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幸せの時間  作者: 流民
2/6

ケース1

 朝、眼が覚めるといつも通り冴子はベットの横に立ち、声を掛ける。

「あなた、おはようございます。もうそろそろ起きないと遅刻してしまいますよ」

「ああ、おはよう冴子。今起きるよ」

 そう言っていつもの朝のように冴子を抱き寄せてキスをする。

 キッチンからはいつもの通り美代のはしゃぐ声、それを聞きながら冴子と口づけを交わしベットから起き上がる。

 いつものように食卓に並ぶベーコンエッグにサラダ、そして淹れ立てのコーヒー。

 昨日も今日もその前も、いつもと変わらないこの景色。変わらない幸せの時間。

 いつものように食卓に置いてある新聞に手を伸ばし、それをぱらぱらとめくりながらコーヒーをすする。

 そして、箸を手に取り食卓に並んだ朝食を食べる。

 ふと、新聞の記事に眼が止まる。

「冴子、明日の休み何か用事があるかい?」

 冴子は突然の質問に少し考える。

「明日は特に何もなかったと思うけど……どうかしました?」

 新聞を冴子に見せると、冴子の表情がぱっと花開いたように明るくなる。

「バラ!」

 そう、冴子はバラには眼が無いそれをわかって冴子にこの記事を見せた。

「あなた、明日行きましょうよ!折角のお休みですし美代もどこかに連れて行ってあげたいですもの」

 冴子は嬉しそうに微笑み、話しかける。

「ああ、そう言うだろうと思ったよ。折角だ、泊まりでいく事にしようか」

「ああ、楽しみだわ! 早く明日にならないかしら」

 その嬉しそうな横顔を見ながら満足に微笑み、食卓の上の朝食を総て平らげ椅子から立ち上がる。

 冴子はまだ浮かれた感じで鼻歌を歌いながらキッチンに立っている。

 美代はそんな冴子を見て不思議そうにしている。

「美代、今日は早く帰ってくるのよ~。明日のお出かけの準備しないといけないからね~」

 美代も満面の笑みを浮かべ「おっ出かっけ、おっ出かっけ~!」とはしゃいでいる。

 部屋に戻りいつものようにスーツに着替え、そしてネクタイを緩めた状態で締める。

 そして玄関に向かうと美代もちょうど家を出る所のようだ。

「美代ももう行くのか?」

「うん! パパももう行くの?」

「そうだよ。じゃあ一緒に行こうか」

 うん! と元気よく返事をし、美代は玄関のドアを開け外に出て行く。

「あなた、行ってらっしゃい」

 冴子はそう言っていつものようにネクタイを締めなおす。

「ああ、言ってくるよ。じゃあ冴子旅行の準備頼むね」

「ええ、あなた。楽しみにしてます」

「じゃあ、行ってくる」

 そして冴子にキスをして、外で待つ美代の下に向かう。

 外で待っている美代と手を繋ぎ並んで歩き、家から少し離れた所の交差点で美代の手を離し学校に走って行く美代の後姿を見送る。

 そしてそのまま歩き、駅へ向かう。

「早く出世して迎えの車が来るようになりたいものだ」

 そう一人呟き、駅の改札を潜る。


 荷物を整え、車の中に乗せる冴子その横で美代も一生懸命手伝って思い荷物を抱えて車の中に運び込む。

 準備が整って運転席に座り、冴子と美代も車の中に乗り込む。

「じゃあ、そろそろ行くか?」

 そう声を掛けると、冴子も美代も嬉しそうに声を合わせる。

「いこういこう!」

「よし、じゃあ出発」

 エンジンの心地よい振動と排気音を聞きながらアクセルを少し踏み込む。

 車は順調に滑り出し、そのまま高速道路へ向かう。

 まだ冴子と恋人同士だった頃も良くこうやって車でドライブに出かけた物だが、最近は仕事も忙しくなってきてなかなかこういう時間も取れなくなってきた。

 仕事をして冴子と美代を護っていかなければいけないとも思うがしかし一方でやはりこうやって家族三人で旅行に出てもっと家族の絆を深める事もやはりまた大切な事だろう。

「ああ、楽しみねー。早く一面のバラに囲まれたいわ~。甘い香りがして……素敵なんでしょうね」

 眼をうっとりとさせている。

 そのあまりにも楽しみにして、微笑む姿を横目でちらりと見て、私はアクセルを少し踏み込みスピードを上げた。





 冷たい滴が頬を伝うのが解る。

 泣いているのだ、いつもここまでしか再生されない映像を見ては涙する。

 とめどなく流れる涙を拭く為にクロスギアを外す。

「どうしてあの時もっとスピードを落として運転しなかったんだ……」

 もう何度目の再生だろう、その度に涙がとめどなく溢れる。

 あの時、スピードを上げて、ハンドル操作を誤り高速道路の防音壁にぶつかった。

 美代は後ろの席でシートベルトをしていなかった、そして冴子は助手席で押しつぶされて……。

 救急車が駆けつけた時には二人ともこと切れてぐったりとしていたそうだ。

 クロスネット用のソフトのパッケージを取りそれを少し眺める。

『幸せの時間』そう書かれたパッケージを壁に向かって投げつける。

 パッケージの中に収められた取説やアンケート用紙がパッケージの中から飛び出す。

「くそ! 何が幸せの時間だ! こんな物、幸せどころかあの時の辛い思いでしか思い出さない。どうしてこんなものを買ってしまったんだ……」

 物を言わないパッケージに言葉を投げつけるが、もちろんそれは返事をしてくれるわけもなくまた黙って私はそれを拾い上げる。

 そしてまた私はクロスギアをはめ、幸せの時間を再生する……


『クロスネット用ソフト「幸せの時間」空想、現実世界を問わずあなたに幸せの時間を提供いたします。現実世界での辛い事は一切この中にはありません! さあ、あなたもクロスネットで「幸せの時間」を!CERO A』


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