僕と女の子。
焦点の合わない瞳は少女の机に置かれている花瓶とうなだれた花だけを見ていた。
とても賑やかな教室。
彼女だけがひとつの画から切り離されたモノのように見える。
「おにごっこする奴こっちこいよ―!!」
頬に擦り傷のついた男の子が声を張り上げている。
わぁ―っと教室にいた生徒のほとんどがその男の子について駆けて行く。
はっと意識を取り戻したように女の子が顔を上げた。
期待を込めた瞳で集団の後に続く。
心なしか軽くよろけた体を持ちなおして…。
運動場にはクラスの大半の生徒が集まって、輪になっている。
なんとか女の子もその輪の中に入れてもらえた。
隣にはクラスの中心になっている元気な男の子。さきほどの子である。
女の子とはとても仲がいい、はずだった。
なのに何故か今日は話しかけても返事を返してくれない。
女の子は悲しかった。
「じゃんけんするぞーっ」
声を張り上げ、男の子がみんなの気をひく。
女の子は自分が見つめられているような気になり、少し恥ずかしかった。
大勢でのじゃんけん大会がはじまった。
もちろん、鬼を決めるためだ。
「じゃーんけーん」
ポン。
「やったーっ」
半分ほどが輪から抜ける。
「じゃーんけーん」
ポン。
「あっぶねー」
これでまた10人程度が抜けた。
残ったのは女の子と言いだしっぺの男の子を含めて後5人。
「いくぞっ」
「じゃーんけーん」
…ポン。
女の子のひとり負け。
「ぁ…あたし負けちゃった」
「ぇ―!!みんなあいこかよっ」
「じゃぁもう1回な」
「……あたし負けたょ」
「じゃーんけーん」
「ねぇ…あたし…」
隣に立っている言い出しっぺの男の子の肩をポンと叩いた。
「ぁ?何。誰か呼んだ?」
隣に女の子が立っているのに、わざとらしくキョロキョロと辺りを見まわす。
「誰も呼んでねぇよ。早くっじゃんけん」
別の子が催促する。
「ぁーはいはい。じゃーんけーん」
何もなかったかのようにまた騒ぎはじめる。
女の子は唇を噛み締めてその場を離れた。
放課後になり、昼間とはうって変わって静かになった教室。
涙を流しながらも、机の上にある花瓶をどけようとはしない。
ゆっくりと立ち上がり、女の子も家路についた。
「ただいま」
「あら、こんなに散らかして」
「…ただいま」
「ちゃんと片付けるのよ?分かった?」
「はーい」
「…」
リビングに顔を出して声をかけたけれど、誰からも返事はない。
女の子はもう、ボロボロだった。
夕飯のいい香りがしてきた。
また女の子が涙を流す時間だ。
僕はゆっくりと歩き出す。
机の上には綺麗にならべられた料理。
もちろん、女の子の箸はない。
女の子にはもう涙を流す力も残っていないようだ。
僕はできるだけやさしく言ってやろうと思う。
彼女と同じ、聞こえないこの声で。
“早く、おいで”
“君はもう、生きていないんだ”