lätt regn<<光の雨>>
―lätt regn―
「亡霊ね。ただしいよ。そう、亡霊。」
全員が震え地面を見る。本当であれば跪くのが当然なのだが、彼らの足は凍結し動かすことができない。
それをできたのはオハラとヴィットのみ。もちろんヴィットがそんな事をするわけがないが突然現れた気配に警戒する。
「……クスクス、よくもまぁ、正体に気がついたものがいるもんだ。褒美でも上げようか?」
オハラは震えその場に縮こまる。それと同時にヴィットが彼を凍結させる。
「…少し…我慢してて…」
「おや?何をしているのか?エルフではないよな?」
「……。」
「無視……か。さて、質問を変えようか?死にに来たのかな?」
「……。」
「また無視。」
何か思いついたような表情を上げるとヴィットの周りに木の蛇が作り出される。
「話さないならいいや。それと遊んでな。俺は王宮に戻る。」
ふっと目の前からカラムが消える。
(ヴィット!敵が来るよ!)
「…わかってる…片付ける…」
<isstorm(氷雨)>
彼女を囲っていた木の蛇がヴィットに襲いかかる。
それを彼女は回避し木の上に飛び退く。魔法陣が展開されるとそこから氷の雨が降り注ぐ。
「…逃げられた…」
彼女は木から降りると凍らせたオハラを解凍する。
「お助けください。お助けください。お助けください。」
オハラは壊れたように口に繰り返す。
「…大丈夫…エルフが助けてくれるから…」
(ヴィット!!)
声に反応して彼女は高く飛び回避する。倒しきれなかった木の蛇を回避しナイフで切断する。
「…油断した…」
(とりあず生き残りはそいつだけ見たい……、嘘ついた。倒した蛇が復活してる。)
「…不死身…ってこと…?…」
(わからないけど……。)
不死身の可能性があるが、それ以前に生きているかそれすらも微妙に見えてきた。
「…全部で何匹…?…」
(目の前にいる奴らだけだよ!)
目の前にいる蛇は全部で五体。それを視認した彼女は魔法陣から"ユキトのナイフ"を取り出す。
「…シュー…魔力…かして…」
(ん?わかったけど……どうするの?)
リームシュークの魔力と自身の魔力をナイフに循環させる。
「…不死身か…わからないなら…」
冷気をまとったナイフで蛇を一瞬で切り付ける。
そして切り付けるたびにナイフにこまれた魔力を流し込む。
流し込まれた木の蛇は凍結していく。
(なるほどね。)
「…じゃ…あいつを…追う…」
そう言い残しヴィットは街の中央に向かう。
亡霊とはどういう事だ?実態は確かに目の前にいた。
そうヴィットはオハラが言った亡霊という言葉を考える。
…ダークエルフの亡霊…?…いや…それだとオハラが怯える…意味が…
「おやおや、考え事か?それとも俺の事を考えてたのか?」
「…カラム…王宮に行ったんじゃないの…?…」
「いやいや、ゆっくり歩いていたら追い抜かれたんですよ。」
クスクスと嫌味な笑みを浮かべ肩を竦める。
するとヴィットが一瞬にして蔦の檻に閉じ込められる。檻はまるで鳥籠のような形状をしていて一見間から抜けられそうだが……。
(ヴィット、まずい……。毒の檻だ!)
「そう、毒の檻だ。特別に魔封じも掛けてある。さて、どうする?」
「…魔封じ…」
(ごめん、ボクは役に立てない……。)
「…大丈夫…毒って…教えてくれたからね…」
問題はどうやってこの檻から抜け出すか。毒を覚悟ですり抜けるか?……いや、リスクが高すぎる。そして何もないわけが無い。
「さて、ここへ来た理由を聞こうか?」
指を鳴らすと檻ごとどこかの部屋へと移動させられる。
「…ここ…」
「王宮だよ。ここはね。」
周囲から漂う死臭。思わずヴィットは顔を顰める。
「フフフ、どうした?」
「…気持ち悪い…」
「エダ、コード、王宮はどうなっているんだ?」
「……わからない。許可なくエルフは立ち入らない事になっているんだ。」
「……ただ、王宮に招かれたエルフの大半はダークエルフのいいなりになるようになっている。」
「エダやコードは招かれなかったのか?」
「私たちは招かれたけど断った。」
断った?それは命令ではなく拒否権がある?
