ケース3
火薬と何かが燃えるような匂いとどこか聞き覚えのある大きな声で眼が覚める。
「クソ虫ども! さあ、戦争の時間だ! 死にたくなかったら敵どもを一人残らず殺して来い!」
我々はそう上官に声を掛けられると装備を整え上官の前に整列する。
「よし、準備は整ったな? よし、では今回の作戦をお前たちの携帯ディスプレイに映すそれを完全に理解して作戦を遂行せよ。何か質問は?」
上官はそう言って我々を見渡す。
「よし、質問が無かったら出発する! さあ、着いて来いクソ虫ども!」
我々は上官の言葉の後に敬礼をして後に続く。
我々には個々の意志などは無い、そう本来ならば……
しかし、なぜか我々の中でも意志を持った者が中には存在した。
だが、固有名詞の無い者達『我々』は『我々』の事を何と呼べばいいか解らない。
先ほど寝ている間に何か映像を見ていたような気がするが……
あれはいったいなんだったのだろう? 我々とは違う世界の出来事が続いていたような気がする。
あれを、なんと言葉にすればいいのか解らないが……
そんな事はどうでもいい、とにかく今は目の前に与えられた命令を実行し、この戦いに勝つことだけを考えれば。
「よし、 これからは敵のクソ虫どもがうろつく区域だお前たちとにかく動くものはすべてお前たちの持つ武器で一つ残らずつぶして来い! いいな、解ったか?」
そう言われると我々はまた敬礼をして敵の潜む区域に分散していく。
ほどなくして、我々は動くものを見つけ、一斉に手に持った武器でそれを攻撃する。
何も音声を発する合図などは無い、しかし我々の意識は繋がっており、隙間なく敵のそれを逃げ場がない位に追い詰め一つ一つ壊していく。
そしてそれを繰り返し、ようやく我々は敵の立てこもる街にまで押し寄せて行く。
街の防備は固められており、我々が近づいていくと凄い量の砲弾の嵐で我々の中にも負傷者が出始めた。
しかし、それを気にする事も無く我々は進み街の中になだれ込んでいく。
そして街をある程度掌握したところで敵は撤退を始めた。
本来ならすぐにでも追撃線を始める所だが、上官の命令のより今日の進軍は停止した。
「よしクソ虫ども、今日は良くやった。今日の戦闘はこれで終了だ。明日壊れた個体の補充を待って追撃を掛ける。部隊を半分に分け五時間ずつ機能を停止しろ。いいか? 解ったか?」
そう言われて我々の部隊は半分ずつ機能を停止した。
最初の半分の歩哨の部隊に選ばれた我々は、街の警備をする。その時我々は個体で行動をする。
我々としての個体で動く事は歩哨をする時以外は殆どない。
そして個体で動いて街の中を巡回していた時何か動くものを見つけた。
瞬間的に体が反応し動くものの方に銃を向け、発砲する。
敵に位置を知らせないように総ての銃にはサイレンサーが取り付けられており、個体の位置を発砲から把握する事は難しい。
そして発砲して動かなくなった影の方に向かい、その影に危険が無くなったかを確認する。
近寄ると影はうずくまったままで動くことはなかったが破壊はしていなかった。
銃弾は当たらなかったようだ。
「動くな、動けば破壊する」
捕虜にすれば何か情報が得られるかもしれない。
個体で動き戦闘の意志が無い個体は捕えるように部隊規約の中にもあり、それに則りその個体を捕虜にするべく近寄る。
そしてその個体の顔を見た時何かを思い出したかのように言葉が出てくる。
「さ……えこ?」
そう呼ばれた個体は困惑した表情で答える。
「どうして……私の名前を?」
そう言って動こうとした個体を制するように銃で威圧する。
「動くな!」
さえこと呼ばれる個体は引き攣った表情だが少し微笑み話しかけてくる。
「あなた、名前はなんていうの?私は冴子、あ、もう知ってるわね。でも、なんで私の名前が解ったの?」
続けざまに来る質問に答える事が出来ずに黙ったまま冴子と呼ばれる個体に銃を向けたまま見続ける。
「私はあなた達の敵じゃないわ、だからお願いその銃を下して、ね?」
その言葉になぜか従ってしまい銃をおろす。
銃をおろすと冴子は微笑む。
「ありがとう、あなたの名前はなんていうの?」
なぜかその声に懐かしさを感じてしまう。
「我々には個体を識別する必要性が無い。だから個体としての名前は無い我々は我々だ」
冷たく言い放つ。
「そう……じゃあ、なんで私の名前が解ったの?」
「解らない、答えを持ち合わせてはいない。ただ……」
「ただ?」
「古い記録の中でその名前とお前の顔の形が一致した」
本来なら個体としての受け答えは他の個体ではできない。しかしなぜかこの目の前にいる個体と意思の疎通ができていた。
「もしかして私達、知り合いだったのかもしれないわね」
そんなはずはない、そう思いながらもなぜかそれを完全に否定できないでいる。
「ねえ、何とかこの街から出たいんだけど……手伝ってもらえないかしら?」
そんな事は不可能だ、それははっきりと解っている。しかし、なぜかそうしない事には行けない。目の前の個体を守らなければいけないという感情が芽生えてきた。
「……わかった、ここを安全に出れる所をまで一緒について行ってやる」
そう言うと、私にはできないような表情をする。
「では行くぞ、急がなければいけない。もうあと三時間ほど過ぎれば私の活動は停止してしまう」
その言葉の意味が解らないようだが、それをいちいち説明はしていられない。
冴子を連れてここから早く出なければいけない。
「わかったわ、じゃあ早くいきましょう」
冴子を後ろについて歩かせ、街の外に向かう。
部隊の歩哨の位置を完全に把握しながら、その隙間を縫って街の外を目指す。
ダミーの情報を走らせているので、しばらくは個体の識別は騙せるはずだ。
しかし、それもいつまでも騙せるわけではない、捕まってしまえば廃棄処分されるか、再調整されるのは解っている。
だから早く冴子を街の外に連れて行き部隊に戻らなくてはいけない。
しかし……なんだこの情報は? 今までに感じたことのない情報が頭の中を駆け巡る。
そして、冴子を街の外まで連れていく事に成功したが、なぜかそこで冴子と離れる事が出来なかった。
「冴子、これからどうするんだ? 恐らく他の街に行ってもここと状況は変わらないだろう」
冴子はまた複雑な表情をしている。
「そうね……できればあなたにも一緒に来てもらいたいけど……だめかしら?」
そんな事は考えられなかった、そんな事をすれば間違いなく廃棄処分だしかし……
「私こう見えても料理が得意なのよ。朝はそうね……ベーコンエッグにサラダ、それに焼きたてのトーストそれから温かいコーヒーなんかもいれてあげるわよ! まあ、最も今の世の中じゃなかなか手に入らないけどね……」
ベーコンエッグにサラダ、トーストに……コーヒー?聞いたこともない……しかし……なんだこの感覚は? いったい何が……
その時、全ての記憶が蘇ってくる。
「そうか……冴子、思い出した。君は私の妻だった。いや、この記憶は作られたものかもしれない。しかし私は君を愛していた。それに美代も……いや、美代はまだ存在していないかもしれないな……わかった、冴子。私は君を守る為に部隊を抜ける。そしてどこか静かで人のいない所で静かに暮らそう」
冴子に私はそう微笑み、銃を手に私と冴子のこれからの時間の事を考えた。
それは初めて感じる、いや、記憶の中では何度も感じていた感情そう、幸せの時間を感じた。
それから私と冴子は遠くはるか遠くの戦争の無い所を目指して旅だった。