第二十章 降格
「口を慎めテオドロス!」
執務室の外にいた兵士たちが飛び上がる。
「誰に向かって口をきいている!?」
何事かと幹部たちが集まり始めた。扉の向こうでは怒鳴り声が続く。
「尋ねられねば分からぬとでもお思いですか!」
今度はテオドロスの声だった。普段の柔和で温厚な振る舞いからは、想像もつかない勢いである。
「あなたこそ私を誰だと思っているのです! あなたが鼻を垂らした小僧だった頃から、ずっと鼻水を拭いて差し上げたのは私ですよ!」
「貴様!」
執務室になだれ込んできた幹部たちが凍り付く。幹部たちに向かって、顔を真っ赤にしたアントニウスが怒鳴る。
「拘束しろ! 本日付でテオドロス・メガラを、近衛兵団長付副官の任より解く!」
幹部たちはとっさに動けなかった。軍人としての本能がその言葉の意味を、理解することを拒んでいたのかもしれない。
しかし解任された当の本人は妙に満足そうだった。
おそるおそる手を伸ばしてくる兵士に逆らうこともせず、自分から手を後ろに回したテオドロスが言った。
「おや。法治国家で裁判にもかけず処断ですか。昔、同じような出来事に憤っていた青二才もいましたね」
アントニウスのこめかみに青筋が浮く。幹部や兵士たちは、心臓を握りつぶされたような思いだった。
アントニウスが思わず本気で殴ってやりたくなったのだったから、この茶番を茶番と見抜けるものは皆無であった。
その夜。人目を避けてテオドロスの拘置部屋を訪れたアントニウスは扉を閉めるなり言う。
「お前、最後の一言は余計だったぞ」
テオドロスは口元に拳を当てて、声を抑え笑った。
「こんな時でもなければ申し上げられませんからね。実に新鮮でした」
アントニウスは深々とため息をついた。
「お前、実は性格が悪かったんだな」
「今さらお気付きですか」
そして重装歩兵第一小隊に新隊長着任の日。整列した隊員たちの前にアンドリが立っていた。
明らかに緊張しているのだが、どうにか型通りの挨拶を終えた後、今度は隊員十九名一人一人の自己紹介と挨拶を受けている時だった。
副官の任に着くと、とある人物が自己紹介した途端に、若き小隊長は初日にしてとんでもない試練に立たされたのである。
「なぜあなたがここにいらっしゃるんです、テオドロス様!?」
テオドロスは真顔だった。
「アントニウス様と喧嘩しました。もう顔も見たくありません」
テオドロスは深々と頭を下げた。
「この隊に置いてください。何でもしますから」
「......は?」
遠く離れた兵団長執務室では、アントニウスが盛大なくしゃみをしたのだった。




