第二話 悪役令嬢、北の森へ行く(1)
初めての騎士団とのお出掛けは五日後であった。
クィリッィエはすぐに出発したかったようだったが、私がずっと寝ている間に雪がチラホラと降り出していた。私を吹雪く中で歩かせられないと、父が猛反対したので天候が回復するまで待たされた。
「イルター、お父さんのいう事を聞くのよ」
「お母さん、大丈夫だよ」
「そう言いながら、フラフラするのがイルターなのよね」
「ねぇねぇ、酷い」
「本当のことだもの」
「姉上、無事に帰ってきて下さい」
「任せなさい。余裕、余裕、お土産を採ってくる」
「ありがとうございます」
弟を安心させようとVサインを出すと、逆に母に心配されて説教がはじまった。
日がまだ昇っていない早朝、玄関先で母の小言が続く、長かった蝋燭がずいぶんと短くなっていた。流石にクィリッィエが痺れを切らして声を掛けて出発となった。
「旦那様と奥方様は無駄に心配をされるのでしょうか」
「私が愛されている証拠だよ」
「イルターお嬢様は少し変わられました」
「そうかな?」
「少し前まで奥方様の言葉を遮るように反発されておりましたが、今日は大人しく聞いておられました」
「うんざりしていたけどね」
「ふっ、北の森の調査で危険なのは騎士団です。イルターお嬢様が命令を聞かずに単独行動をした場合、全滅するのは騎士団の方です。イルターお嬢様の心配は無用なのに・・・・・・奥方様とレルーイお嬢様は余程心配性と見受けられました」
「あははは、だよね。でも、クィリッィエは私を気味悪く思わないんだ」
「何故です。有用な力に目覚めたのです。気味悪がる必要などありません。それに領都の正騎士やⅢ級冒険者と比べると可愛いものです」
「そうなの」
「彼らは同じく人間を辞めております」
出発を五日間も待たされたクィリッィエが何もしない訳がなかった。
村の裏手にある林で私の魔法の試験を何度も行った。
風の魔法“ウインド・カッター”〔風の刃〕は大木を一度に何本も薙ぎ倒し、光の付加魔法“ガード・ライト”〔光の守り〕で身を守ると、父の槍が全力の突きでも傷も付かない。
念の為に言うが、父は私に槍を突き出せなかったので、付加魔法を掛け直したクィリィエを突いて吹き飛ばしたが、クィリッィエに怪我はなかった。
父とトラウトに呆れられ、母と姉は信じず、弟は自分も使いたいとせがんできた。でも、エンニーら兵士からドン引きされ、村人らには恐れられるようになってしまった。
そんな中、クィリッィエだけは変わらずに接してくれていた。
「みんな、私を好きで愛していると思っていたのにショック」
「何故、そのような誤解をされたのです」
「だって、みんな私のいうことを聞いてくれるし、親切だったもの」
「当然です。イルターお嬢様は旦那様に可愛がられており、イルターお嬢様に何かあれば、首が飛ぶこともあるでしょう。親切に接して当然です」
「凄くショック」
「よくお気づきになりました。やはりイルターお嬢様は勘がよろしい」
勘じゃないです。
私の中の悪役令嬢が“おほほほ、貴族の嗜みとして当然でしょう。所作から相手の心情を察するのは当然の技術ですわ。ライバル達が甘い声で囁いて近づき、揚げ足を取って引きずり下ろす。そんな事は日常茶飯事ですわ”と言っている気がする。
嘘の笑顔で近づく貴族と違って村人は素直だったから、村人らが私を迷惑がっていたのに気付いた。しかも魔法の噂が広がると私を見るだけで恐れ出した。
家族以外で私を心配してくれるのはトラウトの一家だけ・・・・・・いつも変わらないのはクィリッィエのみだ。否、クィリッィエはむしろ積極的に話し掛けるようになっている。
「クィリッィエは私のことをどう思っているの。嫌っていないとは思うけど・・・・・・」
