spöke<<亡霊>>
―spöke―
目を丸くするエレ。すこし固まった後に彼の中に溜まった言葉が流れ始める。
「ま、待ってください!本気ですか!?私はありがたいですが……。皆さんに危害が……。」
「一人でなにをやるんですか?」
「…私達なら…平気…」
「よ、よくわからないけど、キ、キライについていく。」
「シュガーさんは取り敢えず実戦経験が少ないので僕がなんとかします。ヴィットさんにはシューが付いています。」
森の騎士たちは驚いている。元王族のエレはともかく、外界の人間たちはなぜ手を貸してくれるのだろう……と。
「…私手伝ったら…手伝ってもらうけど…それくらいは…いい…?…」
「僕としてはエフトレットの……ウヴァの仲間である貴方に手を貸すだけです。シュガーも同じでしょう。」
シュガーはまだ事態の把握に至っていないが……戦闘になることのみ理解していた。体が震えている。
「キライ、お祭りなの!」
「お祭りなの、キライ?」
姿を隠していた二人の悪魔が檻に飛び乗る。
「お祭りって……。遊びではないですよ?」
「んー……!」「んー……?」
違うの?とお互いの顔を見合わせて首を傾げている。
騎士たちは急に現れた悪魔に警戒している。視線が集まったところで不快そうにザリチェが手に花を持ちクルリと横に回る。すると檻の周りに花粉が舞い散る。その花粉を吸い込んだ森の騎士たちはその場に眠りこけてしまう。
「まってくれ!」
「安心して!」「殺さないよ?」
「眠ってもらっただけだよ!」「眠ってもらっただけだよ?」
声を揃えて二人の悪魔が檻の上でクルクル回っている。
普通に王のもとへ駆け込んでもし、失敗すれば彼らが責任を取られる。眠らされたのは都合がいいと檻から全員が抜け出す。
「さて、シュガーさんとタルウィさんとザリチェさんでしたね?あなた達にも少し説明を……。」
エレ達はその場を一旦離れ、再度説明を行う。
「ふーん!」「ふーん?」
「……な、なっですって!?」
「シュガー、驚きすぎですよ。」
シュガーは思った通りの反応をしてくれて面白いとヴィットは思う。そもそもライカンスロープは表情が読みにくいと思っていたが、その認識を変えさせてくれた。
「さて、俺は正面突破する。」
「…私は向こうから…」
「僕達は向こうから行きます。」
「ザリチェはキライに!」「タルウィはキライに?」
キライが整理する。エレは東から、ヴィットは北から、キライ達は南から街中央にあるカラムのもとを目指す。
「俺はこいつらに聞きたいことがたくさんあるからな。先に行っててくれ。」
エレは森の騎士達を檻の中に詰める。そして中に詰めなかった、エダとリーダーを起こし確認したかったことを問う。
ダークエルフの規模、そしてそれに対抗する組織はあるのか否か?
