第十五章 才覚
「殿下! 何をなさっているのです!」
テオドロスが声を荒げた。アントニウスが包帯を巻いた腕で泥だらけの荷車を押していたからである。
「騎士団中が忙しいのだ。厄介になっているのに、私だけ休んでいるわけにはいかないだろうが」
「だからと言って!」
だがアントニウスは聞かなかった。
あの日。あの老人は土砂の中に消えた。助からなかった。
そして最後に残した言葉だけが、今も胸に刺さったままだった。
――快適なお城に逃げ帰ろうとなさる口だけ殿下が、我らの苦労を語らんでいただきたい。
忘れようとしても忘れられない。否定しようとしてもできない。
まるで心臓に打ち込まれた棘のようだった。
だからこそ。考える暇を作らないように働いた。傷の痛みと疲労が、肉体を酷使している時間が、少しずつあの言葉に抉られた傷を、癒してくれるような気がした。
そんなアントニウスを、テオドロスは複雑な表情で見守るしかなかった。
その一方で、アントニウスは別の観察も続けていた。
アンドリについてである。
怪物化したあの力は尋常ではない。万能でもないが、極めて有用だ。
また暴走した際の対抗手段も存在する。
制御できるのであれば。
あの力は、絶対に手中に置くべきだ。
アントニウスは以前にも増してアンドリに声をかけた。一緒に働き食事をし、時には雑談をした。
アンドリのなかでアントニウスに対する忠誠心が強く育っていくのを、傍で見ているテオドロスも感じていた。
ある日の休憩時間のことだった。
「アンドリ。構えてみろ」
アントニウスはその辺に転がっていた棒切れをアンドリに投げ渡した。
言われるまま構える。明らかにぎこちないが、それをアントニウスが修正してやる。
「こうだ」
アントニウスが基本の型を示す。
正眼。上段。袈裟斬り。ほんの数手。
「やってみろ」
「はい!」
風が鳴った。アントニウスの眉がわずかに上がる。
もう一度。さらにもう一度。
余計な力みがない。軌道がぶれない。基礎を長らく繰り返してようやくたどり着けるはずの、体の使い方である。
テオドロスがアントニウスに茶を持ってきたところで、足が止まった。アントニウスもテオドロスに気づき、少し嬉し気にアンドリを示す。
「見てみろ」
アンドリは夢中になって棒を振っている。テオドロスも目を見開いた。
「これは……」
剣の素質があることが、見ただけで分かる。その日のうちにアントニウスはヨアニスを訪ねた。
アンドリに騎士見習い訓練を施すよう言ったのだが、ヨアニスは即答で断る。化け物がこれ以上力をつけたらどんな恐ろしいことになるか、想像しただけで冷汗が流れる思いなのだ。
正直なところ、予想できた答えではあった。だがアントニウスは、何やら含みのある表情で、その場は引き下がったのである。
テオドロスは傍で見ていて、いやな予感にため息をつくしかなかった。




