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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第二話 悪役令嬢、北の森へ行く(2)

挿絵(By みてみん)

 レプス砦は石造りの立派な砦だった。

 私達は勝手口から砦に入った。砦の中は薄暗かったが、ロンデル〔ワイングラスの底にある丸い硝子の形〕造りのガラスがあちらこちらにはめ込まれており、真っ暗という訳ではない。

 私達は食堂で荷物を置くと大きな暖炉に火を付けた。それから私は父とクィリッィエに連れられて三階の執務室へ向かった。執務室の窓には大きなロンデルガラスがはめられており、そのガラス窓の外に四方枠だけがぽっかり穴の開いた部屋があった。 

 その部屋は展望台であり、そこから森が一望できた。

 レプス砦がエスタテ辺境領へ魔物の侵入を拒む最前線だとわかる景色だった。


「昔の辺境伯様は山から海岸近くまで、三十ロキ(30km)も続く断崖の上に壁を築きました。その壁の内側に魔物を弾く結界塔を建設し、その作業員が安全に寝泊まりできるように砦を築きました」

「三十ロキの壁も?」

「この砦は最大三千人を収容できます。今は夏場でも数百人です。当時の辺境伯様の偉大さがわかります」


 三十kmも続く壁を建設したのは凄い。でも、万里長城と比べるとしょぼい気がするし、日本の城にある壁と比べると美しくない。しかも百五十年前の『魔物氾濫』〔スタンピード〕で結界塔の多くが破壊され、塔のみ再建したが機能していないものも多いらしい。


「塔の修復はしないの?」

「やっております。ですが、今の辺境伯様の資金では修復にあと十年ほど掛かります。ですから、夏場に奥地の魔物をどれだけ多く狩っておけるかが重要となります」

「それって駄目じゃない」

「父さんも冒険者と協力して討伐しているぞ」

「凄いね、お父さん」

「当然だ、イルター達の為に頑張っているぞ。このクィリッィエはいつも砦で留守番だ。戦っているのは父さんらだからな」

「ありがとう。お父さん」

「先日の“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕も壁を越えて侵入した魔物と思われます。結界を無視して通り抜ける事態が起こっているかを調べる必要があります」

「悔しいが父さんが調べられるのは第一広場までだ。ここから見える森の中に空いた空き地がそうだ」

「そこまでに“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕のような魔物がいれば異常事態です。イルターお嬢様の力が必要となります。イルターお嬢様の護衛は命に替えても成し遂げます」

「いつもは砦で留守番だった」

「留守番ではございません。処理すべき事務が多すぎるのです」


 クィリッィエが留守番の意味は察せられた。

 夏場は職員と技術者や冒険者の数百人が暮らしていると言った。村同様にその管理と運営をクィリッィエが引き受けている。一番近い町まで二百km、実際は五百km先の領都から搬送計画を立てており、数百人分の食料、燃料、医療品などを担う兵站(へいたん)作業は大変だ。

 

「イルターは父さんが護ってやる。父さんなら余裕だ」

「旦那様は余裕とおっしゃいますが、結界が及ぶ範囲で一番弱い角ウサギでも小鬼〔ゴブリン〕を一撃で倒します。すばやさは狼より速いので厄介な相手です。また、“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕のような魔物が何体も発見されるようならば、魔物氾濫〔スタンピード〕の兆候と言えます」

「ナウムウルシか、あれは厄介だ」

「イルターお嬢様の付加魔法があれば、大丈夫かと思われます。イルターお嬢様をお守り下さい」

「当然だ」


 父とクィリッィエは漫才でもしているのだろうか?

