タナトスとマイヤ
むかしむかしのお話です。パパとママそして女の子が仲良く暮らしていました。でもその家庭はとても貧しく明日の食料にさえ困るほどでした。そのような暮らしもある冬の日突然終わりを迎えてしまいます。都からやってきた流行り病がこの小さな町にもやってきて
町の人が次々とその病にかかり死んでいってしまったのです。女の子の両親もその病にかかり女の子を残して死んでしまいました。一人残された女の子が静まり返ったおうちで
途方にくれていると黒いローブを身にまとった少し変わった身なりをした人がおうちに入ってきました。
「あなたはだれ」
と女の子が聞くとその人はローブを脱ぎ
「あなた、私のことが見えるの」
と聞いてきました。ローブを取ったその人は黒いワンピースを身にまとっており、真っ黒い翼があり、顔立ちは15,6歳くらいの女の子で右手には大きな鎌を持って女の子の前に立っていました。
「あなたはだれ」
と女の子はもう一度その人に聞きました。するとその女の子は
「私はタナトス。死に神よ」
と答え大きな鎌を女の子の方に向けました。死に神と聞いた女の子は恐怖のあまりその場で泣き出してしまいました。その姿を見たタナトスは鎌を振り下ろすのをやめ思わず女の子を抱きしめてしまいました。突然抱きしめられた女の子はびっくりしましたがタナトスのぬくもりに安心したせいか
「パパ、ママどうして死んじゃったの、どうして。」
と今までこらえていた悲しみをタナトスにぶつけ泣いて泣いて泣きました。タナトスもまた女の子をずっと抱きしめていました。女の子は泣き止むとタナトスに
「死に神さんがおうちに何しに来たの」
と聞いてきたので
「あなたの魂をもらいにきたの」
とタナトスは答えました。
「どうしてそんなことをするの」
女の子の質問に
「だってそれが私たちの仕事だもの。」
タナトスの答えに
「じゃあ、この町の人やパパやママが死んじゃったのもみんなあなたのせいなの」
責めるような女の子の質問にタナトスは
「そうよ。正しくは別の死に神だけど。病気は魂を刈り取るのに必要なの。だって魂を弱らせたほうが刈り取りやすいもの。そのために私たちは病気の素を撒いて生き物を病気にさせ弱った魂を刈り取るの。特に冬は書き入れ時なの。」
「じゃあ、どうして私が泣いている間、魂を刈り取らなかったの」
女の子の思わぬ質問にタナトスは
「そ、それは・・そのお。ええっと。だって私、今日が初仕事だし。どうやっていいかよく分からなくて」
としどろもどろになってしまった。何となくおどおどしているタナトスを見た女の子は
ぷっと吹き出しげらげら笑いながら
「死に神さんって全然怖くないね。私、死に神ってがいこつみたいなものだと思っていたんだけど全然違うんだね」
「がいこつみたいのもいるよ。いっぱい。あ、あと私一応死に神だからね。怖いんだからね」
と言っても女の子はげらげら笑うだけなのでタナトスはすっかり落ち込んでしまい、家の隅のほうに引っ込んでしまいました。あまりの落ち込みに女の子もさすがに悪いと思い
「ごめんね、死に神さん。そんなつもりはなかったの。だから落ち込まないで」
女の子は謝りながらタナトスの頭をなでなでしました。
「大丈夫よ、ありがとう。私もともと落ちこぼれだし。あと私タナトスって名前だから」
そういうと
「私マイヤ、よろしくねタナちゃん。」
「こちらこそよろしくマイヤ。」
お互いに自己紹介した後タナトスははっと気がつきました。でも後の祭りでした。
「ところでタナちゃん。私タナちゃん許したわけじゃないからね。」
「えっ。何のこと」
「とぼけないで、私のパパとママのことよ。タナちゃん達がこんなことしなければパパもママも死なずにすんだのよ。分かってるの。だからタナちゃんにはお仕置きが必要です。」
思わぬ展開にタナトスは
