(二)
長い長い地下道がつづく。
湿った空気には、壁面から天井にかけて生した苔の青臭さに加え、黴の臭いがかすかに混じる。
深い闇は、カンテラが灯すわずかな光さえも貪欲に吸いとって瞬く間に視界を奪い、己の肉体とその他との境界を曖昧にした。
もう、何度通った道のりかしれない。目を閉じていても、躰が憶えこんだ道筋は、目的地までの方角を違えようもなかった。
巫部という特殊な島の、特殊な家に生まれた者の中で、宗主というさらに特殊な地位を引き継ぐ者のみが通ることを許された通路。
広大な屋敷の地下から伸びたその道の到達点に、『巫部』を特殊たらしめる《源》が在った。
『お姉様、わたくしをお恕しください……』
かつて、柔婉と窈窕をもって島民に愛された妹は、すでにこの世に存在しない。滄溟に生じた儚き泡沫のように短き生をまっとうした。
そして自分は、なよやかで儚げな外観に反した妹の、その鮮烈な生きざまを受け容れ、憧れながら、なおも巫部に囚われ、因襲から逃れられずに今日まで生き存えてきた。
――真夕姫、わたくしの分身。我が最愛の妹。
御堂の息子が、おまえの血を受け継ぐ最後の娘を連れ、ついにこの地へ舞い戻った。
おまえの欲した終焉が、もうすぐ訪れようとしている。
『縟礼を以て祀られしは 光にして闇の御魂』
地下道に響く足音の反響のしかたが不意に変わり、終着に達したことを告げた。
ひんやりとした空気に、言いようのない重みが加わる。
足を止めた巫部家23代目当主、巫部志姫は、カンテラの灯を慣れた所作でいくつかの燭台に移し替えた。
明るさの増した前方の空間に、広々とした洞窟が広がる。
その最奥に浮かび上がったものを見据え、志姫は昂然と頭を反らした。
――真夕姫、おまえに代わってこのわたくしが、最後までそれを見届けよう。
『畢竟、此方は羈絆によりて尊き御魂を棲まわしむ
幽明混ざりし異境なり―――――』




