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神の棲む島  作者: ZAKI
第十章 鳴動
28/46

(四)

 部屋の隅にちんまりと正座し、右手を畳に当てていたウキが神妙な面持ちで顔を上げた。


「トキが、しくじりましたようでございます」


 報告を受けた志姫は、はじめからすべてを承知していた様子で頷いた。


「真尋は?」

「《御渡りの岩戸》の奥へと消えた由にございます。トキもまた、美守様に連れられ、あとを追っている模様。されど、動きを封じられておりますゆえ、しかとはあちらの現状が読み取れませぬ」

「おおまかにわかればそれで充分。《御座所》の行方はまだ知れぬままであったな?」

「はい。いまだ、ご消息は途絶えたままでございます。真尋は、姫様の許へ向かうと申していたようでございますけれども」


 志姫は、ふむ、と呟いて考えこむように視線を横へ流した。


「まこと、面目次第もございませぬ。愚妹めに、いま少しの機転が働きましたら……」

「よい、邪魔をしたのは美守であろう。あの娘にも困ったもの」


 情感のまるでこもらぬその口ぶりは、実の娘、というより、むしろ粗相の多い使用人のことでも語っているかのようであった。


「それより、真尋が《岩戸》の存在を知っていたことのほうが大事。おおかた、美姫が余計な入れ知恵をしたのであろうが、《御座所》でない者にあの扉が開けようとは……」

「これまでに前例は?」

「ない。あの岩戸は、《御座所》以外には決して口を開けぬ。たとえ、当主であるこのわたくしであろうと」

「では、なにゆえ真尋に」

「それを含めて、真相をつまびらかにするよう命じておいたはずじゃが」


 志姫は、そう言って、同席するいまひとりに視線を向けた。

 ひややかな眼差しを受け、母である志姫と相対する下座に端座していた巫部司は、神妙に頭を下げた。


「申し訳ありません。不徳の致すところとじております」

「真尋に懸想けそうした美守をけしかけ、放置したも、おまえの『不徳の致すところ』かえ?」


 志姫は、心の裡を見透かしたような言葉を容赦なく突きつけた。対して司は、能面のような無表情と沈黙をとおし、返答を避けた。


「まあ、よい。真尋が向かったというなら、如何なる仕儀によるものかは知らぬが、《御座所》が本殿に現れる可能性も高かろう。なにより、《御魂》が次なる《御座所》を求めて激しく反応しておる。先の《魂込めの儀》よりわずか7年。あまりに短き命数なれど、これもすべては真夕姫の代よりの宿業。致し方なきことじゃわえ」


 志姫が淡然と述懐すると、巫部宗主に絶対の忠誠を誓うウキが、珍しくこれに異を唱えた。


「差し出たことながらお屋形様、姫様におかれてはいまだ覚醒の途上にあらせられます。次代の《御座所》につきましても、姫様の御年を鑑みるにあまりにいとけなく、また、《形代》として対となられる御方もおわしませぬ以上、ご誕生を望むことは難しいかと思料いたします。したがいまして、それらの実情を踏まえまするに、《魂込めの儀》はあまりに尚早かと……」

「そのようなことは百も承知」


 老婆の進言を、志姫は言下に撥ねつけた。


「したがウキ、《魂鎮め》がもはや限界に近づきつつあるこの時期に判断を誤れば、島の命運はほどなく尽きよう。わたくしとて、これは苦しい選択であり、危険な賭であることはもとより重々承知。いましがたの鳴動までは、《御座所》の成長を待つつもりでいた。じゃが、もはや事態は一刻の猶予もならぬところまで来てしまった。《御魂》はほどなく荒ぶる神としての本領を発揮することになろう。力の弱まったさきの《御座所》では、到底御しきれぬ。島の存続のためにも、《魂移し》は断じて先延ばしにはできぬのじゃ。次代の《御座所》については、また別なる手立てを講ずるよりほかあるまい」


 当主の言葉に、ウキは粛々としてこうべを垂れた。



 ふたりの女たちのやりとりを、巫部司は皮肉な眼差しで眺めた。


 別なる手立て――有資格者を産めるのは、本家の血筋のみ。

 所詮美守は、この家にとって、ただ子を成すための道具でしかないのだ。それも、《御座所》という特別な資格を持つ子供を。


 脈々と受け継がれてきたものが脆くも崩れ去ってしまったいま、たとえその確率がかぎりなくゼロに近いとしても。


 そして自分は、数多くある『種』のひとつにすぎない。

 そうまでして守るべき、いったいなにがあるというのか。

 男として生まれついたがゆえに味わった屈辱と辛酸、そして今後も終生にわたってつきまとうであろう後ろめたさを、目の前に座る女は決して理解することはあるまい。



「お屋形様、夜分に申し訳ございません。よろしいでしょうか」


 内廊下に面した襖の向こうから、喫緊を告げる声があがった。

 島の代表者たちが表に来て、頻発する鳴動に対する不安を訴えているとの報せを受けた志姫が立ち上がり、ウキもまた、当然のごとく後につづく。


 司はひとりその場に端座し、閉ざされた障子へと視線を送った。

 その向こうに、庭の景観と一体化しているであろう山の頂が、闇を押してくっきりと浮かび上がるのを見た気がした。

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