第十一章 崩落
少数の護衛と共に、雨の山道を馬車が進む。
途中で王都からの兵站部隊と行き合った。補給物資を満載した荷車の列だ。この先の道路状況。被災地の様子。簡単な情報交換を終え、別れようとした時だった。
「動くな!」
怒号が響いた。足場の悪い山間の崖の上から武装した集団が突如現れたのだった。
農具。狩猟槍。斧。武装に統一性はない。
だが全員が殺気立っていた。被災地の住民たちだと、問いたださなくとも分かる。
アントニウスはたまらず馬車から飛び降りた。
「待て!」
全員の視線が集まる。
「ニケフォロイ騎士団のみならず、数々の騎士団がそなたらを救おうと必死に働いているのだぞ! 救助も復旧もいずれ成される!」
雨が頬を叩くなか、必死に声を上げる。
「王国が一丸となりこの災害を乗り越えねばならん! 苦労は承知だ! だがこのような蛮行は許されんぞ!」
やがて一人の老人が前へ出た。
「わしらは、もう一刻の猶予もありませんのです。王太子殿下」
震える声だった。
「力尽きた年寄りから剝ぎ取った外套に包んだ赤子が、翌朝冷たくなっているのを見つけたわしらの気持ち、お分かりか!」
老人は血走った眼でアントニウスを睨みつけた。
「ご自分は快適なお城に逃げ帰ろうとなさる口だけ殿下が! 我らの苦労を語らんでいただきたい!」
普段口の達者なアントニウスが、言葉を失った。
テオドロスが剣を抜き払う。
「口を慎め無礼者が!」
だが老人も叫び返す。
「なんとでも言うがいい! 斬るならば斬れ! そして言え! 救出の見込みが立たんので楽にしてやったとな!」
一団の目は、完全に据わっていた。
後がない。それだけは本当だった。
(どうすればいい......)
テオドロスは追い詰められていた。
補給部隊も、護衛も、最低限の武装しかない。
この者たちを捕らえ、アントニウスの安全を図りたいが、とても手が足りない。
王太子は老人から浴びせられた言葉の衝撃に打ちのめされたままだった。逃がしてやることもできない。
斬るしかない。
その時だった。
遠くから馬蹄の音が響いた。
ニケフォロイ騎士団だった。兵站部隊の一人が先行して知らせていたのだ。
「騎士団だ!」
野盗たちの顔に絶望が浮かぶ。
終わった。誰もがそう思った。
だが追い詰められた一人の男が叫ぶ。
「ならばせめて! 王太子も道連れに!」
男がアントニウスへ突進する。
テオドロスは一瞬遅れた。間に合わない。
その時だった。
「でんか!」
聞き慣れた子供の声が響いた。
次の瞬間。
誰も見たことのない巨大な怪物が、アントニウスの前へ躍り出た。なぜだか尾が断ち切れている。
恐るべき巨体の怪物は天を衝くような咆哮を上げた。山々に反響し、大地を震わせる。
野盗たちは悲鳴を上げながら鍬や斧を振るったが、煤竹色の鱗は金属のような音を響かせて弾かれるだけだった。
怪物が腕を無造作に振るう。野盗たちの身体が宙を舞った。
アントニウスはその姿を見て息を呑む。
煤竹色の鱗。あの鱗は。
「アンドリ!」
テオドロスがぎょっと振り返る。
「殿下!?」
だが怪物は止まらない。野盗だけではない。兵站部隊も護衛兵も救援に駆け付けた騎士たちも区別なく襲い掛かる。
「アンドリ!」
アントニウスはさらに叫ぶ。
「もういい! 静まれ! 命令だぞ!」
返ってくるのは咆哮だけだった。
「殿下!」
テオドロスが腕を掴む。
「お下がりください!」
だがアントニウスはその手を振り払い、力の限り叫んだ。
「分からないのか! この私が! アンドリ・チェイレイ!」
その瞬間だった。
怪物の動きが止まる。金色の瞳がアントニウスを捉えた。
轟音が山を揺らした。
「崩れる!」
豪雨で緩み切った山肌が崩壊したのだ。怪物とアントニウスの真上に、濁流のような土砂が降り注いだ。
「殿下!」
テオドロスの絶叫が聞こえた。
その直後。アントニウスの視界が茶色に染まった。




