山神深音の高校デビュー
こんにちは、絵神緋です。
山登りって最近流行ってますが、競技としても存在していることご存知でしょうか?
実はわたくし競技山岳部だったのですが、みなさん「何する部活?」と聞くわけです。これはなかなか悲しいのです涙
という経験もあり、かねてより書きたいと思っていた競技山岳の小説を書かせていただくこととなりました。
どうぞよろしくお願いします。
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――あいつは山に愛されている。
20×〇年の春、とある県立高校に一人の女子生徒が入学した。
田舎から高校進学のためにやって来たという彼女を知るものは、まだいない。しかし、彼女が学校中ないしは日本中に名を轟かせるようになるのは、そう遠い未来ではない。
彼女がもっぱらしたいこととは、登山。雨の日も風の日も台風の日も、彼女は山に登ってきた。いつかの誰かが、彼女にこう問うたそうな。
――なぜ、山に登るのですか?
きっと彼女なら、迷わずに答えるだろう。
――もちろん、私は山を愛しているから。
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「ここはどこかんなー……、都会は密度がたかいのねえ」
わたしは絶賛迷っている。今日から学校生活が始まるので、早めに学校に着いておこうとした。にも関わらずに、迷っている。なぜだろう。
四月のちょっと冷たい風がひざ丈のスカートの下を潜り抜けていく。足を止めはしないけれど、不安が込み上げてくる。
隣人のおばちゃんが、都会は狭く学校への道は覚えやすい、と聞いていたので何も心配していなかった。
だがそんなことはない。
歩いている人に聞いてみても、家と店の違いが全く分からない。まばらに見える高い建物に、何を売っているのか見当もつかない店。いくら歩いても地面が見えないアスファルトの道にも、まだ違和感がある。
何週間か前に引っ越してきたけれど、何かと忙しくて外に出ることはあんまりなかった。せいぜい住んでいるマンションの前のスーパーに行くぐらい。それでも、隣人のおばちゃんには高校は誰でも行ける分かりやすいところにあると聞いていたのに。
聞いても聞いても、なんとかの店の角を右に曲がると言われるだけ。なんとかの店ってなんだ?! いや、知らない。という塩梅。思わず反語をつかってしまうほど。
とりあえず山に近いという情報が、持ち得る中で一番的確だから、山に向かってみる。
建物の間から見える山はなんというか、近いのか遠いのかよく分からなかった。
「あーあ、大変なところに来ちゃった……」
山の高さに意味はない。そこがただ高い、それだけで山には意味がある。山はきっとそうゆうものなんだけれど、都会の山は対照的に、山という意味があるから高いものなのかもしれない。
高校で山岳部に入るのが楽しみだ。入学前に部活の情報はばっちり得ている。なんたってわたしは、山岳部がある高校に入ろうって決めていたんだから。
ぼんやりしていたから、前から来る人に気付いていなかった。気付いてから避けようとしてももう遅い。相手も前方不注意になっているのか、避けるそぶりはなかった。
「あっ、すみません」
「おおっと、……あぁ、すいません」
そんなに激しくぶつかったわけでもないので、脇を抜ける。ところが、相手はそうでないようで、ぶつかった体勢のままじっと止まっている。
「あんた、タカ高の生徒じゃん」
「はい?」
どうやらわたしがぶつかった人は、わたしの制服を見て立ち止まったようだった。
「はい、そうです。わたし、道に迷ったみたいで。よかったら、高山高校までの道、教えてくれませんか?」
知っているなら、話が早い。何回も人には尋ねたけれど、もう一度トライだ。今回こそは理解してやる。
ちょっとその人から距離を取って、目を合わせた。
「え。あ、ああ、いいけどよ。あんたが向かってる方向、逆だぜ」
「……」
「いや、まあ、迷ってたならしかたないよな、はは」
「……。――タカ高って、山の近くにあるんじゃないんですか」
その男の人は、わたしが着ているものと同じデザインの制服を着ていた。
髪は長めで、なんだか軽薄そうだ。
というか、
