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鈴谷さん、噂話です

薄情なお爺ちゃん

 珍しく鈴谷凜子ちゃんという女の子と買い物に出かけた。凜子ちゃんは同じアパートに住んでいる大学生で、地味で真面目そうな外見をしている。彼女はその見た目通りに少しばかり性格が堅くて女の子らしくないのだが、スイーツの類はやはり好きらしいので、新装開店のケーキ屋さんに誘ってみたのだ。眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、ケーキを選ぶ凜子ちゃんの姿はなかなかにレアだった。私は彼女を気に入っているものだから、そんな彼女を見られて少しばかり嬉しかった。

 その帰り道、私達はとあるお爺ちゃんの家の前を通りかかった。それほど親しくはないが、ちょっと前にお婆さんを亡くしていて、近所の噂になっていたので知っている。その家の庭では、お爺ちゃんが植木などに水をあげていた。

 「ここの庭、こんなに植物が豊かでしたっけ?」

 不意に凜子ちゃんがそう尋ねてくる。私はこう返した。

 「あんまり記憶にないけど、そんな印象はないわね。奥さんが死んで、お爺ちゃんはガーデニングを趣味にし始めたのじゃない?」

 そう私が言い終えるのと同じくらいのタイミングで、いきなり私達は話しかけられた。

 「そうなのよ。お婆さんが死んでからガーデニングを趣味にし始めたの。ここのお爺さんってば、ちょっと薄情なのよ。お婆さんのお墓も作らなかったし、祀りもしていない。こんな趣味を増やすくらいなら、自分の奥さんをしっかり祀ってやればいいのに」

 それは近所の噂好きのおばさんで、私達はよく見知っていた。少しばかり声が大きかったので、お爺ちゃんに聞こえやしないかと私は冷や冷やした。その話に興味を惹かれたのか、凜子ちゃんが訊いた。

 「祀るって事は、仏教じゃないのですか?」

 「ええ。何でも奥さんは神道を信仰していたらしいわ。だからお墓を作らなかったのは分かるのだけど、ほら、神道にだってお葬式みたいなのはあるのでしょう?」

 凜子ちゃんは民俗関係に造詣が深い。このおばさんもそれを知っているのだ。

 「ええ、ありますね。神葬祭です。黒不浄といって、神道では一般的に死を穢れとして扱っているので、その事もあって、それほど盛んには行われてきませんでしたが、見直すべきだという事も主張されています。今は普通にできるはずだと思いますが」

 そう凜子ちゃんが語り終えると、おばさんは大きく頷いた。

 「でしょう? なのに、ここのお爺さんはそれをやらなかったの。“家にはそんなのは必要ない”って言って。で、それからガーデニングに精を出し始めたのよ。ちょっと、どうかと思うわ」

 それは確かに酷い話だと私も思った。長年一緒に暮らして来た夫婦なら、例え自分に信仰が無くても、相手の信仰に合せて祀ってやろうと思うものだろう。ところが、それに凜子ちゃんはこんな返しをするのだった。

 「そんな事もないかもしれませんよ」

 と。

 しかも、少し微笑んでいる。

 それで「どうして?」と私とおばさんは異口同音に尋ねたのだった。

 「“葬式仏教”って言葉を知っていますか? 仏教っていうのは生きる為の宗教であるはずなのに、本来の仏教にはない“葬式”を行う事で経営を成り立たせている実態を揶揄した言葉なのですが、これと同様に“死”を宗教がビジネスとして扱っていると嫌悪感を示す人も少なくありません。神葬祭に関しても似たような感情を抱く人は、恐らくはいるのじゃないかと思います」

 それを聞いて私は言う。

 「なるほど。ここのお爺ちゃんもそうかもしれないって言いたいのね、凜子ちゃんは。でも、確証はないのじゃない?」

 「ええ、確証はありません。ですが、その可能性は大きいのじゃないかと思います」

 「どうして?」

 「ガーデニングですよ」

 そう言った後で、凜子ちゃんは少しだけお爺ちゃんの庭を振り返った。

 「神道には教義がないと言われています。ですがもちろん特性がない訳じゃありません。神道は“自然崇拝”をその特性としています。勘違いをしている人も多いですが、神社とは本来、ただの目印のような物に過ぎず、神道の本体は“杜(森)”なのです。神道が信仰しているのは自然そのものなのですね。

 神奈備って知っていますか? これは自然そのものを御神体として扱うことを言います。これこそが本来の神道の姿だと主張している人もいますよ」

 その凜子ちゃんの説明を聞いて、私とおばさんは顔を見合わせた。

 「もしかして、その自然崇拝が、おじいさんにとってのあのガーデニングだって事?」

 「はい。少なくとも私はそう捉えました。もちろんそれは、亡くなってしまったお婆さんを祀る為。そしてその為だからこそ、お爺さんはあんなにがんばってガーデニングをやっているのではないでしょうか? 神棚を祀るより、自然そのものを育てて祀る方が、より本来の神道には近いという考え方もあります。だとすると、ちょっとばっかり微笑ましいエピソードですよね。お婆さんも喜んでいるのじゃないかと思います」

 もちろん、凜子ちゃんのその予想が正しいとは限らない。だけど、そう考えた方が気分が良いとは思う。あれだけお爺ちゃんの文句を言っていたおばさんは、「それはご立派ねぇ」と言って目を少しだけ潤ませていた。

久方ぶりに日常系推理を書いてみましたが、楽しかったです。

難しいんですけどね。

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