先輩たちも、体験入部の男子も、みんな楽しそうに笑っていた。

 それから、頂上は思ったよりも広かったけれど、十人そこらが窮屈にしているぐらいには狭かった。

 というのも、わたしが全力で登った階段の上には小さな神社があったのだ。ほこらのような小ささだけれども。

 神社は階段をさらに六、七段登ったところにあって、先輩たちは毎日、部活で山に登るたびにお祈りしているらしい。


「もう降りなくちゃ。でも、体験の子たち、見てみて!」


 みっちー先輩が、山頂を囲んだ柵の外を指差す。

 柵の近くまで寄って指さされた方向を見る。

 目を見開く。

 眼下の街とその先の海が、見事にオレンジに染まっていた。


「きれい……」

「夕日ね。ここ、山の上だって忘れてたわ」

「すごいな、街が見渡せるや……」


「ふふん、すごいでしょー」

「まあ、山岳部に入ったら当たり前の景色になるけどな」

「はい、そーいうこといわないー。そうそう、毎日練習はしんどいけど、この景色を見たら、しゃーない明日も山に登っちゃるかって思うんだ! おすすめ!」

「……ま、それもそうだな。ってゆーか、みっちー」

「あ、そうだ、入部届は明日担任の先生に渡してね!」



「……。ま、夕日の後は日がすぐに落ちるから、早く帰ろう」


 わたしは絶対山岳部に入部すると再確認して、山を下りた。

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