「ちょっと待ってよマイヤちゃん。魂を刈るのは私たち死に神の仕事よ。罰を受ける筋合いはないわ。」
とマイヤに言いましたがマイヤは全く聞き入れません。根負けしたタナトスは
「お仕置きって何。」
とおそるおそるマイヤに聞きました。するとマイヤは
「私のパパとママの代わりになって」
と言いました。いくらなんでもそんなことタナトスにできるはずがありませんので、そんなことできないと言うとマイヤは
「なら私の魂を刈り取って」
と言い放ちました。普通の死に神ならマイヤの魂をすぐに刈り取っていたでしょう。でもタナトスは死に神としてはあまりにも気が弱かったのでそんなことはできません。
結局タナトスはマイヤのお仕置きを受けることになりました。初めにマイヤはおなかがすいたといいましたのでタナトスは暖かいシチューを作ることにしました。落ちこぼれといっても神の端くれ、タナトスが右人差し指を一振りするとニンジンやらジャガイモやら シチューの材料が次々と出てきます。それだけではありません。指を一振りするとぼろぼろのテーブルはあっという間にきれいになり、さらにその上にはきれいなテーブルクロスまで敷かれていました。また料理の仕方も一風変わっておりました。ジャガイモの皮などを風の魔法でむき、さらに手ごろな大きさに切りました。また火の魔法でまきに火をつけ、さらに火が消えないように適度な強さの風の魔法を使うというものでした。またマイヤの家は貧しく明かりもろうそく一本という暮らしでした。そこでタナトスは水晶玉を取り出しそれを天井にくくりつけました。そして指を一振りすると水晶玉から光があふれ出しあっという間に部屋が昼間のように明るくなりました。あまりの手際のよさにびっくりしたのはマイヤのほうでした。さきほどまで家の隅っこでいじけていた姿とはあまりに違い、彼女の姿は生き生きとしていました。
「タナちゃんすごいね。なんでもできるんだね」
その言葉を聞いたタナトスは
「ありがとうマイヤちゃん。家事は得意なの。もうそろそろで夕飯ができるから席について待っててね」
そういうとタナトスは台所のほうへ戻っていきました。しばらくするとテーブルの上には
おいしそうなシチューとパンが並べられていました。シチューを一口食べたマイヤはあまりのおいしさにびっくりしてしまい思わず
「こんなおいしいの食べたの生まれて初めて。ありがとうタナちゃん。そうだタナちゃん、シェフになりなよ。ぜったいそっちのほうがいいよ。」
その言葉に
「ありがとうマイヤちゃん。考えてみるね。」
といいタナトスは夕食を食べ始めました。マイヤにとってタナトスとの生活は毎日が新鮮でした。タナトスは毎晩マイヤが寝る前に色々なお話をしてくれました。
ピラミッドのお話や猿が活躍する西遊記という冒険物語はマイヤをわくわくさせました。
でも一番マイヤが一番興味を持ったのは、ずっと先の未来のお話です。未来には飛行機というのがあって、それに乗ると空を自由に飛べるというお話を聞いたときマイヤは心の底からそれに乗りたいと思うようになりました。しかしそのような生活も長くは続きませんでした。二人の生活が始まってから半年ほど経ったときのことです。
たくさんの黒いローブを身にまとった人たちが二人のもとへやってきたのです。
その人たちをよく見てみると絵本に出てくるようながいこつの格好をした死に神達でした。
マイヤは思わずタナトスの後ろに隠れました。死に神の一人がローブを取ると見た目は
りりしい顔つきをした男の人でした。
「ハデス様。」
タナトスがつぶやくとマイヤは
「タナちゃん、だれあの人。」
と聞いてきたのでタナトスは
「一番偉い死に神よ」
と答えました。タナトスはハデスに向かって
「ハデス様、どういったご用件でしょう」
「タナトス、後ろにいる人間、なぜまだ生きている。」
ハデスの質問に
「そ、それは私がまだ刈り取っていないからであります。」
