Sylph till dalen<<シルフの谷>>
―Sylph till dalen―
熊の解凍は滞りなく進み、半分くらい終わったと同時に熊自身で動き始める。熊の額からは一本の角が生え、そこに魔力が集中する。
「まった。争うために解凍したんじゃないよ♪この森の長だよね?」
熊は何も言わず、ゲルンを睨んでいる。そのまま魔力は角に集まる。
「大丈夫だよ。ボク達は別に森を荒らしに来たわけじゃない♪わかるでしょ?そんな事をしてもボク達を倒す事はできない。」
(何しにした……?)
「これからシルフとノームに会いに行くため。その為の羽休め。これを食べたらそのまま出て行くよ♪」
(いま、ノームに会う気か?)
「そうだよ。今じゃないとダメなんだ。わかってるんでしょ?」
(お前達には……。)
「関係ないわけないじゃない。そんな事理解してるんでしょ?」
熊は人語を理解し、ゲルンの言葉を咀嚼しながら、徐々に殺気は薄れていく。
(ノームは、瘴気に当てられている)
「…瘴気?…」
「なんとなく原因は想像ついてるよ♪」
(瘴気の元をか?)
「恐らくね。」
「ここから北にある国が原因だと思うんだ。」
(国まではわからないが、北の方っていうのは正しい)
「…あなたは何者なの?…」
「この森の賢者、もしくはそれに準ずるものかな?ヴィットが殺さなくてホントによかったよ♪」
(あれ如きでは死なん、が、気配を絶つ技術は見事だ。)
額の角は少しずつ小さくなり、体毛に隠れる。
「…ごめん…」
(ふん。野生は弱肉強食。たとえ、殺されたって仕方ない。)
「ほんとに!」「ほんとに?」
熊の方に二人の悪魔が登り熊に話しかける。
(悪魔……。か?地上から排除されたと思っていたが。)
「しぶといからね!」「しぶといからね?」
(俺を殺すか?)
「殺さないよ!」「殺さないよ?」
(なに?)
「世界に興味はないよ!」「世界に興味はないよ?」
(普通の悪魔と違うな)
「そりゃそうだよ。ダナエの従者だもん♪」
(ダナエ……の?)
「ダナエ様だよ!」「ダナエ様だよ?」
表情はニコニコしているが、明らかに空気が変わる。
「二人とも、やめなさい。」
「……はーい!」「……はーい?」
二人の悪魔が羽を生やし、熊の肩から飛び立つ。
「ごめんね♪あの子達も悪気はないんだ♪」
(うかつだった。すまないと伝えてくれ。)
「ところでさ?ノームの地脈ってどうなってるかわかる?」
「…ノームの地脈?…」
(狂っている……。そこらじゅう。)
「そかそか。……他の子達にも影響が出るかもね。ドリアード達には伝えておくけど、精霊達の動きには気をつけてね♪」
一度ゲルンは伸びると、ヴィットの手を引いて河原へ戻る。
「さて、出発だ!準備はいいかな?」
頷くとヴィットは休んでいた夢馬の頭を撫でるとそのまま跨がる。
「よし♪んじゃ、ついてきてね♪」
ゲルンは先ほどとは異なり、スピードを落として飛び立つ。
「…シルフとノームって仲わるいの?…」
「そこそこだね。でも争うって事は滅多に無かったよ♪」
「…さっき言ってた…ノームの地脈?…」
「うん。それを狂わせた大馬鹿者がいるんだよ。」
「…それって…」
「多分ね。抜けたとはいえ身内にそんな事やらせてらんないからさ。シルフたすけて、そのままコメダ法国に殴り込みだね♪」
「…ね、イロとビロは…連れて行かないの…?…」
「行かない。それにヴィットも連れて行かないよ?」
「…なんで…?…」
少し寂しそうな表情を見せるゲルン。
「そうだね♪一緒に行きたいけどヴィットは里帰りが先かな?危険な事はおねぇさんに任せなさい♪」
「ザリチェがついてくよ!」「タルウィがついていくよ?」
「心強い味方もいるしね♪」
「多分ね、君にはダナエとキライがついてきてくれるから安心して♪」
「…でも…」
「なに?ボクが信用できない?」
首を勢いよく横に振る白い少女。
「じゃ、そういう事で。……まっすぐ、ついてくるんだよ?」
「…え?…」
ゲルンはそう言い残すと垂直に進路を変える。それに合わせて二人の悪魔が直上を目指し始める。
夢馬も呼応するように進路を合わせるが、ヴィットは必死に夢馬の背にしがみつく。
「もう到着だから頑張ってね♪」
それと同時に分厚い雲に突っ込む。
「…っ…そろそろ…まずい…」
ヴィットの腕が先に限界を迎えそうになると、二人の悪魔がヴィットの背中を押す。
「大丈夫!」「大丈夫?」
「…ありがと…助かる…」
安堵の表情を浮かべるヴィット。もし、落下しても決して死ぬ事はないが、もし逸れて仕舞えばそこまでなのだ。
そのまま彼女を追う。