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幸せの時間  作者: 流民
3/6

ケース2

 朝、冴子の声で眼が覚める。

 いつも通りの朝だ、昨日の夜の事を思い浮かべなんとなく違和感を感じる。

 しかし目の前にある冴子の顔を見ておはよう、と言っていつものようにキスをする。

 そしていつものように冴子は少し顔を赤らめてまたキッチンへ向かい、いつものように朝食の準備をして美代に学校に行くようにせかす。

 ほどなくして美代は学校に向かい、それを見届けると仕事に行くための準備をしてネクタイをゆるく締めて玄関に向かう。

「あら、あなたもう行かれるんですか?」

 少し遅れて冴子が玄関に来る。そしていつものように私は冴子に笑顔を向けるが冴子は緩んだネクタイを直す事もせずに、しかもそれに気が付く事も無いように笑顔を向けてくる。

 いつもなら必ず緩んだネクタイを締め直してくれるはずの冴子が今日に限ってそれをしてこない。

 おかしい……そう思いながらも冴子の屈託のない笑顔に何も言う事が出来ずに仕方なくキスをして会社に向かう。

 いつもの通り駅に向かい、いつものように早く車で迎えに来てもらえる立場に早くなりたいと思いながら駅の改札をくぐる。

 電車に揺られながら今朝の冴子の事を考えたが、なんで今日に限ってネクタイを締め直す事をしてくれなかったのか?

