第八章 読み書き
その日を境に、アントニウスは怪物の子――アンドリと交流を持つようになった。
概ねアントニウスが雑用を言いつけ、便利にこき使うのだ。アンドリは本来の仕事のほかにアントニウスの雑用を押しつけられ目の回るような忙しさになってしまったはずだが、いやな顔一つしないどころか、嬉しそうにくるくると働くのだった。
「アンドリ」
「はい!」
「これを鍛錬場まで運んでおけ」
「はい!」
「私の剣帯を繕え。急げよアンドリ」
「はい!」
「アンドリ。終わったら官舎の裏手へ来い」
「はい!」
周囲の騎士や下働きの小者達の前で何度も名前を連呼する。アンドリは呼ばれるたびに嬉しそうに返事をして、アントニウスの後を追うのだった。
「違う」
官舎の裏手にしゃがみこんで、アントニウスは首を振る。地面に書かれた文字を枝切れでつついた。
「手本をよく見ろ。ここは曲げる」
「あ」
慌てて書き直す。
アンドリが読み書きができないと知ったアントニウスは、気まぐれで文字を教え始めたのだった。
最初は自分の名前だけだったが、次第にかける言葉の数が増えていく。
簡単な単語。騎士団で使う用語。数字。そして文章。
アンドリは驚くほど覚えが良かった。
仕事の合間を縫っては官舎の裏で、地面に穴ができるほど練習するのだった。時間が許すなら、それこそ暗くなっても地面に枝を走らせ続けた。
アントニウスも訓練の合間に官舎裏手を訪れては、地面に書かれたアンドリの文字を見にくる。時間が合わない時は添削を残すこともあった。そしてアンドリがまた後からやってきて、アントニウスの直してくれた部分をひたすらなぞるのだった。
「どうでしょうか」
「まあ及第点だな」
顔を合わせることができた時は、アンドリは嬉しそうに笑うようになった。
王太子。そして下働きの怪物の子。奇妙な組み合わせである。騎士たちはそんな二人を遠巻きに眺めていた。
「殿下もご酔狂だな」
「何を考えておられるんだか」
そんな声もあった。
だが。
アントニウスが頻繁に声を掛ける相手となったことで、状況は少しずつ変わっていった。露骨な嫌がらせや、侮辱も減った。
少なくとも王太子の目がある時は、怪物呼ばわりする者はいなくなった。
それだけでもアンドリの環境は大きく改善した。