「一言で申せば、幼い頃から面白いと思って見ておりました」
「私のどこが?」
「そうですな。川辺に茂る雑草を食べようと出したときは驚きました。今では非常食となっております。また、肉の燻製小屋に変な木を持ち込んで駄目にしたこともありました」
「あっ、責任とらされて全部食べさせられた奴だ」
「それでも懲りずに何度もやってくれました。肉に香りを付けるのは当たり前になっております。イルターお嬢様には驚かれてばかりで飽きません」
何でそんな変に思われていたのか。
自分でもわからず、何となくやった方がいいくらいの感じでやっていたような気がする。
でも、今ならわかる。
あの雑草の種が稲穂に似ていた。籾を取って水に浸けて炊き出した。まったく美味しくなかった。でも、食べられないこともないので非常食になっている。
燻製や料理でよい香りの木や草を投じたのは肉の臭い消しだ。
前世の私が自前でソーセージを作った経験やハーブを料理に入れる習慣が私の奇行の原因だった。
母と姉から信用されないのは、私のとんでもない奇行の所為だろう。
「クィリッィエは怒らなかったね」
「奇行が悪い訳ではありません。現に新しい道具が造られ、料理も美味しくなりました」
「ありがとう。クィリッィエを見直しました」
「ご安心下さい。失敗した責任はイルターお嬢様自身で取って頂きます」
「そこは私がフォロー致しますじゃないの」
「何故、私が」
やっぱりクィリッィエはクィリッィエだ。
クィリッィエと雑談しながら街道に膝まで積もった新雪の上を歩く。先頭を歩くトラウトとエンニーが苦労しながら雪を踏み潰していた。私は“悪路走破”のスキルを持ち、魔力巡回で肉体強化している。その上、騎士団が踏み潰した後を進むので楽なものだ。
騎士団の後ろに付いている父が何度も振り返っては、私の調子を聞いてくる。
「イルター、疲れていないか」
「大丈夫、平気だよ」
「無理をするな。まず街道まで十ロキ(10キロ)だ。そこから北に向かって街道を十ロキも歩く。雪道は体力を削る。騎士団は山菜摘みのように休み休みで進まない。疲れたら、すぐに言え」
「うん、わかった」
「本当に疲れていないか。休んでもいいんだぞ」
「大丈夫だよ」
「肩車してやろうか」
「魔物が出たときにお父さんが動けなくなるじゃない」
「父さんと話すより、クィリッィエと話すのがそんなに楽しいのか」
「楽しいとかじゃない。知らないことを聞いているだけ」
「クィリッィエ、イルターに知らないことを吹き込んで拐かそうとしているのだな。よし勝負だ。娘が欲しければ、俺を倒してゆけ」
「旦那様。イルターお嬢様を欲しいなどと私から言った覚えはございません」
「イルターが可愛くないというか」
「可愛いとか、可愛くないなど論外です。洗礼も受けていない子供を恋愛対象に考える者の方が問題でしょう」
「クィリッィエ、お前はイルターをそんな変な目で見ていたのか。許さん」
「何をおっしゃっているのですか」
「お父さん、前を見て! 騎士団の指揮を取る。私達に話し掛けないで」
「私達だと。イルター!?」
父が意外と面倒な性格だと初めて知ったよ。
私は知らないことが多い。村の外に出たのも山菜摘みが初めてだった。だから、レプス領の地形すら知らない。辺境伯が治めるエスタテ辺境領、ラトリア王国なんて王様がいる程度しか興味を持っていなかった。
でも、悪役令嬢が“そんなことじゃ駄目よ”と言っているような気がした。
クィリッィエに聞こうと思っていたが、私は順番を変えて父に騎士団の戦い方を聞くことにした。
「お父さん」
「何だ。イルター、やっぱりお父さんと話したくなったか。そうだろう」
「うん。だから、教えて」