 忘れていただけだろうか?あまり気にもしたくなかったがどうしても脳裡の中で今朝の事に考えが及んでしまう。

 いつの間にか会社でいつもの席に座る。

 そしていつものように部下がコーヒーの入ったカップを席に持ってきてくれる。

「いつもありがとう」

「いえ、部長好きでやっている事ですから」

 彼女の事をしばらく眺めていた。

 少し茶色く染まった髪は長くさらさら少しの風にでもなびく、そして顔はこの会社の中でも一、二を争う位に美人だ。

 もちろん冴子がいなければ自分の物にしようと考えていたかもしれない……

「所で部長、少しご相談したいことがありまして……」

 少しぼーっと眺めていたのでその言葉に正気を取り戻し返事をする。

「あ?ああ、なんだい相談って?」

「いえ、ちょっとここでは……プライベートな話でして」

 少し様子が変だったようにも思えたがそんな事を気にもしなかった。

「そんなプライベートの事に相談に乗れるかな?誰か他に相談に乗ってくれる人はいないのかい?」

「いえ、どうしても部長に相談にのって頂きたくて……ご迷惑でしょうか?」 

「そうか、解った。じゃあここで話を聞こう」

 少し困惑する彼女。

「いえ、誰にも話を聞かれたくないんです。出来れば今夜にでもお話を聞いていただければ。ご迷惑でしょうか?」

 彼女の提案に少し考えた後に頷く。

「解った、では仕事が終わった後六時に待ち合わせでどうだろう?」

 少し顔をほころばせて彼女は「ありがとうございます」と言って部屋を出る。

 六時に待ち合わせの場所に行くと彼女はかなり着飾った感じでそこに立っていた。

「すまない、待たせてしまったかな?」

 彼女は微笑んで「いえ、今来たところです」と言って私の横に並ぶ。

「部長、私のいつも行くお店があるんですがそこでもよろしいですか?」

 特に何も考えていなかったのでそれを了承し、その店に向かう。

 彼女のよく行く店は静かで照明の少し落ち着いた感じの店で、ほとんどの部屋が個室になっており、外からは中の様子が伺えなかった。

 その一室に通され、一通り注文を済まし、食前酒にと頼んだシャンパンが出てくるとそれを重ね今日一日に乾杯をする。

「で、相談っていうのはなんだい?」

 私はさっそく話の本題に入ろうとしたが、彼女は「まあ、部長その話は後で」と言ってはぐらかす。

「ここのお料理は凄く美味しいんですよ、美味しいものを食べる時に無粋な話は止めて料理を楽しみませんか?」

 相談の内容がよく解っていないが、よほど深刻な事なのだろうか? 色々と疑問に思う事は有ったが、料理が運ばれてくると彼女の言った事の意味も理解できた。

「なるほど、確かにここの料理はおいしいね」

 美味い料理に、酒も良いものが揃えられている。

 次々に出てくる酒と料理を堪能し、かなりアルコールが回ってきたところで話をまた切り出した。

「で、そろそろ話を聞きたいんだが……」

「そうですね……やはりここでも少しお話し難くて……場所を変えませんか?」

 実はもうかなり酔っぱらっていて、ほとんどまともに話を聞くこともできないかもしれないと思っていたが、更にまた場所を変えたいと彼女は言ってきた。

「いや、さすがにちょっとこれ以上飲むと意識が途切れてしまいそうだよ」

 その言葉に彼女は仕方ないといった感じで話し出す。

「わかりました……」

 そう言って後彼女は意を決したように話し出す。

「部長……私以前から部長の事をずっと好きだったんです」

 酔っぱらっていて聞き間違えたのだと思いもう一度聞き返す。

「えーと……すまない、ちょっと酔っぱらってるみたいだ。もう一度行ってくれないか?」

「解りました、何度でもいいます。私は部長の事が好きなんです。ずっとずっと、この会社に入った時から部長の事が好きでした」

 何を言っているんだ? さっぱり意味がわからずに頭の中は酒のせいでぐるぐると回り考えがまとまらない、いや、そもそもこれが現実なのかどうかも怪しく思えてきた。

「えーと、君の気持ちは嬉しいんだが……結婚している事は君も知っているよね?」

「はい……でも、それでもいいんです。たとえ二番目でもいいんです。だから……だから部長のそばにいさせて下さい! お願いします」

 彼女の必死な言葉は少なからず心を刺激した。もちろん酔っぱらっている事も有ったのだろう、その言葉を受け入れてしまった。

 そしてそのまま店を出て。彼女の家に向かう。

 彼女の家は一人暮らしなのだろうがかなり広く、一〇畳ほどの彼女の寝室にはクロスギアが置かれており、それをいつも使っているようだ。

 今までクロスネットは仕事でしか使った事は無い。便利なものだという事はわかるが、あまり好きにはなれなかった。

 だから家にもそれらの機器は一切置いていない。

 部屋の中を見回していると彼女は一枚ずつその身に纏っている物を脱ぎ始め、その白い肌を露わにしていく。

 本当にこんなことをしてもいいのだろうか? 疑問に思いながらも酒で酔っぱらった頭ではそれ以上考える事も出来ずにた。

 すると彼女はすべての物を脱ぎ捨て、近寄ってくるとキスをしてくる。

 彼女の激しいキスに完全に理性は吹き飛び、来ている物を全部脱ぎ捨て貪るように体を求める。

 いつの間にか眠っていたのか、時計はもう明け方近くを指していた。

 眼が覚めた時にはもうほとんど酔いもさめていて、慌てて服を着て眠っている彼女を置いて家に帰ろうとした時彼女は目覚めて声を掛けてくる。

「部長、帰られるんですか?」

「あ、ああ。帰らないと妻が心配するからね」

 そう話すと彼女は悔しそうな顔をしてシーツをギュッと握りしめる。

 その表情が妙に愛しく感じ、キスをして彼女に詫びる。

「すまない、でもまた必ず来るよ。近いうちにね。また会社で」

 それからと言う物彼女との関係は日に日に激しさを増していき、ほぼ家に帰る事も無くなっていくほど彼女に心を奪われていってしまった。

 さすがに冴子もその事をおかしく感じ、何度もその事に着いて話をして、離婚する事も話をした。しかし、冴子は離婚に応じてはくれる事もなくその状態のまま半年くらいが過ぎた頃だった。

