1話
『母よ・・・・・・何故なのですか・・・・・・』
微かな雨の香りと、小さな雨音。
カーテンの隙間から外を見ようとするが叶わぬこととあきらめる。薄暗く肌寒いなか座りこんでしまう。
部屋の中には分厚いクッションと身体の半分近いサイズのぬいぐるみ。もらった時はまだ幼く持ち上げることも移動させることもできず、何度か下敷きになった。それでもさみしくないようにとベットに運んでもらい添い寝をしていたからか、いまだ捨てられずにいる。
柔らかく暖かい羽布団に埋もれ、いまだ意識は夢の中ながらも階下の人の気配は感じられる。やがて部屋にあの人がやってきた。やさしく額を撫でられうっとりとし目を開けると、そっと身体を起こされベットから出るようにうながされる。ゆったりとした動きのためか抱き上げられそうになり流石にそれは恥ずかしく、すり抜けるように立ち上がる。
気を悪くしたかと、ちらりと振り返るが気にした様子もなく共に歩きだした。寝室を出て階下に行くのだと足をそちらにむけるが、引き戻され・・・・・・
こちらへ、とそっと背中を押され部屋に入ると振り返る間もなく後ろで扉が閉ざされる音が聞こえた。そして外側からカシャリと鍵を閉める音が二回響く。
「いい子にね。」
いつもと変わらぬ優しい微笑みと、贔屓だと言われても我にだけむけられる甘い声。何も変わらぬ日常のなかで状況だけがおかしい。
信じられぬと冷たい金属の格子に両手を掛け、あの人・・・・・・母と呼ぶ人を見つめる。しかしそれ以上は何も言わず、微笑みを浮かべたまま視界から消えていく。
やがて階下にある気配とともに家を出て、残ったのは我のみ。