エピローグ
眩しいシャンデリアの輝きの中に懐かしい幼い少女時代が走馬灯のように巡った。
森を走りまわり、村を魔法で発展させ、凶悪な魔物を夜な夜な討伐した。
ど田舎のレプス村を発展させることのみを考えた。
ただ、純粋にやりたい事をしていた。
何かを諦めたのはエスタテ辺境伯様の養女になった頃だったか、それとも王都に来て王子の第一婚約者候補と知ったときからだったのだろうか。
第一王子オリバー・エーウ・ラトリアから言われた一言は衝撃だった。
「オリバー・エーウ・ラトリアは、イルター・ノーヴ・エスタテとの婚約を解消すると宣言する」
まるで物語の悪役令嬢ね?
様々な陰謀を回避する為に悪役令嬢の知識を利用したけど、私の振る舞いは聖女に近かった。
あぁ、リセットしたい。
リセットボタンはどこにあるのかしら?
時間にすれば、一瞬であった。
放心状態で現実逃避していた私を呼び戻したのは、私を敵視し続けているイザベラであった。
「まったく、情けない。いずれはこうなると思っておりましたわ。叔父上は高貴な血を引く私、イザベラ・ノーヴ・エスタテを養女にしていれば、こんな事態は避けられたのです」
「イザベラ様。それは言い過ぎです。イルター姉様は叔父上の孫です」
「でも、イルター様の半分は卑しい血を引いておりますわ。私の学友に選ばれた方が、いつの間にか、養女となって私の上に行くなんて狡いじゃありませんこと」
「イルターお姉様が優秀だったからです」
イザベラがまた父の悪口を言い、私を擁護してくれているのは従姉妹のアリイアである。
三人は貴族学院に入学する前に一緒に学んだ仲であった。
そして、イザベラが言ったように、私の父、レプス男爵は農民の出身だった。
しかし、その妻が辺境伯の隠し子だった事からレプス男爵にのし上がれたと噂されている。
厳しい養父が身内贔屓で決める訳がない。
三人が一緒に学び始めると、イザベラは私をライバル視するようになった。
イザベラが敵視、アリイアが擁護してくれる。
いつものやり取りに、唇が緩んだ。
私は現実に戻って来られた。
「私もイザベラ様が養父の養女となり、王子の婚約者候補になるべきだと思っておりました」
「イルター様、今日は可愛いことをおっしゃるのですね」
「つい先程まで、そんな事を言えば、養父の判断を批判することになります。思ったことが言えなかったのです」
「はじめからそうおっしゃっていたら、もう少し優しくしてあげましたのに」
「火の主神ズウマ様の加護をお持ちのイザベラ様が相応しいのは当然ではありませんか。どうして学業、礼儀作法、魔法の練習をもっと真剣に学ばなかったのでしょうか。言って下されば、私が指導致しましたのに」
「あれは指導ではありません。嫌がらせでしたわ」
なぜか、擁護してくれていたアリイアまで、うんうんと頷く。
「あぁ、わかります。はじめて獣の群に一人残されたときはそう思いました」
「アリイア様もされたのですか」
「はい、イルターお姉様は恐ろしい方だと思いました。ですが、姉レルーイ様も同じように鍛えられたと聞いて、心を入れ替えて特訓を続けたのです」
「実の姉にそんな嫌がらせをされたのですか」
「まだ幼かった弟様も同様に鍛えたそうです。イルターお姉様の習得法は常軌を逸していますが、レプスという辺境領の果てでは、子供が魔物に襲われても生き残れる強さが必要だったのです。そんな厳しい環境で育たれたと知りました」
「なんて、おぞましい場所に住まわれていたのかしら」
「私を見て下さい。夏の合宿、二年で一番の討伐数を獲得しました。秋の魔法大会も三年を倒して優勝。最終試験の結果も、二年で男子を抜いて学年で総合一位です。お姉様がいなければ、貴族学院始まって以来の偉業でした」
「それはアリイア様が……」
そう、アリイアの努力の結果だ。
私が居なければ、王族方々から求婚が相次ぎ、争奪合戦になっていただろう。
今はエスタテ一族というだけで腫れモノに触るような扱いだった。
イザベラはまったく気にしていないけど……。
気を取り直して、階段の途中から私を見下ろしている王子の方に顔を向けた。
「オリバー王子。一つだけ質問させて頂いて宜しいかしら」
「なんだい。今日の僕は気分がいいから何でも答えてあげよう」
「婚約破棄の理由は何でしょうか?」
「破棄の理由」
「思い当たる節がございません。お教え頂きますか」
「ふふふ、そう君は完璧だった。そして、今も婚約破棄と言われて泣き喚くような醜態を晒すこともなく、完璧な応対だ。僕も君を正室に迎えるしかないと諦めていた」
「で、完璧な私の何がいけなかったのでしょうか」
「君に不手際はなかった。今朝の御前会議には王都の大司教様が参加され、君の父君である辺境伯の魔族と密約を交わした契約書を提示された」