「ふむ……そうか、じゃまだ諦めていないんだな。ああ、そうだ、コード。お前は王になるつもりはあるか?」
騎士のリーダー、コードに問う。
「エレ、貴様が王になるべきだ。俺はお前なら!」
「ダメだ。逃げ出したものが王をやるわけにはいかない。未だ抵抗している騎士のリーダー、不屈の騎士がね。コード以外に頼めるのはいない。今更俺が出て行ったとして誰が信じる?」
「俺ら森の騎士は!」
「王が王たる為には国民から支持されないといけない。騎士達から支持されるのはとても光栄だがね。」
「じゃあ!エダに!!」
「エダは女王、お前があいつに惚れてるのは知ってんだよ。昔からな。」
「エダ、貴女も、独り身だろ?あんたらのことは知ってるんだからな。」
「……し、しらない。」
エダは女性らしく顔を赤くしコードは俯き目を逸らす。
「じゃ、ちょっとカラムってやつにエルフの怒りを見せてやるか。人間と亜人の力を借りてだけどな。」
そう言えばタルウィとザリチェはどちらでもなさそうなんだけどな。
ロングボウとショートボウ、それを腕に固定する。右腕の内側にはロングボウ、外側にショートボウを装備している。複数の矢筒を装備し街の正面から乗り込む。隠れることもなく、堂々と。
門番としてダークエルフが数名立っていたが……。氷結している。命はまだあるようだが……。
「ヴィットさん、北から攻めると言ってませんでしたか?」
つぶやき、そのまま門を通過する。門内には何も手をつけられていなく、数名のダークエルフとエルフがいた。
「なるほど……。門兵だけ片付けてくれたんですね。全く……。さて、まだばれていないみたいですし……。」
エレはショートボウの矢に睡眠薬を塗りつけダークエルフの肩を撃ち抜く。
「……簡単なお仕事ですね。あ、申し訳ありません。彼らの拘束をお願いします。俺は王のところへいきます。」
下手にエレはエルフたちにお願いすると街の中の状況を観察する。どうやら南にダークエルフは固まっているようだ。ヴィットはなるべく目立たないように行動しているようだが、彼らはわざとに騒ぎを大きくしているようだ。
キライさんはなかなか……正確に似合わないことをしますね。
「貴様!何者だ!?」
「え?私か?……んー、俺はな。」
隠れながら行動していたはずだがエレはダークエルフに囲まれていた。
「シュガーさん、援護は任せてください。取り敢えず話していた通り前線は貴方に任せます。」
「ま、まってくださいよ!こ、こんな!」
キライはどうやらスパルタのようだ。彼自身デプロと言う鬼教官に鍛えられた為、同じような鍛え方を参考にしているようだ。
「大丈夫です。僕も同じようなことをやらされましたから。」
まぁ、僕の相手は全てゴブリンや魔物でしたが……。人型だと流石に気後れがしてますね。
シュガーは器用に相手の攻撃を回避する。矢はもちろん、魔法すらもライカンスロープの身体能力を生かしたものか、あらかた回避が可能のようだ。キライはその姿をみて安堵する。危険な攻撃があればその間に入ってキライが阻止する。
「魔法を放ってくるのが恐らくダークエルフでしょう。ですが……なるべく殺さないでくださいね。別に僕らはこの国自体を滅ぼしたりなんかしないので。」
「そ、そんなことを言っても!」
ガタガタと震えながらも攻撃を回避するシュガー。
「何がそんなに怖いの!」「そんなに何が怖いの?」
そんなことをシュガー言っているのはタルウィとザリチェ。
「な、なんですか。こ、怖いに決まってる。」
「あんなの雑魚だよ!」「雑魚だよあんなの?」
「タルウィさんも、ザリチェさんも!あまりシュガーさんをいじめないでください!!」
……?矢の勢いが落ちてきた?
キライは矢を放っているエルフを見ると彼らと目が合い頷いている。
なるほど。エルフたちは機会を伺っていただけなんですね。
チラリとシュガーを、見ると危うい攻撃に対してはタルウィとザリチェが遊び半分で手を出している。そこでキライは囲ってきているエルフたちの一番偉いであろう相手の方向へ歩を進める。
