第二十三章 旅支度
翌朝早くに発つと言っていたはずの龍達だったが、どういうことかなかなか出発しない。
もしや滞在を伸ばすのかと、段取りを整える指示をアントニウスが出そうとした時だった。龍の滞在している大聖堂からの使いが来たので訪ねてみると、牙野と名乗った男龍が迎えた。
「誠に喜ばしいことに、そなたの弟御は無事、休眠期を迎え深い眠りについた。ついては弟御の旅支度を頼めまいか」
「休眠期? 目を覚まさないのですか?」
休眠期は龍にとっては成獣化の過程で大変大切な時期で、力を一時的に封じられ長く眠り込んで無防備になると、牙野から説明を受ける。
「弟御の身の安全は何をおいても優先される。だがこのままいつ目覚めるとも分からぬものを待つわけにも行かぬ。あと半時待って目覚めなければ発たねばならん」
そこでアンドリの旅の荷物を詰めてくれというのである。
テオドロスがアンドリの部屋に向かったが、アントニウスも一緒だった。
アンドリが割り当てられている官舎の一室はあまりに質素だった。寝台は標準的な大きさで、身体の大きなアンドリには辛かっただろう。
テオドロスはアンドリの持っている服から、夏用のシャツやズボンを選んでいたがアントニウスがそれを制した。
そして全部冬用の物に、と指示したのだった。
テオドロスは尋ね返す。
「夏ですよ。それに南国に行くんでしょう?」
「それでもだ。毛織りの上着、起毛の下穿き、外套もだ。全て冬用にしろ」
テオドロスは訝し気に頷いて、冬用の衣服をありったけ詰めたのだった。
荷物を抱え大聖堂に戻ると、また牙野が迎えてくれた。
「顔を見るか」
そうして案内された先に、アンドリがいた。
大聖堂の身廊から礼拝者用の長椅子を全て取り払って設置した特大の寝台の一つに横たわり、深く眠りについている。疲労の色が濃く、あの土砂災害の時に見たのと同じ死んだような寝顔をしていて、思わずドキッとした。
だが寝息は穏やかだった。アントニウスは僅かに肩の力を抜く。
眠る横顔を見つめる。鱗に覆われた人間離れした顔立ちだ。
それなのに。なぜだろう。
どことなく母に似ている気がした。
気付けば手が伸びていた。額にかかる髪を払う。そのまま一度だけ撫でる。
牙野が何も言わず見ていた。
「目を覚ましませんね。お手数をおかけし、申し訳ございません」
「なんの。同胞が成長を遂げようとしているのだ。慶びこそすれ、手数など厭うはずもない」
牙野は穏やかに答えた。
「弟御の身は、我らが必ず守るゆえ心安らかにおられよ」
アントニウスは頷いて、頭を下げたのだった。




