山神深音の新たなる友
長い作品は初めてなので、あったかく見守ってください(..)
よろしくお願いします。
2
ガラガラとドアを開ける。それと同時に、言う。
「遅れてすいません!」
教室中の視線がこちらに向いている。だがしかーし、ここで目をそらしたら初日の授業という圧力に負ける気がする。
ゆっくり教室を見回した。
「えーと、なんでそっち向くんですか。教師を見て、教師を」
声がかかって、慌てて教壇に目を向けた。なんだか恥ずかしい。確かに、生徒相手に目を合わせても意味がない。学校に馴染みたいが一心で、先生の存在をすっかり忘れていた。
今まで大分俗世から離れていたと思うので、高校では普通な暮らしがしたい。
先生の方を向いて、もう一度言う。
「遅れてすみません……」
「はい、結構。まあ、そんなに時間たってないから大丈夫かな」
教壇に立っているメガネをかけた先生がそう言った。細身でパリッとスーツを着た男の先生だ。
遅れた割に怒られない。わたしが田舎で通っていた学校では、遅刻するとおじーちゃん先生がすっごく怒っていた。
しかし、先生はなんだかほほえましそうにしている。
クラスのみんなも、にやにやしている。
あれ、なんでだ。この場面は、お前は遅刻してきたんだぞ、初日の授業から遅刻するとは何て奴だといった蔑んだ目で見られるところじゃないのか。少なくとも、うちのおじーちゃん先生は、わたしが遅れると親の仇を見るような目をしていた。そのおじーちゃん先生も、わたしの卒業式では涙してくれたけれどね。
「えー、山神さん? まだ今日は授業ではないので、焦らなくてもいいですよ。今は配布物を配っていたところです」
な、なんだ。そうなんだ。わたしはてっきり、今日から授業だと思っていた。時間は確認したけど、時間割を見ていなかった。
いや、でも遅刻に変わりない。乗り遅れた感があるし。
「あ、ちなみに、みんな。授業開始から二十分以内だと遅刻ですが、それ以後に来ても欠席になるからね」
「はい……。あのう、わたしの席って」
「ああ、あそこだよ。配布物がたくさんあるので、気を付けて」
「わかりました」
先生は教室の窓側の席を指さしている。なかなか良い席。お日様が当たって暖かそう。
クラスのみんなの視線は相変わらずバシバシ感じるけど、嫌な感じではない。どちらかというと、珍しいものを見る視線だ。それもそれで、どうかと思うけども。
さっそく自分の席に座って配られたものを見分。
自己紹介カードとか、今から書くんだったらいいな。
「あ、山神さん、自己紹介カードは今日中に提出してくださいね。明日集めてコピーしたものを、みんなに配るから」
「はい」
ならば、自己紹介カードはいいとして。配布物のなかには部活動紹介の案内がはいっていた。わたしは部活は山岳部に入るって決めている。だって、わたしは今まで碌なスポーツをしてないから、他の部活に入ってついていける気がしない。だからといって楽器もできないし、歌もそんなだし、文化部は性にあわない。うん、部活動紹介は山岳部オンリーだな。
他にもいろいろ配布物はあるけど、今のところ急を急ぐものはなさそうだ。
その後も健康診断の説明とか、オリエンテーションの説明とかで授業は終わった。授業といった授業もない授業(?)でよかった。
やっと休み時間だ。友達できるといいな。
そんなことを考えていると、つんつんと背後から背中をつつかれた。
「ねえねえ、山神、さん? 話さない?」
お、話しかけられた。実は話しかけるの、ちょっと緊張していたから嬉しい。
振り向いて見る。女の子は後ろの席の子で、ちょっと釣り目気味な顔をしていた。長い髪を一つにくくっていて、髪ゴムにかわいいリボンがついている。オシャレそうな子だ。
「いいよー。これから、よろしく」
「ええよろしく! ねえねえ、それで、今日遅れて来てたじゃない、なにかあったの?」
「あ、ああぁ、それはね……道に迷って……」
「道に迷った? 学校までの道で?」
「ま、まあね」
すぱっと切られた前髪ときりっとした顔に負けず劣らず、切れ味の良い口調。ちょっとたじろぐ。
女の子は首を傾げた。
「うーん、山神さんって、遠くから来たの? ここら辺の子は迷うことないはずだし」
「うん、そだよ。わたし、すっごい田舎から来たから、道が分かんなくて……」
「そうだったのね」
分かってもらえた。ぜひこのクラスでの友達第一号になってほしい。
女の子は鞄をごそごそ探って、携帯を見せてきた。
「携帯持ってないの?」
「携帯は持ってるよ! でも、どして?」
「道、調べれるじゃない?」
「ああ、そっか。ううん、最近買ったばっかりで、使い方が良く分かんないんだよね……」
これは本当のことだ。一緒に住んでいたおじいちゃんと同じ時期に買ったのに、おじいちゃんの方がわたしよりも上手に携帯を使ってるから、嫌になる。なぜだろう、わたしの方が六十歳ぐらい年下なんだけどな。
「へー、なんか、山神さんって新鮮なかんじ!」
「そ、そう?」
「うん。じゃあ、このタカ高の周りも良く知らないってことよね? 案内するから、一緒に遊びに行かない?」
「ほ、ほんと?! 行く行く、わたし一人じゃ、生活もままならないから助かる!」
女の子は嬉しそうにしている。可愛い。なんだかほんわかする。
この申し出は、まだ街のことをよく知らないからありがたい。独り暮らしの生活を整えるのに時間がかかって、家具屋さんとスーパーとコンビニしか行ったことがないのだ。余談だけど、コンビニはわたしの田舎でもあった。コンビニはすごいのだ。
街に遊びに行くって、一緒にアイスクリーム食べながら自撮りしたりするのだろうか。やってみたい。
田舎ではそもそもアイスクリームを一緒に買ってくれる年頃の友達がいなかった。でも、別にわたしは独りぼっちではなかった。ばあちゃんな友達がいっぱいいただけで。
「そうと決まれば、今日の放課後街に出ましょ」
「ほーい。そういえば、名前なんて言うの? わたしは深音だよ」
「あたしは、織木郁。あ、そろそろ授業が始まるわよ」
わたしはわくわくしたまま、自分の椅子に座り直した。やまがみとおりぎって、名前順でいったら絶対前後にならないな。きっとみんな適当に座ってるんだろう。
この子が後ろでよかった。
朝を除くと、その日の学校は順調に終わった。何人かとも友達になって、あとは郁ちゃんとの放課後を残すのみ。