「養父が魔族と密約ですって? あり得ません。あの堅物の養父が魔族と密約などあり得ません」
養父の辺境伯は堅物だが知恵者である。
魔族がこっそりと領都で、大量の食料を仕入れにいっても騒ぎ立てない。
魔石を売って、麦を買う。
税金を納めてくれるならば、食料を手に入れて兵を引いてくれるならば、死に物狂いで襲ってくる魔族を防ぎ、多大な被害を鑑みれば、黙認するくらいの度量はある。
しかし、証拠を残すような馬鹿はしない。
「署名は本人。花押は本物だった」
「本当ですか?」
「辺境伯の代理で出席していた君の兄君を否定できなかった。もちろん、密約そのものは否定したらしいがな」
「当然です。完全な陰謀です」
「すでに大司教様より叛徒の烙印は押された。逆賊のエスタテ一族を討伐することが決定された。同時に、私と君の婚約も破棄できることになった。ラティラ公爵がリリアナとの婚姻を認めてくれると言ってくれた。すべての障害が取り除かれた」
「エスタテを排除した後に、ラトリア王国は内戦となりますよ」
「それは仕方ない。王家はラティラ公爵と組んで、ワハス公爵家を併合する」
「オリバー王子がそこまで愚かだったとは知りませんでした。ラティラ公爵の傀儡にされますよ」
「あり得ん」
「騙されておられます」
「よいか、ラティラ公爵は母上の兄君だ。幼い頃から力を貸してくださり、王国の未来を憂えておられた。そして、今回も私を頼ってくれた。私は叔父上と一緒にこの王国を再生させたい」
オリバー王子は馬鹿だと思っていたが、戦以外は本当に馬鹿だったようだ。
幼い頃から餌付けされていたのか。
ラティラ公爵とワハス公爵家が手を組んで教会まで巻き込むとは、王妃も考えていなかった?
どうやって証拠を偽装したのだろうか?
悩んでも仕方ない。
「王妃様は何とおっしゃられておりましたか」
「母上は其方の除名を求められ、エスタテの家名を捨て、南に亡命するならば、命までは取らないという条件を付けられた。本当に好かれているな。其方は」
「ありがたいことでございます」
「南に逃げるか?」
「いいえ、養父の無実を信じております。北に戻り、問い詰めて参ります」
「北に戻れば命はないぞ」
「果たしてそうでしょうか」
オリバー王子の冷たい眼が、「そんなこともわからないのか」と突き付ける。
逆賊となった辺境伯に従う領主は減る。
雪で覆われる辺境領へ冬の進軍はなく、春先は魔族の侵攻がある。
討伐軍が派遣されるのは、来年の四月か、五月だろう。
しかし、春の魔族の侵攻は王都が雇っている傭兵が消え、危険を察した冒険者も消えるだろう。
兵力不足から、辺境領が魔族に蹂躙される危険もある。
魔族が侵攻し、辺境領の南部に留まった場合はどうなる?
南部の連合軍が魔族と戦う?
王族が先頭に立たされ間引かれる?
仮定ばかりで堂々巡りだ。
私はドレスの裾を取って、オリバー王子に別れの挨拶をした。
「オリバー王子、舞踏会を途中退場することをお許し下さい。急ぎ、辺境領に戻り、確かめなければなりません」
「北に戻れば、死ぬぞ」
「ご心配ご無用でございます。私は養父の無実を信じております」
「そうか」
「では、また会う日を楽しみにしております。失礼致します」
華麗なお辞儀をすると、私はくるりと扉に身を回した。
「アリイア様。帰りますよ。付いてらっしゃい」
「はい、お姉様」
「イザベラ様は最後まで楽しまれますか」
「逆賊と言われて楽しめる訳がないでしょう。私は南に亡命するわよ」
「承知しました。エスタテ邸に戻り次第、準備させます」
私達三人が歩き出すと、付き人や従者達も一斉に動き出した。
舞踏会の扉が近づいてきた。
「イルター様は本気で逃げないつもり」
「私が逃げると、その先に数万人の盗賊が集まるでしょうね」
「私達を逃がす気がないってこと?」
「いいえ、私個人を逃がす気がないのでしょう」
「本当に?」
「領邸に戻ってから義理兄上に相談致しましょう」
「あんたと知り合ってからろくなことが起らないわね」
「それはお互い様です」
舞踏会の扉が開き、学院の廊下に飛び出した。
私達は優雅さを崩さぬまま、廊下を早足で進んだ。
両脇の夜空に星が輝き、長い通路に私達の足音だけが響いていた。
闇の中へ続くトンネルを進むように思えた。
私達はどこに向かうのだろう。
第一章『悪役令嬢の目覚め』<終>
第二章は、イザベラと机を並べて学ぶ所から養女になるまで、
第三章は、王都の学院編となります。
第四章は、王都を追われて、辺境領から再出発編です。
続きを書く機会が巡ってくることを願っております。
ここまで読んで下さってありがとうございます。