「拒否権はあるのか。」
「ないわけではないが、街の警護からは外され、外回りをやらされる事になる。」
「なるほど。信用が無いから左遷させられる……。って事だな。」
「そして情報は一切を遮断される。」
そこまでの事をしてエルフたちは今まで決起しなかったのだろうか?そんな疑問が浮かんだが……。
「森の騎士の全員が断って外に飛ばされたエルフだ。そして大半が街に家族を残している。しかも、王宮で働かされているという事だ。」
「人質って事か。」
「ああ。取られてないのは極少数。俺らと数名だ。」
「何がしたいんだ?そのカラムってダークエルフは。」
「ねぇねぇ!」「ねぇねぇ?」
「どうかしましたか?」
「犬の人置いてきてよかったの!」「犬の人置いてきてよかったの?」
「シュガーさんは強いですよ。ただ、実践が恐ろしく足りていないだけです。エフトレットは平和だったんですね。もちろん、僕のいたあそこも戦争はなかったですが、魔獣はすぐ近くにいましたからね。」
「そか!」「そか?」
二人の悪魔とキライは中央にある王宮を目指す。とこどころで大きな火柱を立て、そこに衛兵を呼び寄せ、行動不能にさせていく。
「……、本当にダークエルフだけでこの街を落としたんでしょうか?」
「手応え無いね!」「手応えないね?」
「そうなんですよ。あちらにいたのもそうでしたが、あまりに弱すぎる。僕達が圧倒的に強いというわけではないですしね。」
いや、まぁタルウィさんとザリチェさんは途轍もなく強いのですが、二人にお願いしているのは呼び寄せるための火柱を立てるくらい。戦闘は僕一人でやっている状況ですね。
「おい、少年。何を急いでいる?」
「……どうやら今までのダークエルフの方々とは違いますね。」
足元に気配を感じたキライは急いで横に飛ぶ。足元から生えるように緑のローブを着た長身のダークエルフが拍手と共に姿を表す。
「おや?俺の気配をそんな簡単に察知した?」
「……何者ですか?」
キライの背中に冷たい汗が流れ、本能的に危険を察知する。
「俺?そうだな。この街を落とす為に活躍した英雄とでも言おうか?」
「英雄ですか?禍々しくてそんな風に見えませんが……。」
殺気を感じるわけではなく、単純に不気味、そんな雰囲気をキライは感じ取る。
「キライ、気をつけて!」「キライ、気をつけて?」
「わかってます。他の方と全然違います。二人は下がっていてください。」
「手伝ってじゃないんだ!」「手伝ってじゃないんだ?」
少し残念そうな表情を浮かべる二人。特にザリチェは不機嫌そうだ。
「へぇ、一対一ですか。いいでしょう。三対一でも結果は変わりませんがね。かかってきなさい少年!」
「そうさせて頂きます!」
キライは"双刃刀 嵐"を構え不気味な敵に飛びかかる。
「ふむ……、悪くない。」
キライの武器は敵を縦に両断する。
「……どういうことですか!?」
「いや、すまないね。」
両断されたダークエルフは両断されたままそのまま結合する。
「遅れたが自己紹介しておこうか?カラム様からこう呼ばれている。不死のロープだ。不死なんて存在しないが、あの方からはそう呼ばれている。ま、簡単には殺せないのは確かだがね?少年、逃げるなら見逃してやるが?」
ため息をつきながらキライは一礼すると。
「僕の名前はキライ。未熟者ですが敵前逃亡なんてしたら、尊敬するあの人に笑われてしまいます。」
キライの礼につられてロープが一礼返す。
「なかなか、礼儀正しい少年だ。キライ、逃げる気はないか。まあ、仕方ない。あの方も動き始めた。いつでも降参したまえ。それで見逃してやる。」
そう言うとロープは両手を広げ魔力を解放する。広げた両手には魔法で作られた弓が何個も生成され、両肩にも弓が生成される。
「とりあえず、うでだめしだ。死ぬなよ?」
不気味な笑みを浮かべると、魔法で形成された放たれる。
「……今までのダークエルフとは全然違いますね!」
矢はキライに雨のように降り注ぎ、キライはすれすれで回避する。
