kärnan<<本質>>
―kärnan―
数分でシルフ達シルフの谷を離れ、ウンディーネの泉へ向かう。その一団の中にはキライも同行していた。
「さて、ここには誰もいない。」
「誰もいないね!」「誰もいないね?」
「これより、此処を私の領域とする。」
その一言を聞いた二人の悪魔は跪く。
谷全体を包む立体の暗い魔法陣が展開される。
「私が命じる。……女神ハルワタートと敵対する灼熱の悪魔、タルウィ。呪いの枷から解き放たれこの地に真なる姿でスプンタ・マンユと相対せよ。」
ダナエが唄う。タルウィを抱き抱え頭を撫でる。
「私が命じる。……女神アムルタートと敵対する涸渇の悪魔、ザリチェ。呪いの枷から解き放たれこの地に真なる姿でスプンタ・マンユと相対せよ。」
ダナエが唄う。ザリチェを抱き抱え頭を撫でる。
二人の悪魔は光に包まれる。そして……。
「私たちは応える。我らが主。悠久の時を過ぎ、なおも夜を過ごす鮮血の主。あなたに応える。私たちは従者。貴女の為になら命を捧げます。」
紅の悪魔と碧の悪魔が姿を表す。無邪気な子供の姿から豹変し、大人びた表情。
紅の悪魔の背には炎が羽根の形を模しており、足元は熱を帯び、赤く変色している。
碧の悪魔の背には樹が羽根の形を模しており、足元は絶え間なくを枯れては生えてを繰り返す。
「こんな言い方もおかしいけど、久しぶりだね、タルウィにザリチェ。」
「お久し振りでございます。こうして、地上にダナエ様の領地を構えるとは、ノームの軍勢を根絶やしにしてもいいということで認識齟齬ありませんでしょうか?私としても数少ない友人を呪われて世界ごと涸渇させてしまいたい気分なんですが、ダナエ様の意志ではないですよね?」
「ん。私としては世界をどうこうする気持ちはないよ。」
「や、おひさ。ダナエ様。世界は焼却でいいよね!面倒くさいや。私の知らない奴は全部焼却するね!」
「タルウィ……少々失礼ではないか?私はそれを許可したくないのですが?」
「ザリチェはかたすぎ!息が詰まっちゃうよ!」
「ん。タルウィはやり過ぎないでね。まぁ、私の領域に入ってくる奴は全員燃やしなさい。それは許可する。」
ニヤリと口角を上げて笑みを浮かべるタルウィ。ザリチェはすこし固苦しく敬礼をする。
「ああ、そうだ。死ぬ事はゆるなさい。それだけは心に留めておきなさい。ここに来るノーム、コメダ軍を蹂躙しなさい。じゃ、私はキライを鍛えてくるね。少なくとも今の君達の足元に及ぶくらいにね。」
「そうなったら私は嬉しいね!」
「人間でそこまで行けたら英雄の域ではないですか?たのしみですね?」
「ふふふ。本人は気づいてないけどすでに英雄の域さ。じゃ、私の領域の守護たのんだよ。」
ダナエが指をパチリと鳴らすと魔法陣が彼女の背中に展開され、右肩にはタルウィと同様の、左肩にはザリチェと同様の羽根が生える。そして、彼女の残像を残して飛び立つ。
「いってらっしゃい。鮮血の吸血姫様!」
「いってらっしゃいませ。鮮血の吸血姫様?」
彼女の残像が消えるまで二人の悪魔は跪く。
「さて、ザリチェ。お互いの持ち場決めておこっか!」
「タルウィ、持ち場も何も二人でこの場を守ればいいんですよ。今の私達に呪いの効果はない。」
「なるほど。ん、わかった。私の背中は任せるよ。」
「わかりました。私の背中も任せます。」
「……ああ。楽しかったな、今回は!」
「……ええ。楽しかったね、今回は?」
二人の悪魔は大人びた表情でお互いに笑い合う。何を覚悟しているのだろうか……。
突然、シルフの谷は地震に襲われる。