 いつもの通り彼女の部屋に帰り、彼女との生活が当たり前になりだした頃、彼女にはっきりと言われてしまった。

「ねえ、もうそろそろ奥さんと離婚してくれない?それができないなら……」

 もうその頃には彼女なしでは生きていけないとさえ思うようになってきていた、だからもう迷う事は無かった。

 離婚に応じてくれない冴子と別れるための手段はもう他にはない、それがこの幸せな時間を守って行く最後の手段ならそれを実行しよう。

「解った、明日の夜まで待ってくれ。そしたら妻とももう別れる事が出来る、そしたら君と結婚するよ」

「嬉しいわ! ああ、早くあなたと何も気にすることなく一緒にいる事が出来るようになりたい! 明日の夜、楽しみにしてるわね」

 そう、なぜだかわからないが、もう頭の中ではシュミレーションが出来ている。

 総てが明日の夜にはかたがつく……


 妻の寝ている部屋にそっと忍び寄る、そして手に持ったナイフを妻の身体に深く突き刺す……

 そう、もうこれ以外に離婚に応じてくれない妻と別れる方法はない、そう思って最後に考え出した結論がこれだ。

 頭の中で何度も何度もシュミレーションをして、完璧な計画が出来上がっていた、もう後は実行に移すだけだ。

 そして、久しぶりに変える家の前で一つ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 冴子が起きないように、そっと鍵を開け冴子の寝室の方に向かう。

 途中キッチンのテーブルの上に何かが置かれている事に気が付いたが、それも無視してゆっくり、ゆっくりと足音を立てないように階段を昇り冴子の部屋の前まで来る。

 そして、ゆっくりと部屋のドアを開け、冴子が眠っている事を確認すると手に持ったナイフを高く掲げそれを一気に振り下ろす。

 いやな感覚が体に走る。

 そして冴子の声にもならないような悲鳴が辺りに響き渡る。それを止めるように枕を冴子の顔に当て、声が漏れないようにして何度も何度も冴子の身体にナイフを突き刺していく。

 次第に冴子の身体から漏れ出してくる赤い液体が冴子のベットにしみわたり、見る見るうちに真っ白だったシーツは赤く染まって行く。

 その光景を微笑みを浮かべながら、もう彼女との幸せな時間を何度も何度も繰り返して想像していた。

 これでこの先ずっと彼女との幸せな時間が来ることを想えばこれくらいの苦痛は何とも思わない。いや、むしろこうしている瞬間こそ幸せの時間に他ならない。

 そう思いながらも何度も何度も、冴子の身体が動かなくなってもナイフを突きつけ続けた。

 そして、ようやく正気に戻り冴子だった物をかたずける為にそれを運んでばらばらにして袋に詰めた。そしてそれを車の中に詰めようと運んでいた時にふと喉の渇きに気が付き、キッチンに向かい冷蔵庫の扉を開ける。

 冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、冷蔵庫の中の光がこぼれテーブルの上に置いて有る物に眼が行く。

 そこには手つかずの料理が置いて有る、置手紙と一緒に。

『あなたお帰りなさい、あなたの好きだったハンバーグ作りました。食べて下さいね。先に寝ます。帰って来てくれてありがとう。  冴子』

 冴子は毎日帰って来るか解らないのに料理を作っておいてくれた……しかし、その現実にも私はもう何も感じなくなってしまっていた。

 もう私には彼女との幸せな時間しか考えられなくなっていた……

 そう、これから彼女との幸せの時間が私を待っている……



「もうそろそろ終わった頃かしら?後はうまく片付けてくれれば……これで部長は私だけの物。ふふふ」

 高笑いをして少し落ち着いて彼女はクロスギアの前に置いて有るソフトのパッケージを手に取る。

「まさかこんなにも上手く行くなんてね。部長の奥さんを殺すように洗脳する映像を毎日毎日見せ続けたおかげね。これで私も幸せの時間が訪れるわね。ああ、早く帰って来て私の事を抱いてほしい」


『クロスネット用ソフト「幸せの時間」このソフトには過激な表現が含まれています。しかし、現実では味わえないような時間をあなたに提供いたします。一五歳未満の方は本ソフトはご利用になれません。CERO C』



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