 兵の話では、父は冷静で落ち着き、的確な判断が頼りになると聞いている。

でも、私は冷静な父を見た事ない。

 さて、風の精霊を飛ばして魔物を探索させたが、ざっと危険な魔物は見当たらない。しかも魔力放出を最小限に抑えている。私を餌と間違って襲ってくる馬鹿な魔物もいないだろう。

 疑問に思うのは、クィリッィエが結界と呼ぶものが、何かだろうか。

 結界に魔物を弾く壁のような効果はなく、どちらかと言えば『虫よけスプレー』のようなものであり、魔物らが近づくのを嫌がる波動っぽい何かだ。

 しかも破損した塔があり、効果が薄れているトンネルがいくつもあるという感じだった。


「ここからでははっきりと見えませんが、ずっと先に平原があります。我々はそこを第三広場と呼んでおります。そこまで調査して問題なければ、調査を終えます」

「その先は調査しないの?」

「平原を越えると魔物の強さが跳ね上がり、今の騎士団では死にに行くようなものです」


 一通りの説明が終わると、食堂に戻って食事を取った。

 荷物を片付けると休憩となり、しばらくすると身軽になった騎士団が再集合した。

 食堂の隣にあるホールから地下に進み、洞窟を抜けると人為的に掘った穴に出た。そこは断崖の下段であり、ここから森へ進入する。


「イルターお嬢様、お願いします」

「では、全身に『身体強化』と『守り』、武器に『攻撃』の付加魔法を掛けます」

「お願いします」


 私は無詠唱で皆にバフを掛けた。

 私から小さな青白い光がわずかに飛び出し、兵士達に吸い込まれると、わずかに体から光を放って消えた。兵士らが「おぉ、ちょっと体が軽くなった」、「でも、これで本当に強くなったのか」、「前もそうだっただろう」と口々に呟いている。

 しばらくすると、父が特別な配置の指示を出した。いつも先頭だった父らが後方に控え、兵士らが前に配置された。兵士らの緊張が増したのがわかった。


「ニボル、お前の班が先頭だ。ルベーア、ナリマは左右に分かれて後ろに付け」

「大丈夫です。“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕の一撃を食らっても傷一つ付かない防護魔法を掛けました。安心して前に進んでください」

「俺の槍を防ぐくらいだ。イルターの魔法を信じろ」

「旦那様の言う通り。イルターお嬢様の『守り』は旦那様の一撃を防ぎます。いつも通りの速度で進んでください」

「よし、進め」


 クィリッィエがいつも通りと言ったが、皆の足取りは重い。

 森でクィリッィエが厚手の防具服を着て、父が持った聖装の槍の一撃に耐えた。父の槍はワイバーンの鱗すら貫く。つまり、“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕の一撃で即死はないと説明されても怖いものは怖いらしい。森へ入るのも恐る恐るという感じだった。

 ちなみに、私が持つメニューには索敵欄がある。私を中心に半径百メートルの索敵が可能であり、その索敵欄に魔物の赤い反応が近づいてきた。


「ニボルさん。右斜め前に魔物。小さいから角ウサギです。盾役を前に、ニボルさんは止まった角ウサギを仕留めて。もう一人は反対に立ってフォロー」

「はい、畏まりました」


 最後方の私の声が最前線まですっと通る。

 指揮官の声がよく通る常時発動パッシブスキル(Passive Skill)“コマンド”〔号令〕の効果だ。その号令の副作用で兵が瞬時に反応してくれた。

 盾役が前に出て、出てきた角ウサギを盾で受けた。カキンという澄んだ音が響き、盾がしっかりと角ウサギを受け止めた。次にニボルが止まっている角ウサギを槍で突き刺した。

 一瞬、まさに瞬殺だった。


「やりました。ニボルさん、一頭目お見事です」

「・・・・・・・・・・・・」

「ニボルさん」

「・・・・・・・・・・・・」

「お父さん」

「・・・・・・・・・・・・」

「クィリッィエ」

「・・・・・・・・・・・・」

「???」

「・・・・・・・・・・・・」


 倒したニボルが固まったまま動かない。父やクィリッィエも呆然としている。周りの者も動きを止めた。私以外が固まって動かなくなった。

 何、訓練通りなのにどうして?


「お父さん、どうしたの?」

「あり得ん。ニボルの槍でどうして角ウサギを貫ける。魔物の皮は硬く、あの槍で貫けぬ」

「だから、武器にも『強化』の付加魔法を掛けるって言ったよね」

「クィリッィエ、こういうものだったか」

「いいえ、ここまで想定しておりませんでした。私も学校と軍で様々な武器付加の魔法を見てきましたが、普通の槍が聖装の槍並みになった事例を知りません。イルターお嬢様の武器付加は異常でございます」

「そうか、見間違いではなかったか」

「しかし、旦那様が持つ聖装の槍の威力がどこまで上がっているのか、興味が尽きません」


 えっ、今更?

