第十四章 初手
野盗襲撃とアントニウス遭難から数日が過ぎた。
アントニウスは奇跡的に生還したものの、さすがにすぐ王都へ戻れる状態ではなかった。医師の判断により、傷がある程度癒えるまでニケフォロイ騎士団で静養することとなり、アントニウスはもうしばらくこの地に留まる猶予を得た。
だが、その間の空気は決して穏やかなものではなかった。
アンドリが怪物へと変貌した光景は、ヨアニスの脳裏に焼き付いていた。
「殿下。あの子供は危険です」
団長の天幕で向かい合ったアントニウスに、ヨアニスは苦々しい表情で言った。
「あれは人ではない。いつ再び暴走するかわかりません」
「そうだな」
アントニウスはあっさり認めた。むしろ否定しなかったことにヨアニスの方が面食らう。
「ならば処分を――」
アントニウスはヨアニスの言葉を遮って天幕の入り口から見える外を指差した。
そこではアンドリが大岩を抱えて運んでいる。成人男性が三人がかりで動かしていた岩だ。
「見ろ」
ヨアニスも視線を向けた。
アンドリは岩を下ろすと、すぐ次の瓦礫へ向かって走っていった。
「あの子供一人で、一人前の騎士何人分働いていると思う?」
答えられなかった。実際、土砂災害後の復旧速度は明らかに上がっている。
崩壊した道。埋まった用水路。倒木。瓦礫。どれも予想より早く片付いている。
理由は一つだった。
「あれの貢献はニケフォロイ騎士団の功績だ。ひいてはフォカス団長、貴殿のご采配の賜物だ」
「しかしまた化け物になられたら――」
「対策がある」
ヨアニスが目を見張る。アントニウスは身を乗り出した。
「ここだけの話だ」
声を潜める。
「奴には致命的な弱点があることがわかった。寒さだ」
ヨアニスが眉を寄せる。
「冷水を浴びせると急速に弱体化する」
「本当ですか」
ヨアニスの声の調子が変わった。
アントニウスは続ける。
「万が一暴走した場合、冷水を浴びせろ」
「それだけで?」
「間違いなく弱まる。少し待てば、子供に戻る」
ヨアニスは長い沈黙に入った。
窓の外ではアンドリが泥だらけになって働いている。
次々と瓦礫が消えていく。
作業員たちは明らかに助けられていた。
危険だが有能な存在であるのは認めざるを得ない。
......そして対処法もある。
天秤が、傾いたのを察し、アントニウスはにっこりと微笑んだ。
「貴殿ほど慎重な者が見張ってくれるなら安心だ」
褒められた形になり、ヨアニスはそれ以上言い返せなかった。
窓の外ではアンドリが小さな体で土嚢をいくつもその背に担いでいる。
作業員たちのどよめきが上がった。
アントニウスは満足そうに眺め、ヨアニスは深いため息をつくのだった。