「何を聞きたい。知っていることなら何でも教えてやるぞ」
「騎士団って、どんな戦い方をしているの?」
「騎士団か。そりゃ、魔物を見つけて突っ込むと、一気にズドドンと倒している」
「ズドドンって何?」
「だから、一気に近づき、ウオォォと槍を前に出す。そして、デカイ魔物はドカンだ」
「・・・・・・・・・・・・」
父の説明は要領を得ない。
私は目が点になってしまい、仕方ないという感じでクィリッィエが説明してくれた。
「まず、索敵は勘のよいトラウトにさせております。索敵を得意とする斥候〔シャーフ〕を育てていますが育っておりません。次に盾役のエンニーと旦那様が先行して討伐体制に入ります。従者のニボル、ルベーア、ナリマの三人に部下二名を付け、旦那様を追って周囲の警戒をさせるのが手筈となっております」
「つまり、お父さんらが攻撃を担当し、他の三人は左右と後ろを警戒させているのね」
「やはり、イルターお嬢様はセンスがよろしい。その通りでございます」
「クィリッィエ、俺の説明の邪魔をするな」
「申し訳ございません」
討伐と巡回では手筈が変わり、冒険者パーティーが加わると騎士団の役目も変わる。ただ、お父さんの説明は擬音が多く要領を得ない。その都度、クィリッィエの注釈が必要だった。
ふと、クィリッィエが騎士団に詳しいのか疑問に思えた。
「どうしてクィリッィエが騎士団に詳しいの?」
「レプス領で領都の学校に通ったのが私のみだからです。そこで戦略、戦術、軍の調練を学びました。旦那様は軍で訓練を受けておりますが、他の者は私が指導しました」
「お父さん、本当?」
「ちぃ、嘘ではないが、騎士団を育てたのは俺だ。クィリッィエではない」
「その通りでございます。私はあくまで仮の騎士団長です。皆の動きを指示したまで、皆を育てたのは旦那様でございます」
「どうだ、わかったか」
「クィリッィエ、騎士団長だったんだ。凄い」
「仮でございます」
「イルター、凄いのは父さんで、こいつは何もしていないからな」
はい、はい、お父さんも凄い。
そのあとも父の説明は理解できず、クィリッィエの解釈で理解する。父との会話が一だとすると、クィリッィエとの会話が九になってゆく。
私とクィリッィエが仲良く話していると、段々と父の機嫌が悪くなる。
父の機嫌が悪くなるほど騎士団は父から距離を取ろうと歩みが早くなった。私には遅いくらいだったので丁度よかった。私も歩みを早めると、父と騎士団の距離が縮む。
焦った騎士団がさらに速度を増した。
新雪の街道を競歩並みで猛進し、察した私は少し距離を開けて歩いてあげた。でも、そんな速度で歩けば、昼過ぎに到着予定だった砦が日の出の直後に到着する快挙を挙げた。
まぁ、この季節は日の出が遅い。〔午前八時半頃〕
〔※ 道のりは20km。競歩の時速15~16km。新雪で徒歩の時速は2~3km〕
「旦那様。予定より随分と早く到着しました。昼前から森に入り、皆の戦闘力を確認したいと存じます」
「森に入るのは明日からだろう」
「予定ではそうなります。しかし、今日中にイルターお嬢様の魔法で、皆がどれだけ強化されるかを確認できれば、イルターお嬢様が村に帰る日も一日短くできます。奥方様も喜ばれるでしょう」
「イナードが喜ぶか」
「イルターお嬢様が森に入るのは初めてでございます。奥方様もさぞ心配され、眠れぬ夜を過ごしておいででしょう。一日早く帰れば、奥方様のご負担も軽くなります」
「そうだな」
「ご安心下さい。今すぐに森に入ろうと申しません。十分な休憩と食事を摂ったのちです。昼前から森に入れば、確認するには十分な時間が残っております。これも奥方様の為です」
「わかった。そうしよう」
おぉ、クィリッィエは父の扱いが上手だと思った。




