第十六章 英断
アントニウスが改めて王都へ向かう日が迫ったある日のことだった。
復旧作業地域へ新たな騎士団が到着した。
ストラテゴイ騎士団である。
その団長、名将イサキオス・アグリオスが挨拶に訪れた。
「王太子殿下」
騎士にしては優雅な佇まいのイサキオスは深々と頭を下げた。
「土砂崩れに巻き込まれたと聞いた時は、肝が冷えましたぞ」
「ご心配をおかけしました」
アントニウスは珍しく慎ましく答えた。イサキオスは優しげに頷く。
「見事に試練を乗り越えられましたな。もうご立派な一人前です。陛下もお喜びでしょう」
「いえ。まだまだ未熟者です。大変有能な人物に助けられ、命をつなぐことができました」
普段なら絶対に言わない台詞だった。テオドロスが怪訝そうな顔をする。
「ほう。テオドロス殿ですな?」
「ええ。ですが、彼だけではないのです」
イサキオスが興味を持ったのを受け、アントニウスは遠くを指差した。
土砂を掻いては運び出し、荷車を押して走り回る小柄な少年が、イサキオスの視界に入る。
「あの者です」
イサキオスは目を細めた。
「あれは……下働きの子供ですか?」
「ええ。しかし大変な怪力を持ち、剣の筋も私より良い」
傍で聞いていたヨアニスの眉がぴくりと動く。テオドロスは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「いずれ王位を継ぐ私にとって、大きな助けとなる人材でしょう」
そして、アントニウスはちらりとヨアニスを見た。
「もっとも」
ため息混じりに続ける。
「ニケフォロイ騎士団には、あの者を育てる余裕がないのが惜しまれてなりません」
ヨアニスが慌てて割って入ろうとしたが、アントニウスが絶妙のタイミングで言葉を繋ぎ、介入を許さなかった。
「もしよろしければ、ストラテゴイ騎士団で鍛えていただけませんか」
「ほう?」
「将来は私の側仕え兼護衛にしたいのです」
イサキオスは笑った。
「なるほど。面白い」
「お引き受けいただけますか」
「もちろんです」
即答だった。
「そのような逸材なら歓迎しましょう」
「お待ちください」
ヨアニスが割って入った。三人の視線が集まる。
騎士団長は冷汗を張り付けた笑顔で、言葉を絞り出した。
「他団のお手を煩わせるまでもございません」
アントニウスの口元がにやりと動いたのを、テオドロスは諦観の極致に至って見つめる。
「あの化け物、いやその、アンドリ、は――」
ヨアニスは歯を食いしばった。
「本日付で下働きから騎士見習いへ昇格とします」
アントニウスは満足そうに微笑んだ。
「本当ですか。ありがとうございます、フォカス団長」
完全にしてやられた、とヨアニスは悟った。
遠くでは何も知らないアンドリが、飲み水の大樽を抱え上げながら元気よく叫んでいるのだった。
「これはどちらへ、おはこびしますかー!」




