第三話 悪役令嬢、村を変革する(1)
くぅ、苦しかった。
予定より一日早く帰ると母が抱き付いて喜んでくれた。
クィリッィエが大丈夫と太鼓判を押しても心配なものは心配であり、言い付けを守って大人しくしているのかしら、お腹を壊していないのかしら、心配事はいくらでも湧いてきたらしい。
私が「大丈夫だよ」と何度言っても聞いてくれなかった。
少し早い時間に晩ご飯がはじまった。
無事な帰還を祝ってご馳走が出る訳ではない。
「嬉しいでしょう。あんたのお皿だけ芋が三個よ。私がお母さんに言って頼んであげたのよ」
「ありがとう。ねぇねぇ」
「どうしたの? いつもはもっと嬉しそうに喜ぶじゃない」
「あははは、そうだったかな」
少し前の私ならば、父から芋を一個分けてもらえただけで大喜びしていた。
でも、今は無理だ。
テーブルには芋と野菜スープのみ、前世と悪役令嬢が食べていた豪華な料理と比べてしまう。そして、何よりメニュー内の収納庫には、たくさんの食材が詰まっていた。
悪役令嬢が魔王との決戦を控えて、不測の事態に対応できるように大量の軍事物資と難民が発生しても支援できるだけの援助物資を用意していた。それが引き継がれていた。つまり、私は行軍中に悪役令嬢が食べていたふかふか白いパン、暖かいビーフシチュー、健康を気遣ったドレッシングがかかった野菜も残っていた。
用もないのにメニューの管理人のポン太が話し掛けてくる。
“ホント、俺のご主人様は食いしん坊だよな”
<仕方ないでしょう。あのご馳走を目の前にして抗えないわよ>
“大量にあるのに、他の者に黙って一人で食べるか”
<だって説明できないじゃない。神様から貰った食べ物で、不思議な空間から取り出せますとか言うつもり?>
“まぁ、確かに説明は難しいな”
<でしょう。幸いなことに北欧で仕入れた小麦、野菜、果物、北の胡椒とたくさんの種もあるから育ててみようと思っているの。育つよね?>
“神様がゲーム用に作った種はチートだから育つんじゃねえ”
<そこは大丈夫だと言ってほしい>
私がぼうっとしていたので姉が「イルター、イルター」と呼び始めた。
「ねぇねぇ、何?」
「さっきから食べてないじゃない。お腹が痛いの」
「うんうん、大丈夫。ねぇねぇ、一つあげる」
「あのイルターが私にあげるなんて、偽物じゃないよね」
「酷い。せっかくあげるって言っているのに」
私は食事に手を付けた。
芋と野菜スープはどちらも塩味だけれども塩の味がしない。
贅沢をした後に、味のしない芋を黙々と食べるのが苦行に感じるとは思っていなかった。大丈夫、悪役令嬢のテーブルマナーにどんなに美味しくない食事でも美味しく振る舞う技法がある。私は笑顔を作って芋と野菜スープも完食した。
でも、母と姉だけは騙せていない気がする。
「お母さん、少し畑を見てくる」
「まだ、雪かきは終わっていないわ。それに暗くなるから早く帰ってきなさい」
「わかった。その雪かきがどこまで進んでいるか見るだけだから」
「コートを着てゆくのよ」
「は~い」
村の中をふらふらするのは日課のようなものだ。
通り道以外は雪が積もっており、どこもかしこも白銀の世界だ。仕事を終えた村人は薪を割ったり、水を汲みにいったり、夕餉の準備を進めている。
村人が住むボロ小屋は木と土でできた家で雪の重みで潰れそうだ。
私は裏門をくぐって畑へ足を運び、そこから南へ足を向けた。南には開墾地があり、今は騎士団の練習場として利用されていた。先日も私の魔法を披露した場所だ。
私は通り道を外れ、新雪の上をずぶずぶと踏みしめて開墾地の端に移動した。
“ご主人様、後を付けていますぜ”
<うん、知っている>
“いいんですか”
<むしろ、見せようと思っている>
“何を見せるつもりです”
<雪かきと田起こし>
“ご主人様は専用の魔法を習得しておりませんぜ”
<大丈夫よ。ダンジョンで食料調達の魔法で代用できる>
“なるほど”
悪役令嬢の世界にはダンジョンがあり、ダンジョン内で畑を耕して食料を調達できるようになると、ダンジョンを潜る時間を延長できる裏技があった。