それが開戦の狼煙。二人の悪魔と地精霊の大戦争。
世界の崩壊の始まりと呼ばれこの世界の神話に刻まれる悪魔が世界を救う話……。
「や、お待たせ。キライ。」
突風とともにダナエがキライに追いつく。
「ダナエさん。……僕は無力です。」
「君が?何もわかってないね。一緒にいる奴らがおかしいだけだ。ヴィットもそうだし、もちろん後から来たゲルンて言うあの人もね。世界で見ても上から数えたほうが早い人間だ。そんな人間と比較しても決して劣ることはない。」
「……それでも、彼女に守られる側です。」
「あの子と横に並びたいのかい?」
「……いいえ。違います。」
「なんだ、ちがうのか。」
「はい。僕は彼女を守りたい。守れるくらい強くなりたい。」
「くくく。あははは!キライ、あんた、最高だよ!」
「ダナエ……さん?」
「あー……あんた、人を捨てる気はあるかい?」
「……どういうことですか?」
「簡単な話さ。」
「人であることを捨てれるなら簡単に強くなれるさ。」
キライは首をひねるが即答する。
「いえ、僕は人間であることは捨てません。僕は人のまま強くなる。……可能ですか?」
「ふふふ。本当に面白いね。悪いねキライ。そんなもの本当はないのさ。その気持ちだけで十分さ。水の神殿にたどり着いたら呪いを解くことは出来ないけど弱めることが出来る。それまではこの中で修行しなさい。」
黒い穴がキライの前に開く。
「なに、死にはしない。死んだら最初からやり直しになるだけさ。」
「よく、わかりませんが……。行ってきます!」
悩むことなくあの中にキライは歩を進める。
「いってらっしゃい。」
「魔王ダナエ様。」
「元だよ。なんだい?シルフの長老。」
「私達に出来ることはないかね?」
「あるけど、精霊が元とはいえ魔王に手を貸してはいけない。敵対する事はあってもね。そうだろ?」
「……助けられているのは私達だ。」
「違う。シルフは谷を追い出された。悪魔と元魔王の口車に乗ってね。」
くすくすと笑うダナエ。
「……ですが。」
「そうだね。あの穴に入った人間をよろしく頼む。彼に加護を。」
「彼が拒んでもそうするつもりです。」
「気に入った?」
「ええ。あの緑の子には拒絶されたけどね。」
「ふふふ。驚くことをおしえようか?」
「何ですかな?」
「あの子は人であって天狼と契約をした者だ。」
「!?」
長老だけではなく、聞き耳を立てていた他のシルフ達が驚き、突風が起こる。
「ふふふ。驚いた?」
「そして、愚かにも私に弟子入りした人間。」
「……そして、こんどはシルフの加護を得るか。」
「そういう事。その癖自分は弱い力がないと嘆いている。」
「あの少年はなにを目指して……。」
「それを聞いちゃう?……加護をやめるとかなしだよ?」
「ええ。なにがあっても。それが世界を滅ぼすと言っても我々シルフは彼を見放しはしない。」
「おやおや……。そんな事はしないさ。ただ、ただ一人の女の子を守れるようになりたいって言うだけさ」
思わず言葉を失う長老。そんな中、一人のシルフが黒い穴に入る。
「おや、積極的だね。」
それを見送る長老が空に舞う。
「少年に加護を。」
それを追従して全てのシルフは空を舞い、彼らの周りは一瞬巨大な竜巻に包まれ、そして、雲ひとつない星空が姿を見せる。
「正式な加護は与えられないが、水の神殿に到着したら……加護を与える。今は一時的なもの。」
「ははは!初めて見たよ!すごいね!早く正式なものを見てみたいよ!」
遠くに……
はるか遠くに巨大な空気の渦をみた
それは神々しく、荒々しく
それでいて優しい
そう少女は思った。