「この人、もしかしてタカ高の生徒?」
「おい、口に出てるぞ」
「え、ホントに生徒なんですか?」
男の子は長い髪をかき上げながら、嫌そうな顔をした。
彼の顔はカッコいい部類に入ると思う。じいちゃんばあちゃんばっかりだった田舎では、カッコいいという言葉が当てはまる人は確かにいたけれど、わたしとしてはなんだか違う感じがしていたのだ。きっと同年代のカッコいいはこんな感じなんだろう。
彼は嫌な顔のままで制服を見下ろした。
「そりゃ、そうだろ。どんなおっさんが制服着て歩いてるってんだ? もし俺がおっさんなら、恥ずかしくて死ぬわ!」
すごい、反応がはやい。
決して今まで接してきた人の反応が遅いとか言うのではなく、純粋に新鮮な解答だったから感動した。
だけど、待て。今は時計的には学校が始まっていてもおかしくない時間。というか、初日の時間割的には完全に始まっている時間。
そんなときにふらふら歩いているんだから、ちょっと不良なやつなのかもしれない。
でも今は、そういうことは後でいい。
とりあえず、わたしは学校に行きたい。もし案内してくれるのなら、もうけものだ。
「はあ、まあ、学校まで案内お願いします」
「おいおい、なんだよ、無視しやがったな俺のツッコミを。――まあいい、しゃーないからついて来い」
「はい」
男の子が歩き出す。都会の街並みをするする横切って、信号を渡ったり、歩道を渡ったりしていく。
こうやって見ると、テレビで見ていた街並みが広がっているみたいで面白い。かわいいお店もいっぱいあって、わくわくする。いくら田舎に住んでいたと言っても、女の子としての人並みな感性ぐらいは持っているものなのだ。いままでは発揮するところがなかっただけで。
さっきまでは学校に着けなくて焦っていたから、風景なんて目に入ってこなかったけれど、周りを気にする余裕があるというのはいいことである。学校に着けると分かっただけで、大分安心するし。
「よかったー! はーっ、学校にも着けそうだし、都会でも生きていけそうな気がしてきた」
「何言ってんだ、あんた。ここは全然都会じゃないし、まず迷ったりすることはほとんどないもんなんだよ」
「だって、わたしんち田舎だったんです。しかも、ちょード田舎。あなたがいて本当によかった。連れて行ってくれて、ありがとうございます、とても!」
「そうかいそうかい。ってことは、新入生? 俺と学年一緒なのかよ……」
「え、あなたも新入生なの?」
先輩だと思っていた。同学年だったら、友達と話すように喋っても大丈夫だろう。
男の子は新入生なのに、時間を見ても気にしていない。
「そうだけど、悪いか」
「うん、授業サボるのは悪いよ」
「いや、あんたもたいがいだろ。遅刻してんじゃん」
「へ、わたしは迷いたくて迷ったんじゃないもん。それとこれとは、別問題なんだよ」
おしゃべりしている間に校門が見えて来た。
校舎は落ち着いたクリーム色で、ちょっとオシャレだ。いいかんじ。といっても、入試のときと入学式で何度も見ているわけだけど。
わたしが独り暮らししているマンションからはちょっと遠いけど、勉強を頑張って目指した甲斐があるってものだ。山岳部もあるしね。
「おっともう着く。そういえば、俺は2組。あんた、何組?」
「わたしは3組だよ。へへ、さっそく友達ゲットだー」
「3組ね。俺、もう友達なの?」
「ダメかな? あっ名前、なんていうの? わたし、山神深音」
「いいけどよ。俺、伊堺浩太郎。そういや、もう授業始まってっけど、いいの?」
「よくない! ありがとう。またね」
「はいはい、じゃあな」
浩太郎とは仲良くなれそうだ。だけど浩太郎は授業に行かないようで、わたしを見送っていた。今日は初日なのに、いいのだろうか。
それはそうと、教室までダッシュだ。ここは全力で行こう。
初日から授業すっぽかすって、本とかに出てくる不良みたいだけど、大丈夫だよね。白い目で見られるのは避けたい。だって、本当に迷ってたし。
教室に着くまでにも迷う、なんてことはさすがにない。そもそも一年生の教室は入ってすぐのところにあるのだ。入学式の後、説明会で言っていたから間違いない。それじゃあなんで道に迷ったのかというのは、ほっといてくれよ。
ひとまず、わたしは教室の扉の前に着いたのだった。