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末っ子ですから  作者: uzu
6/7

6話

 


『母よ・・・・・・ちがうのです・・・・・・』



 もちろんあの人の話は聞いていた。甘い囁き声と額をなぞる白く柔らかい手にたまらなくなり、暫しうっとりとはしていたが。

 決して調子に乗っていたわけでも、(われ)自身を過信していたわけでもない。何というか、持って行き場のない憤りが。

 視線を部屋の片隅にやる。じっとりと冷たい目でこちらを見つめてくる、ぬいぐるみ。










 久しぶりに朝から太陽の光が部屋中に差しこみ、暖かい。良いことがありそうだ。


 ああ、朝からあの人と二人きりで過ごしている。

 食事も二人きり。静かに、とはいかないものの以前よりは上手に食べている気はする。少しこぼしてしまった分は、白い手によりそっとつまみ上げられ口元に運ばれる。


 歯が当たらないように小さく口を開き、かぶりつく。つい舌でその白い指先をぺろりと舐めてしまい、窺うように見上げる。嫌がられてはいないはずだ。

 こちらに向けられる甘い視線と蕩ける微笑みにお腹も心も満たされた。







 父の贔屓だとの冷たい視線を浴びつつも、日々可愛いと撫でられ愛でられている(われ)の腹。


 今はまだ嬉しさと恥ずかしさに身悶えてはいるが、このままでは蕩けるほどの熱い視線から温度が失われる日が来るのは近い。想像だけで腹の奥が冷やりとする。

 感情の読めない視線を向けられ、妊娠何ヵ月かしらなどと言われた日には泣く。マジ泣きだ。ひきつけ起こすまで号泣だ。


 はい。ちょっと運動しましょう。




 その(われ)の固い意志を砕こうと、立ち塞がる者がここに。誘惑には屈しない!








「食べてすぐは良くないわ。こちらにいらしゃい。」


 ぽんぽんと自らの膝をたたき柔らかな手がこちらに、伸ばされる。

 ほんのり温もったソファであの人の膝枕!



 天使の招きに吸い寄せられて、ふらふらと近づく。いや悪魔の招きか。それもいい。有りだ。



 眠ってしまってはもったいない。ここは必死に耐える。砕け散った固い意志で。


 額や頭、そして後頭部から首筋を呪われた手が優しく撫でる。

 いたずらな手で頬を滑り降り唇を優しくつまみ顎から喉を伝い、くすぐる。

 天国からの招きか地獄からの招きか。今ならどちらでも歓迎しようではないか。

 喉が鳴っても仕方のないことだろう。



 これは睡魔を召喚する手だ・・・・・・もっと・・・・・・






 唐突に終わりを告げる幸せな時間。なぜ(われ)が望むものは、こうも早く過ぎ去っていくのか。甘くどろどろに蕩けた思考が元に戻りたくないとぐずっているがこんな姿をあの人以外に、特にあの騒がしい人には見せたくない。


 呪われたいと望んだせいか。断じてこんなことは望んでいない。

 悪魔の招きに応じたせいか。応じなくても邪魔は入っただろう。




 玄関先から聞こえてくる母を呼ぶ声。ばたばたと落ち着きのない音と気配がこちらに近づいてきた。家を破壊するつもりか。勢いよく開かれた扉が壁にぶち当たり、部屋中に響く騒音。色々な意味で頭が痛い。



 騒がしい兄が帰ってきた。



 楽しそうに嬉しそうに母に纏わりつく。膝に両手を乗せ、顔を覗き込み口付けんばかりの勢いだ。


 無意識に唸っていたようだ。

 苦笑とともになだめる様に背中をさすってもらうも、落ち着けない。

 騒がしいのは苦手だし、常に温度の高い兄はもっと苦手だ。いつも距離が近く、引いてしまう。

 嫌いではないのだが、いつまで経っても距離感に慣れない。いい加減気付いてほしいが前しか見えない熱い性格では、無理だろう。


 小さいときは(われ)の方がしつこく近づき、兄が逃げ腰だったとか。覚えていないが、ありえない。面影もない。その時の兄どこに行った。

 (われ)瀕死、すぐ帰れ。帰ってきてください。シャイな兄。



「ちょっと待っててね。」


 お腹が空いたと騒ぐ兄を連れ、部屋を出ていく。もう大きいのだから食事くらい一人で大丈夫だろう。

 それでもあの人は食べ終わるまで傍にいて、その優しく甘い視線を向けるのだ。



 置いて行かれ暖かいはずの部屋が、ひんやりと感じる。ちょっとイライラしてきた。

 (われ)が先にあの人と過ごしていたのに。

 あの膝は(われ)のなのに。あの柔らかな手も視線も微笑みも全部。全部・・・・・・


 どうしようもないこんな時は、あれの出番だ。初めてのぬいぐるみ。身体半分ほどのサイズにずっしりとくる重量感。


 抱き枕に、八つ当たりにと何でもこなすヤツ。


 あの人曰く、遥か遠くの銀河を走る列車に乗り込んだまつ毛バシバシの流し目美女と少年・・・・・・ではなく夢見る摩訶不思議系猫型美少年達の方をモチーフにした、ぬいぐるみらしい。

 一階には茶色い毛並みに赤いスカーフのジョバ○ニ。2階には赤い毛並みに黒いベストのカムパ○ルラ。

 どこにいても淋しくないようにと用意されたそれら。今ではいいストレス発散相手である。


 茶色い無表情なそれをがっちりと両手で掴み、振り回す。パンチにキック。反動でよろけるも立ち向かう。もう小さな子供ではないので押しつぶされたりもしない。軽く息が切れるまで暴れた。




 これのどこが美少年なのか。(われ)の方がずっと可愛いし格好いい。

 すっきりするはずが余計にムカムカしてきた、気がする。














 喉の奥が鳴る・・・・・・




 出た・・・・・・




 ぜんぶ・・・・・・







「あらあら。いい子にしていなかったのね。」



 これはその・・・・・・ごめんなさい・・・・・・




























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