タナトスの答えにハデスは冷たく
「仕事を放棄した死に神の行く末を知らないわけではあるまい。お前ができないのなら私がお前の尻拭いをしよう。今ここで。そのかわりお前は無限牢獄に行くことになるがな。」
無限牢獄・・・その言葉にタナトスは凍りついた。マイヤが
「タナちゃん、むげんろうごくってなあに」
と聞いてきたのでタナトスは
「死に神の地獄よ。永遠の苦しみが私を襲うの。そこに入れられたら二度と出られないわ」
と答えた。私を刈らないとタナちゃんはひどい目にあっちゃうの、それはいや。でも死ぬのもいや。マイヤの心にも動揺が走っていった。そのときタナトスが
「お待ちくださいませハデス様。これは私の仕事でございます。ハデス様の手を煩わすほどではありません。」
「ではタナトス。今すぐ魂を刈り取れ。これは命令だ」
観念したタナトスは隅っこにあるほこりのかぶった鎌を持ってきてそれをマイヤに向けた。
「いいよ。タナちゃん。それがタナちゃんのお仕事でしょ。私タナちゃんのこと許すよ。」
そうはいったもののマイヤの目からは涙があふれていた。それはタナトスも同じだった。
タナトスはマイヤを抱きしめ
「ごめんね、マイヤちゃん。やっぱり私できない。マイヤちゃんの魂刈ることなんてできないよ。だってマイヤちゃんの魂、まだものすごく強いもの。もっともっと生きられるんなもの。私ほんと情けない死に神だよね。何一つ仕事のできないダメな死神だよね。」
そのときタナトスの頬に痛みが走った。マイヤがひっぱたいたのだ、タナトスの頬を。
思いっきり。そして
「タナちゃんのバカ。もしタナちゃんが私を刈らなかったらどうなっちゃうのよ。ずっとずっとひどい目にあっちゃうんでしょ。私タナちゃんが苦しんでいるところ見たくないよ。
だから・・・だから・・・だからお願い。お仕事して。」
マイヤの言葉に覚悟を決めたタナトスは鎌をもう一度持ち直して静かに振り下ろした。
数十年後、
「ねえおばあちゃん。結局マイヤはどうなったの、死んじゃったの」
「いいえ、結局タナちゃんはマイヤちゃんを殺すことはできなかったの。」
「じゃあタナちゃんはどうなったの」
子供たちの質問に
「タナちゃんはその後、ハデス様たちに連れられていっちゃったの。きっと無限牢獄って所に今もいるわ。」
老婆の答えに
「タナちゃんかわいそう。マイヤちゃん助けただけなのに。ハデス様ってひどい死に神だね」
子供たちがハデスの悪口を言う。老婆は
「そうね。もう少し優しくてもいいのにね。本当、いじわるよね。」
そういった後
「もう夜も遅いから寝なさい。早く寝ないとハデス様が来ますよ」
「え~、ハデス様は嫌だな。タナちゃんならいいのに。おやすみなさい、おばあちゃん。」
子供たちを寝かしつけた後、老婆は自分の寝室に戻るとそこには懐かしい姿があった。
「お久しぶりね、マイヤちゃん。もうすっかりおばあちゃんだね。」
「タナちゃん、無事だったの。ひどい目に合わされたりしなかった。」
数十年ぶりの再会に二人は抱きしめあった。
「マイヤちゃん。ハデス様がチャンスをくれたの。マイヤちゃん言ってたでしょ。私を刈るのはタナちゃんじゃなきゃ嫌だって。だからハデス様が言ったの。マイヤちゃんの魂は
お前が刈れと。マイヤちゃんの魂が弱くなるまで待ってやると」
「じゃあタナちゃん。ひどい目にあったりしなかったのね。」
「うん、ずっと雑用だったけど。無限牢獄は免れたの。これもマイヤちゃんのおかげよ。」
「ううん、私がここまで生きられて、そして可愛い孫たちに囲まれる生活ができたのもタナちゃんのおかげよ。感謝しているわ。」
マイヤは気づいていた。タナトスが来た意味を。
「タナちゃん。今日がタナちゃんの初仕事だね」
「うん、そうだよ。マイヤちゃん。じゃあやるよ。」
タナトスの鎌が振り落とされた。今度はしっかりと。