私は地面に手を付くと“ファイアー・ウォール”〔火の壁〕と“サンド・ウォール”〔土の壁〕を続けて詠唱した。幅五メートル、奥行き五十メートルの火の壁は一瞬で雪を溶かして蒸発させ、次に高さ十センチくらいの小さな土の壁を出現させると、瞬間的に解除する。
土の壁は周囲の土を集め、さらに魔力で土を圧縮するとセラミックより『硬い壁』に変化する。逆に魔力を圧縮せず、すぐに解除すると『ふわふわの土塊』に戻ってしまう。この土塊は種を植えるのに最適な柔らかさになるのだ。
わっ、魔法に驚いた弟のロルヤーが立ち上がった。
「ロルヤー、お手伝いしてくれる」
「えっと、その、あの隠れていた訳ではなく、イルター姉上がどこに行くのかと」
「怒らないからこっちに来なさい」
「はい」
駆け寄ってきたロルヤーを抱きしめ、その手の平に林檎、桃、柿、蜜柑の種を置いた。
私は手袋をはめたままで土を掘り、その下に種を置くと、土を被せた。
「これでよし」
「姉上、この種は何ですか」
「森から拾ってきた種よ。広めに間隔を開けて植えてくれる。私はあっちから植えてゆくから」
「姉上」
「ロルヤー。お手伝い、できるわね」
「できます」
二十個の種を五メートル間隔で埋めていった。
簡単な作業なので、すぐに終わった。
最後に私は地面に手を付くと、ロルヤーが不思議な顔をした。
「ロルヤー、一緒にお祈りしましょう」
「何を祈るのですか」
「おいしい実になりますように」
「祈ると、おいしい実を付けるのですか」
「たくさんお祈りしたら、おいしい実が付くのよ」
「はい、お祈りします」
素直なロルヤーは疑うことを知らない。
私はありったけの魔力を地面に放出する。これこそダンジョン内で作物を育てる裏技の秘技であり、ダンジョン内ならどんな種も三十分程度で実を付ける。地上で実験すると、通常の三倍から四倍の成長速度で育ってくれた。でも……成長まで時間が掛かる。
『桃栗三年柿八年、梅は酸い酸い十三年、梨はゆるゆる十五年、柚子の大馬鹿十八年、蜜柑のまぬけは二十年』
そんな歌があるくらいだ。
どんなに早く実を付けても桃は来年、他の果実は再来年以降になってしまう。
先が長いな。
「ロルヤー、お手伝いのご褒美をあげましょう。手袋をとって」
「はい」
「これは森で見つけた果実です。私は『ハクトウ』〔白桃〕と名付けました。皮を剥いて食べてみなさい」
ロルヤーが恐る恐る白桃を手にして、皮を剥くと目をつぶって口を付けた。
はじめての甘さ、目を開くと瞳がキラキラと輝いていた。
可愛いロルヤーが我を忘れてむしゃぶりつく。
あははは、思い知ったか。
悪役令嬢の為に用意された糖度四十度超えの最高級の桃だ。
「ねぇねぇ、クィリッィエも一緒に食べない?」
「えっ、バレていたの・・・・・・というか、クィリッィエも?」
「ははは、やはり見つかっていましたか」
ロルヤーの後ろを姉が付け、その後ろにクィリッィエが付いてきていた。姉はクィリッィエが後ろにいたことを全然気付いていなかったので驚いているが、索敵を持つ私には丸見えだった。クィリッィエは私の索敵能力を知っていたので、それを承知で後を尾けていた。
姉とクィリッィエに白桃を渡してあげる。
「嘘ぉ、甘い。甘過ぎる」
「これは凄い。よく似た果実を知っておりますが、これほど甘い果実は初めてです」
「凄いでしょう」
「イルター、こんなものを食べていたから、芋が食べられなくなったのね。狡い、私も森に行く」
「レルーイお嬢様、森の食事は酷いものです。こんな果実があったなど初めて知りました」
「・・・・・・・・・・・・食べたのはイルターだけ」
「はい」
「どういうこと?」
「えっとね。森の奥から甘い香りがしたから探索してみたの」
「あんた、一人で森に入ったの?」
「だってお父さんに言ったら、駄目って言うじゃない」
「一人って、あんた馬鹿じゃない?。何かあったらどうするつもりなの。お母さんに言うわ」
姉が本気で怒った。
私を心配してくれるのは嬉しいが、母に言われるのは困る。
どうしよう?
