(二)
ぬばたまの闇が覆い尽くす深更、静寂は突如、地を揺るがす咆哮によって破られた。
地鳴りのようであり、獣の叫びのようでもある怪音は、山の頂から島全土にわたって轟いた。
「恐ろしや、恐ろしや。《御魂》がお怒りじゃ」
島民は、なべて慄え上がり、頭までかぶった布団の中で、あるいは家族と抱き合い、懸命に山頂に向かって両手を合わせた。
《御座所》を求めて《御魂》は嘆ずる。
不吉の咆哮は、島を覆う晦暗をより深くした。
庭のほうを向いて立つ小柄な老婆が、足下の畳を爪先で軽く打ち鳴らした。
トントン・トトトト・ツー・トントン
神妙な面持ちでリズムをとり、しばし沈黙した後、老婆は閉じていた目を開けた。そしてクルリと踵を返し、部屋の奥へ移動して正座すると、両手をついて深々と頭を下げた。
「姫様におかれては、なにごともなく健やかにお休みの由。特段の異変もなく深い眠りについておいでのご様子にございます」
ウキの報告を受け、壇上にて脇息に凭れていた志姫は、物憂げにひとつ頷いた。
「覚醒がはじまった《御座所》の影響を受けて、《御魂》が反応したのであろう」
「おそらくは」
「《御座所》の様子はどうだえ?」
「真尋をひどく恋しがっておいでのようでございます。気丈に振る舞われてはおりますが、昨夕はついに堪えきれず、お泣きあそばされたとか。新参のお側仕えをお気に召し、だいぶお心を開かれたようでございますから、その影響もございましょう。トキのまえでは、いまだ決して表情を変えぬとか」
「真夕姫の血筋ゆえか、育てた真尋に感化されてか、剛直な子供よの」
志姫はわずかに苦笑した。
「いずれにせよ、《魂込めの儀》にはまだまだ尚早。覚醒と成長を、しかと見届けるとしよう」
「承知いたしましてございまする」
一揖したウキは、指先でふたたび軽く畳を打ち、主の意向を社に控える双子の片割れに伝える。トキからの返事は、すぐさま触れた畳伝いに戻ってきた。
その特異なやりとりを、志姫は無表情に眺めた。
巫部の血筋に生まれた一卵性の双子の姉妹に限り、時折顕れる不思議な能力。
自分にもかつて存在した力は、真夕姫が禁を破ったそのときに喪われた。
いまは、それがどのようなものであったかすら思い出すことも難しい。
『姉様、すべての咎は、わたくしが負いましょう』
たおやかでありながら凛とした妹の微笑みが、閉じた瞼の裏にくっきりと甦った。