近距離でショートボウを放ってエルフ。それも回避が可能な範囲で。それを誘導されるようにキライは回避する。
「あんたら、何者だ?敵ではなさそうだが。」
「エレさんの知り合いです。」
「エレ?……先代の息子のか?」
「はい。」
「何しに……?」
「まぁ、なんと言うか少し、王の元へ……ですね。僕達は陽動です。東からエレさんが侵入しています。」
「それを敵である俺に話すのか?」
「はい。だって、エルフたちは敵では無いです。出来れば彼の助けになってください。所詮僕達は余所者です。わかりますよね?」
エルフは頷き、攻撃を繰り返す。
「ダークエルフの殆どは大したこと無い。問題はカラムだ。あいつは俺らの想像を超える。」
「エレさんよりも?」
「……さぁな。もともとエルフは魔力も高いが、ダークエルフを統べるものらしく他と比較にならない。」
なるほど……。ダークエルフを統べる者ですか。ここら辺のダークエルフは随分と弱いですが、王のみ力がある可能性も有りますね。
ふと視線をシュガーに移すと彼の周りをタルウィとザリチェがクルクルと回っていた。
「あの二人は……何をして。」
思わず頭を抱えるキライ。
「タルウィさん!ザリチェさん!ここはシュガーさんに任せて先に進みます!」
「え!?ま、待ってください!お、おいていく気ですか!?」
「少しは勇気を出してください!別に相手を殺さなくてもいいんですから!やらないと自分の方が危険ですよ!」
何よりここは大丈夫としても、エレさんが危険かもしれない。
「タルウィさん。ここにダークエルフを引きつけます。あの誰もいない広場に目立つよ火柱立てれますか?」
「……できるよ!」「……できるよ?」
声を揃えて二人の悪魔は言う。
ニコニコとタルウィはザリチェとハイタッチして指を鳴らす。
「……。流石です。」
「やりすぎちゃった!」「やりすぎちゃった?」
声を揃えて二人の悪魔は笑い、思わずキライは頭を抱える。
「まだ詠唱してないのにね!」「まだ詠唱してないのにね?」
「じゃあ……!」「じゃあ……?」
「ま、待ってください。大丈夫です。十分です。」
驚くべき事にまだ、魔法を唱えていなかったようだ。慌ててキライはそこで止める事にした。森全てを焼き尽くしかねないと冷や汗を流す。
「…あれは…タルウィ…かな…」
東門の兵士を凍らせてからそのまま北門から彼女は侵入する。すれ違うエルフは命まで取らずに凍らせる。
…手ごたえが無い…森の騎士は…もっと強かったのに…
エルフを支配しているダークエルフは本当に強いのだろうか?そんな疑問が彼女に生まれていた。
「まて!!お前は何もっ……!?」
「…ごめん…少し凍ってて…」
危害を一切加えないよう慎重に彼女は侵攻する。
凍らされたエルフが発見されたのか、火柱のせいか街の中で警鐘が鳴り響く。
「まったく、なんなんですか?今日は随分と騒がしいじゃ無いの?侵入者。何の用?」
気配もなく背後から声がかけられる。
「…すこし…王様に用があってね…」
「ほう?おどろかないのか?」
ヴィットは背後の気配に警戒しながら振り向く。そこには若いダークエルフが杖を持ち立っていた。目の前には一人、だが視線を、彼女に向けたのは複数。
「…一人じゃ無いんだ…囲んでどうするつもり…?…」
「ほう……囲まれているのに気がつくのね。気配は無いのに参考までに聞いてもいいかな?」
「…気配を消しても…視線を感じるからね…」
「視線を……?まあいい。この人数差。大人しくお縄についてくれないか?あんたの正体は気になるからね。」
ナイフを両手で逆手に持つ。
「…抵抗しないでね…殺すつもりは…無いから…」
すると構えた瞬間に四方八方から蔦がヴィットに飛び彼女を拘束していく。
「すこしダークエルフを舐めすぎじゃありませんかね?確かに一対一なら勝ち目はありませんが、大人数で囲めば……ね?」
「…?…勝った気になるの…はやい…」
今度はダークエルフの首筋にナイフが当てられる。背後にはヴィット。
(即席だったけど、上手くいったね?)
