(一)
《御座所》の役目は、《御魂》と呼ばれる神の器となること。
それは、地図にも名の出ぬちっぽけなこの離島で、実際に数百年にもわたって連綿と受け継がれてきた残酷な儀式。
なぜ、器がなければならないのか。
『ヒロ兄、頭痛いよォ!』
昨夜、地を揺さぶるほどに響きわたった鳴動が、より強く真尋の不安を掻き立てる。
伝承が残す《荒ぶる神》とは、おそらくなんらかの自然現象を言い表したもの。
では、《御魂》を守ることによって、いったい【なに】が護られてきたというのか。
思考を巡らせながら敷地内を移動していた真尋は、不意に緊張を濃くしてすぐそばの景石の陰に身を潜めた。荒い呼吸を殺し、神経を極限まで張りつめさせる。直後、複数の足音があわただしく目の前を駆け抜けていった。
「見つかったかっ!」
「いや。だが、まだそう遠くへは行っていないはずだ」
――もう気づかれたか。
殺気立った男たちの様子を窺いながら、真尋はわずかに目を細めた。その周囲を、まるで、風そのものに意思が宿っているかのように不自然な動きで微風が舞う。ほぼ同時に、数頭の警備犬が鼻先を掠めるほどの至近距離を通過していった。
自分に追補の手がかかったにしては、あまりに騒ぎが大きくなりすぎている。邸内に満ちた尋常ならざる空気が、喫緊の事態の出来を真尋に示していた。
まさか……。
犬をやり過ごした真尋は、闇に沈む山頂のほうを一度顧みると、意を決して身を翻した。