「レルーイお嬢様。できれば、奥方様への報告は止めて下さい」
「クィリッィエ、何を言っているの。イルターが一人で森をうろうろしていたのよ」
「承知しております。ですが、奥方様に報告されると、イルターお嬢様は森に入れなくなります。イルターお嬢様なしで騎士団は森の奥に入れません」
「そっか、森に入れなくなるのか。もう果実を取りにいけない。ねぇねぇ、これは最後の一個ずつだけど、ねぇねぇにあげるね。私はこれを『リンゴ』〔林檎〕と『カキ』〔柿〕って名付けた。食べてみて」
クィリッィエが援護してくれるとは思ってもみなかった。
でも、これはチャンスだ。
私は森に入れなくなることを強調した。ポーチに手を入れ、収納庫から林檎と柿を取り出すと、ナイフで皮を切り、いくつかに分けて、林檎の一切れを姉の口に放り込んだ。
「イルター、それは何?」
「いいから食べて」
「嘘ぉ、これも美味しい」
「こっちも切ろうか。もう取ってこられないから最後になるね。あぁ、こんなに美味しいのに最後か」
「・・・・・・・・・・・・」
姉の目が泳いだ。
果実の甘味と母への報告の義務が天秤に乗った。
あと一押しだ。
「レルーイお嬢様。以後、私がイルターお嬢様から目を離しません。果実を取りに行くのも同行致します」
「・・・・・・・・・・・・」
「騎士団を助けると思って、今回は見逃して下さい」
「し、仕方ないわね。騎士団に迷惑は掛けられないわ。お母さんには言わないでおくから、お土産を取ってくるのよ」
「ありがとう。ねぇねぇ」
「ところでイルターお嬢様。この果実はかなり採取できそうですか」
「どうかな、わかんない」
「そうですが、この果実ならば、かなり高額で売れると思ったのですが・・・・・・」
無理です。クィリッィエがどこか期待する目で見ている。
これから森のあちこちに植えてゆくつもりだけど、生育には数年を要します。
はっきりしないもどかしさを覚えながら、私はクィリッィエに聞いてみた。
「魔物の魔石と素材だけではお金は足りないの」
「冒険者を雇わず、自前で狩れるようになったので収入が大幅に増えるでしょう。しかし、現在のところ、騎士団の運営費と砦の維持費を辺境伯に援助して頂いております。収入が増えれば、援助はなくなります。他にも収入を見つけたいというのが本音でございます」
「じゃあ、塩はどう。塩はどうしているの?」
「塩は領都の北にあるテゼコデという町から買っております。非常に高価な商品です」
「金と同じくらい」
「ははは、流石に金ほど高くありません。しかし、荷馬車一台を借り、片道で十日も掛かるのです。荷馬車の代金に加え、護衛の冒険者の費用も掛かります」
「クィリッィエ、雪を蒸発させたのは見ていたでしょう。海水を蒸発させれば、塩が取れるよ」
「なるほど、それは素晴らしい。塩代が浮けば、農奴十人を買う余裕が生まれます。人が増えれば、開墾を進めることができます」
農奴って買うんだ。
悪役令嬢の世界でも犯罪奴隷がいたが農奴はいなかった。反乱を起こした農民と領主の間を、聖女が取り持つイベントがあり、そこでの農民の扱いが酷かった。
私に優しくしてくれた農奴のお姉さんのことを思い出す。
悪役令嬢の嘘を見破る技術で領主の娘だから優しくしてくれた偽善だったと知ってしまった。知ったときは凄く悲しかったけど、私はお姉さんらが大好きだ。
お姉さんらには心から幸せになってほしい。
「クィリッィエ。女性を増やせないかな」
「女性ですか」
「だって、十人が住む一つの家にお姉さんが一人でしょう。それじゃ、結婚もできないし、子供も作れないよ」
「農奴の癖にそんな愚痴を言っているのですか」
「ううん、お姐さんは何も言っていない。でも、想像すればわかる。この村に私の家とトラウトの家しか子供がいない。村に子供がいないのは流しているからでしょう」
クィリッィエが溜息を吐いた。
子供が聞く話でなければ、子供に話すことではない。でも、クィリッィエは答えてくれた。
「子供を育てるにはあの家は寒すぎます」
「立派な家は建てられないと思うけど、土の魔法なら隙間風のない家を建てられる」
「女は男より労働力で落ちますが、食料は同じだけいります」
「畑は私が耕す。今の魔法を見ていたでしょう。できた畑の管理を村人に任せればいい」
「力仕事ができない女性に何の仕事をさせるつもりですか」
「あの草、あれから冒険者に売る携帯食を作る」
「ロクデナシ草ですか」
「私は“クズ”〔葛〕って呼んでいるよ。木の根を噛んだ時にほんのりした甘味があった。木の根を叩いて水で抽出すれば、甘味のある簡易食料が作れると思う」
「本当ですか」
「明日から試してみる。私一人じゃ大変だから、お姉さんに手伝ってほしい」
「いいでしょう。巧く商品が作れれば、女性の農奴を増やすことを検討致します」
「ありがとう。クィリッィエ」
「レプス村を発展させることが私の仕事です。私こそ、お礼を言わせて頂きましょう。イルターお嬢様、どうか私に力をお貸し下さい」
「頑張ろう」
「イルター姉上、僕も手伝います」
「ロルヤーも頼るね」
「私も手伝ってあげるわよ」
「ありがとう」
甘い物で買収する作戦は大成功だ。
私は全力を尽くすよ。