「…ありがと…シュー…」
「避けただと!?じゃあ、あれは!?」
魔法が解除されたのか蔦が無くなると中にはヴィットを模した氷が現れる。
「っ、何てことだよ。」
「…そういうこと…質問に答えてくれる…?…」
「答えると思う?」
「…それを…期待する…カラムって…何者…?…」
「我らが王を呼び捨てにするとは!」
ヴィットはため息とともにダークエルフの腕を掴む。掴んだ腕は指先から凍結する。
「拷問とは……いい趣味だ。それでも口はわらないからな!仲間はうらない。」
そう、と彼女は頷くと。全身が凍結する。
「…私も拷問の趣味はない…この人の…次に偉いの…誰…?…」
沈黙。
「…あまり…趣味じゃないんだけど…この人…まだ生きてる…けど……さっ…!…」
氷結したダークエルフを殴る素振りをする。
「わ、わかった!言うから……!」
「お前!裏切るつもりか!?」
一人のダークエルフが前に出る。次に偉いどころか一番下っ端と言うが、彼にとって凍らされたダークエルフは恩人ということだ。
「…他の人たちは…どうする…?…」
その言葉と共に先程と同様に蔦がヴィットに絡みつく。
「はは!今回は避けられなかったみたいだな?」
下っ端のダークエルフ以外が拘束した事に満足して姿を現わす。
「お前、裏切った罪は後でゆっくり聞くからな!」
「……そんな。凍った隊長はどうなるんですか!?」
「そうだなぁ……。」
いやらしい笑みを浮かべるダークエルフ。そして杖を振り上げ……。
「や、やめろ!!そんな事したら!!」
「はは!こいつがいなくなれば……俺が!」
「…くだらない…小物…」
「は?……なんか言ったか小娘。」
蔦が彼女を締め上げるが顔を歪めることすらない。
「お前は俺ら捕まった。それに、この五人に囲まれたこと状態。人間如きが何かできるとでも?」
「…出来ない…と…?…」
「ったりまえだ!!」
「おい、落ち着け、フドウ」
「ふん、じゃあ、何かできるならやってみろよ!」
ヴィットに向いて直り杖を振り上げ……振り下ろす。
「さて、他の方々はまだかかるだろうし……、ここは俺らエルフの国だ。先に突っ込んでおくか。」
エレはやの残数を確認すると街の中央の広場から近い王宮を目指す。
「エレ!一人で行く気か?」
「……いや、姉さんはダメと言ってもついてくるんだろ?」
「当たり前じゃない。ダメって言うの?」
「……いや、そういう事は。」
「ま、言った瞬間撃ち抜かれるよな。」
「はぁ。コード。あんたも来たのか?」
「当たり前だろ?お前の言ってた通り、俺が王になるなら俺も行くべきだ。」
ため息と共に笑うエルフ達。
「じゃ、久々に組んでやるとするか!」
振り下ろされた杖は氷の壁に衝突した。
「なっ……!?」
フドウはヴィットを睨みつける。
「…何か…出来ないって…?…そんな木の枝…じゃ…ね?…」
「そんな馬鹿な!」
フドウは後方に飛び退く。そして杖に魔力を込めて掲げる。
「…君の…魔法じゃ…壊せないよ…」
蔦はメキメキと音を立て締め上げ何かを砕く様な音が響く。
「はは!苦しいだろ?苦痛に顔を歪めないのは大したものだ。だが身動きは取れないようだな?口だけでは何も状況は変わらんぞ!」
首をかしげるヴィット。
「……フドウ。……やめておけ。何かおかしい!一旦引くぞ!」
「黙れ臆病者!……まあ、いい。」
フドウの杖から風の矢がヴィットの作った壁に放たれる……が、傷すらつけられない。
「……っ。防御は万全みたいだが……?だが?」
フドウは締め付けを強くするように命令するがその瞬間巻きついてきた蔦が粉々に砕け、氷った蔦が風に飛ばされる。
「なっ……!?」
ヴィットの身体には若干締め付けられていた様なあとは付いていたが、それだけだった。
「……そ、そんな!確かに何か砕ける様な音が!」
彼は気がついていない。
「フドウ!一旦引くぞ!」
その言葉に彼は我に帰り、逃げ出そうとする。
「…無理…」
「なんで!?足が……足が!?」
ダークエルフたちの足元は凍てつき、地面と固定されている。……一人を除き。
「…君の名前は…?…」
「オハラ。……オハラです。」
そう。と彼女は頷く。
「…安心して…殺す気はない…話してくれれば…ね…」
「カラム様の事でしたね……。」
「…そう…」
「その、あの人たちの安全も約束してくれませんか?」
オハラはヴィットが足を凍り付かせた全員を指すが、ヴィットは問う。
「…君に…罰を与えると…言ってたけど…?…」
「それでも、同族です。」
「…同族…か…。…カラム…の事は…?…」
オハラから驚きの一言が。
「あの人はダークエルフではありません。」
その一言に全員が言葉を失う。
「…よくわからない…けど…?…」
「カラム様は亡霊です。」
「…亡霊…」