さっきまで戦ったダークエルフと桁が違いすぎます。しかも、手加減されていますね。どうやら気を引き締めなければダメですね。
全てを回避することはできず、避けきれない矢は切り払い直撃を避ける。
「ほう、今ので一つの矢も通らないか。大したものだ少年。いや、キライ。」
「……光栄ですが、手加減されてですからね。」
「手伝うよ!」「手伝うよ?」
「いえ、……僕ではなくエレさんやヴィットさんをお願いします。嫌な予感がします。……先程のロープさんの言葉が気にかかるので。」
「俺の言葉?」
キライは警戒しつつ相手の問いかけに応じる。
「ええ。あの方は動き始めた。……でしたか?ロープさんのような強者が敬意を払う方です。王かロープさんよりも高位な方が動いているのかと。」
「わかったよ!」「わかったよ?」
二人の悪魔はこの場から移動をしようとする。
「魔力を高めるなら全身に!」「魔力を高めるなら全身に?」
そう言い残すと二人の悪魔は背中に翼を生やして飛び去る。
「……。今更ですが人間じゃないですもんね。」
「しまった。……逃してしまいましたか。」
「何を言いますか。追う気無かったくせに。」
「ええ、俺の興味は今、お前にある。腕もいいがなかなかの度胸、そして礼節を重んじるところとかね。キライ、何度でも言おう。逃げ出せ。気に入ったから見逃してやる。」
「……困りましたね。わかってて聞いてるからタチが悪いです。僕が逃げないのを知ってて言わないで下さい!」
武器を構えキライはロープの懐へ潜り込み、武器を振り上げる。振り上げた武器はロープの腕を切り落とすが、切り落とされた腕は直後に再生する。
「ほら、次……行きますよ。」
矢が再度彼の弓につがえられ一斉に放たれる。
それを避けるキライに若干の焦りが生まれる。手加減されて避けられている状況。本気を出されれば一巻の終わり。キライは集中を切らさないよう避け、そして切り払う。
「流石だよ、少年。」
「ありがとうございます。ロープさんもなかなかな手加減で。」
「いやぁ、これからどんどん追い詰めてやろうかとね。」
それは丁寧にありがとう、とキライは頭をさげる。
(おい、苦戦か?)
「……?何か言いましたか?」
ぴくっとキライは反応し一瞬停止する。
「なんだ?まだそんなに追い込んだつもりはないんだがな?」
「そう……ですよね。僕もまだおかしくなったとは思ってないです。」
「油断を誘うつもりか?少年……それは少し愚かじゃないか?」
「いえ、失礼しました。気にしないで下さい。」
(ふん、おれの声はお前にしか聞こえてない。)
(そういうことですか。フェルさんの声が聞こえる気がするのは僕は思ったより脆かったからってことですね。)
(お前の言葉もしっかりと聞こえてるからな。念のために言っておくが、お前が変になったわけじゃないからな。戦っている相手だが……。目の前にいないからな。)
「目の前に……いない?」
「ほう?おかしくなりながらも何かに気がついたか?」
「えっ?」
「……少年。どうやら殺さねばいかないか……。」
突き刺さるような殺気がキライを襲う。
「残念ですね。仲良くはなれそうな気がしていたんですが。」
ロープの身体に装備されていた弓が消える。
(俺がそこに行ければ良かったが……。どうやら空間が断絶されている。助けには行けん。生き残れよ。)
「わかりました。簡単にやられるつもりはありませんよ!」
「少年はブツブツと何と話しているんですか?」
「いえ、独り言です。」
「そうか。さようなら少年。」
ロープの目の前に光の玉が生まれ、それを左手で握りつぶす。
<Ljus faller från himlen(天空から降る光の雨)>
<Jag fick i kroppen!(その身に受けよ)!>
上空から光の雨が降り注ぐ。
光の雨粒は激しさを増し、そのうちに光の矢に変わる。
それはキライの周囲を飲み込む。
「街で使っていい魔法じゃ無いんですがね。許してくれとは言わない、少年。」
少しずつペースを上げていきます♪お楽しみに