 村近くの森で、皆に『身体強化』、『守り』、武器の『強化』の付加魔法を体験して貰った。そのときは無邪気に威力が上がったと喜んでいた。

 角ウサギを一撃で討伐できて当然だと私は思った。でも、父さんらの反応は違った。


“相変わらず、俺のご主人様はポンコツだな”

<ポン太、また私をポンコツって言った>

“ポンコツをポンコツと言って何が悪い。気が付かないご主人様がポンコツなんだ”

<どこがポンコツなのよ>

“いいか、ゲーム仕様を基準に俺の鑑定だと、ご主人様の親父が持つ“聖装の槍”の攻撃力は五百だ。対して兵が持つ槍は五十だ。そこに火の攻撃付加の五十が加わる。但し、女神の寵愛で十倍のバフアップが掛かり、五百五十の攻撃力となっている”

<そうよ。だから、角ウサギくらいなら一撃で当然ね>

“そう思っていたのは、ご主人様だけだ”

<どうして?>

“いいか。親父やそれなりに強い奴は丸太を破壊するなんてやろうと思えばできる。バフの付加魔法を掛けても少し破壊力が上がった程度にしか感じない”

<そ、そうかもしれないけど>

“そして問題は兵士だ。身体能力が親父らの半分以下だ”

<だから、身体強化のバフを掛けたのよ>

“それだよ。それ”

<それって、何?>

“せっかくの武器の能力が上がっても身体能力が追いつかないと効果は限定的になる。特に力が足りないと、攻撃力五百五十も半分か、三分の一以下しか威力が伝わらない。だが、今回は『身体強化』で全体のステータスが引き上げられた。条件が揃ったので攻撃力五百五十が炸裂した”

“あっ、そうか”


