第十三章 弟
横を見るとアンドリが動いた。火の方へ顔を向けようとしている。
「寒いんだな」
アントニウスは呟いた。
もう一度。小さな身体を抱き寄せる。焚火の熱が岩陰に溜まり始めていた。
アンドリの鱗の身体は変わらず冷たかったが弱かった脈と呼吸が戻り始めたのが分かった。
「アンドリ。聞こえるか。死ぬことは許さんぞ。貴様だけが、母上と再会を果たすなど、断じて」
何の意図もなく、アントニウスはアンドリの髪を撫でた。母もよく、自分を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
どうしてか、あの日、母が宝石箱を整理していたのを思い出した。
そしてアンドリの身体を覆う鱗。そういえばこの鱗は、あの母の宝石箱の中にあった何かの飾りに、似ている。
そんなことを考えながらアントニウスは、アンドリの身体を確かめながら背後に生々しい古傷を見つけたのだった。
確かに、あの時石牢の中で見た赤子には尾があった。先ほどみた怪物の尾は、断ち切れていた。
まさか、切り落とされてしまったのだろうか。
そんなことをつらつらと考えながら、薪をくべ続け、どれほど時間がたったころだったか。
ついに待ち焦がれていた声が聞こえた時は、不覚にも涙がこぼれそうだった。
「アントニウス殿下!」
テオドロスだった。続いてヨアニス。そしてニケフォロイ騎士団の騎士たち。
アントニウスとアンドリの姿を見つけ、テオドロスは大きく息を吐いた。
豪雨はようやく弱まりつつあった。泥に足を取られながら斜面を下ってくる。
小さな焚火。その前に座る少年。そしてその腕の中で眠る子供。
テオドロスは思わずその場に立ち尽くした。
生きていた。
「……殿下」
アントニウスは全身泥だらけだった。
顔にも、濡れた服を脱いだ体のあちこちにも切り傷を作っている。王太子とは思えない有様だ。
それでも無事だった。
テオドロスは安堵し、次の瞬間には怒りが込み上げてきた。
「何をお考えだったのですか!」
声が岩場に響く。
「御身を危険に晒すなど、王太子としての自覚が足りません!」
アントニウスはしばらく黙っていたが、やがて強い光を湛えた瞳をテオドロスに向けた。
「自覚ならある」
言いながらアントニウスは腕の中の子供へ視線を落とした。
火に照らされた煤竹色の鱗。切り落とされた尾の傷跡。泥にまみれた小さな身体。
「王太子なら約束を守らなければならない」
テオドロスは眉をゆがませる。一体何の約束だ。
「母上と約束したのだ。この子供を助けて、仲良くしてやるのだと」
テオドロスは子供をにらみつける。
「この怪物は殿下を殺すところだったのですよ!」
「そうだな。そしてその怪物は、私の弟なんだ」
アントニウスはまるで当然のことのように言った。
だがテオドロスには、それ以上言葉を継ぐことができなかった。
アントニウスはヨアニスが渡してくれた乾いた外套を受け取ると、自分と一緒にアンドリも包んでやった。
アントニウスとアンドリは無事に、騎士団へ生還したのだった。




