第十八章 抱擁
野営地から充分離れた頃。ようやくアントニウスが足を止めた。そして吐き捨てるように言う。
「機密情報を扱う立場にある覚悟が足らんようだな。騎士団長殿は」
アンドリは俯いた。
「でんか。おれは……なにもきいていません」
アントニウスは鼻で笑った。
「そんな言い訳が通ると思っているほど、お前は阿呆ではないだろう」
アンドリは何も言葉を返せなかった。
「それとも阿呆か? 私を失望させるつもりか?」
「……いえ。もうしわけありません」
アントニウスの声が鋭く刺さる。
「聞いた内容については他言無用だ。他の者へ漏らすことは許さん」
「しょうちいたしております」
するとアントニウスは、アンドリに窺うようなような顔を向けた。
「……分からんか?」
「え?」
「他言無用。つまり話していいのは私かテオドロスだけということだ」
アンドリは黙ったまま、長いことアントニウスの顔を見つめた。
アントニウスはしばらく待ち、そして小さく肩を竦める。
「聞きたいことがあるはずだぞ」
アンドリは躊躇った。
更なる長い沈黙の後、考えに考え抜いて、口を開く。
「……でんかに、ごきょうだいがおられると、ぞんじませんでした」
アントニウスはあっさり答える。
「確かに、私は国王の唯一の嫡子だな」
アンドリは混乱しながらも、続ける。
「ですが……でんかのおははうえは……でんかの、おとうとを、おうみになったのですか」
「そうだな」
また平然と返される。落ち着かない様子で手を固く握り合せながら、アンドリは必死に言葉を選んだ。
「でんかの、おとうとが、ばけものだというのは」
「鱗に覆われ、人間離れした怪力と体力で、おまけにやたらとでかい姿に変身し、そうなると理性が吹っ飛ぶ。剣の筋も知能も五歳とは思えん。お前の話す言葉は、同年齢の人間の子供とはとても比べ物にならん。あの者どもが化け物と呼びたい気持ちも、分からなくはない」
アンドリは固まった。理解が追いつかない。
そして。恐る恐る口を開いた。
「では、その……でんかの、おとうと、というのは……」
「お前だな。父違いだが」
アントニウスは何でもないことのように言った。
「あのぼんくら王の血を引かずに済んだこと、母に感謝しろよ」
横でテオドロスは固唾を飲んで状況を見守っていた。知らずに、腰の剣に手をかけている。アントニウスに取り入り、甘い汁を吸おうとする害虫は数え切れない。
もしアンドリがこの事実を知り、自分も王族だなどと思い始めたら。身分を弁えず王太子にたかり始めたら。
そうなれば厄介だった。
だが。
アンドリは即座にその場で膝をつき、深く頭を垂れたのだった。
「このことはしょうがい、こうがいいたしません」
声が震えていた。
「ここにおちかいもうしあげます」
そして顔を上げないまま必死に続ける。
「これまでとかわらぬほうしを、おゆるしください」
テオドロスは思わず息を吐いた。アントニウスもまた、どこか満足そうに笑う。
「この国に、私に、剣を捧げろ。騎士見習いアンドリ・チェイレイ」
アントニウスは普段の狡猾な笑顔とはまるで違う、優しげな微笑みを浮かべた。
頷きながらもアンドリは顔を上げられない。必死に手で顔を拭っても、後から後から感情が迸って抑えられない。
アントニウスしゃがみこんで、アンドリの頭を抱え込んだ。アンドリは少しだけ躊躇ったが、アントニウスの袖をおずおずと握る。アントニウスは笑ってアンドリを立たせると、小さなアンドリの身体を今度は両手で包んでやるのだった。
「次に会う時を、楽しみにしている」
アンドリもアントニウスの身体に、その両腕を回した。そして涙ぐみながらも力強く頷いた。
「......はい!」