 森の体験では、三つのバフの付加魔法を一つ一つ体験して貰った。

 だから、威力が上がったと無邪気に喜ぶくらいしか効果が引き出せていなかった。

 だから、兵士も実感がなかった。

 ちょっと強くなった程度としか思っていなかった。

 私の失敗だ。でも、ここは誤魔化そう。


「クィリッィエ、威力が大きいのに問題があるの」

「少々目立ちます。冒険者と一緒に行動するには過剰戦力となります。しかし、騎士団が単独で森に入る場合は問題ございません」

「なら、さっと進みましょう」

「そうですな。旦那様、ご指示を」

「お、おう」


 父の掛け声で前進が再開された。

 私は索敵欄に入った魔物を見つけると指示を飛ばす。


「ルベーアさん。右から何かきます。角ウサギより大きいです。気を付けて」

「はい」

「グリゼーウルフ〔灰狼〕か・・・・・・ぐわぁ、だが耐えられる」

「ルベーアさん。そのままグリゼーウルフの口を槍で抑えて下さい。グリゼーウルフが止まっている今がチャンスです。剣で突き刺して下さい。盾で上から抑え付けて下さい」

「はい」

「わかりました」


 剣がグリゼーウルフの腹を突き刺し、盾が体を押さえる。ルベーアがいったん離れ、改めて頭を槍で串刺しにした。

 グリゼーウルフは村の周辺にもいる狼だ。しかし、魔物化する厄介な相手であり、素早さは角ウサギの比ではないらしい。確かに索敵欄に入ってからが速かった。

 今まで父でなければ倒せなかった。

 それを従者と兵二名で倒した。


「イルター、父さんならもっと簡単に倒せるぞ」

「わかっているから大人しくしてね」

「そうか。だが、父さんのかっこいい所を見たくないか」

「旦那様、グリゼーウルフでは旦那様の強さは測れません。イルターお嬢様に従って下さい」

「わかった」


 その後も角ウサギとグリゼーウルフが姿を現したが問題なかった。

 第一広場まで進むと、砦へ引き返した。

 弱い魔物は身を守るために結界の中に身を潜めるらしく、この程度の魔物がいるのは問題なかった。ただ、父は兵士が強くなり過ぎたことに不満があったようだ。


「これほど兵が強化されるとは思っておりませんでした」

「そうだな」

「旦那様が一度も戦わずに往復できたのが収穫です」

「・・・・・・・・・・・・」

「旦那様、ご安心下さい。明日は第一広場を越えます。イルターお嬢様の守りの魔法があれば、兵らでも十分に戦えると私は推測しますが、恐らく巧く戦えないでしょう」

「当然だ。武器で戦えるなら農民に武器を渡すだけで兵が補える。だが、実際はそうはならん」

「お父さん、明日は期待しているよ」

「おぅ、任せろ」


 翌日、早朝から出発した。

 クィリッィエが言った通りに、第一広場を越えると魔物の強さが激変した。

 その威圧に兵が尻込みして使い物にならない。

 父が張り切って魔物を討伐した。中には群れで襲ってくる魔物がいた。

 群れで行動する魔物セリビウルフ〔恐狼〕は厄介だった。グリゼーウルフ〔灰狼〕は強い上に賢く、しかも群れで行動する。張り切った父はセリビウルフに引き出され、騎士団の隊列が長く伸びた。父を引き離すと、横から二陣のセリビウルフが襲ってきた。

 私も半径百メートルの索敵欄外を迂回されると反応が遅れる。

 私の中の悪役令嬢が“この辺りの魔物は同程度の索敵力を持つ敵が多いのでしょうね”と呟いた気がした。

 なるほど。

 騎士団の連携がぐしゃぐしゃにされた。

 一方、父やクィリッィエのような強者には距離を取って近づかない。弱者の兵士を徹底的に狙ってくる。

 私の目の前で、セリビウルフに押し倒されたナリマが必死に足掻く。

 セリビウルフの鋭い牙が喉元へ近づいた。


「ヤダぁ、止めてくれ。死にたくない」

「ナリマさん、落ち着いて。牙は届きません」

「止めろ、止めろ、止めてくれ」


 混乱すると、“号令”効果も薄くなるようだ。

 仕方ない。風の魔法“ウインド・カッター”〔風の刃〕と心の中で唱え、戦闘に参加すると一気に終わらせた。 

 私の護衛をしていたクィリッィエが呆れる。


「イルターお嬢様、あれが“風の刃”ですか」

「森でも見せたよ」

「一度に二十も打ち出せるなどと聞いておりません」

「やっぱり、これも秘密にした方がいいのかな」

「魔導師に五つの魔法を同時に扱った者を知っておりますが、二十はございません。これも秘匿すべきです」

「わかった。これも人前では秘匿しておく。私はクィリッィエのことは信じているよ」

「イルターお嬢様が『洗礼』を受け、魔法の所有を辺境伯様に知れるまでは、私も秘匿することを誓います」

「でも、お父さんとクィリッィエの話では、私より化物な冒険者がいるのよね」

「聖騎士長やⅢ級冒険者は人ではありません。それと比べるならば、イルターお嬢様は人の領域に留まっておられます」

「早く見てみたいな」

「夏になれば、いくらでも見られるでしょう」

「ところで、ウチの騎士団。怪我人なしだけど、これで度胸が付いたかな」

「無理です。慣れるまで時間が掛かるでしょう」


 砦の向こうとこっち側では、魔物が出す威圧が段違いとなる。

しかも進むほど強力になってゆき、騎士団の兵はその威圧だけ恐怖した。

 パニック〔混乱〕状態になった者もいた。

 だが、状態異常を回復させる魔法はあったので問題ない。しかし、恐怖する兵に鼓舞しても効果は薄かった。結局、父、トラウト、エンニーの三人が頑張った。

 一度だけ、トラウトを瀕死に追い遣った“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕に遭遇したが、付加魔法付きの三人なら問題なかった。

 二日掛けて第三広場まで調査を終え、反転すると砦に戻る。

 今度は魔物が弱くなってゆく。

 帰り道でセリビウルフ〔恐狼〕に再び遭遇したが、今度は威圧に負けずに騎士団も戦えた。

 へっぴり腰の儘だったけど・・・・・・慣れって大切だ。

 こうして五日間の調査を終え、六日目にレプス村への帰途につけた。

 保存食は拙く、もう飽きたよ。

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