第六話 悪役令嬢、領都へ行く(2)
今晩も弟のロルヤーが床に入るとスリープの魔法を掛けて狩りに出掛けた。
騎士団と巡回に同行する日を除くと、もう日課である。
私の狩り場は第五広場よりかなり大陸奥地側の北西とした。冬の時期は関係ないが、初夏から秋の終り頃まで、第五広場を中心に広範囲の魔物駆除を行うのでバッティングを避けた。
今夜の獲物はデンテムナメル〔牙虎〕であり、デンテムウルフ〔牙狼〕より速く巧妙な動きをする厄介な相手であった。牙狼は群れるが牙虎は単騎か、多くとも二体しかいないのが幸いだった。
不意打ちに失敗した私は長期戦を強いられた。
<あぁ、粘るな>
“ご主人様の不意打ちレベルが低いからだな”
<こいつの反応が異常なのよ>
“ステータスはご主人様の三倍強だ。何とかなるだろう”
<どうして肉体強化と危険察知なんて面倒なスキルを持っているのよ>
“個体差まで知らん”
<ポン太の索敵範囲が低すぎる>
“これは仕様だ。文句なら女神様に言え”
牙虎の鋭い爪を私は高速で躱しながら耐えた。
敢えて魔法を封印し、相手が油断して大振りになる瞬間を待って、その瞬間に私は相手の懐に跳び込むと、全方位から“ダークバインド”〔闇の手〕が覆って逃げ道を塞ぎ、私が居た場所から数本の“アーススピア”〔土槍〕が牙虎の首元を狙った。
牙虎の爪が襲い掛かる“アーススピア”〔土槍〕を防いだが、牙虎が躱すより速く私の剣が心臓を貫いていた。
やっと終わった。
“おもった以上に手間取ったな”
<十体は倒したかったけど、今日はこれでおしまいね>
“南の魔物駆除なんて無駄だろう”
<魔物が増えると食料が減るのよ>
“ご主人様、良い言葉を教えてやろう。ご主人様がやっていることは『焼け石に水』っていうんだ”
<知っているわ>
レプスからテラスまで東西百キロ、南北二百キロもある。
関東平野より広い森を私一人で、ゴブリン〔小鬼〕やオーク〔中鬼〕の駆除なんて無理だ。
しかし、放置するとウルク〔大鬼〕や オーガ〔巨大な鬼〕に進化する。
ノネマやテラスの十数人の騎士団では手に負えない。
さらに問題なのが、狼、鹿、猪がゴブリンを倒し、それを食べて魔物化すると、魔物は食べられない。そう、お肉が食べられなくなる。
私は四匹の精霊を飛ばす。精霊は高速で飛び回り、広範囲をカバーできる・・・・・・が、関東平野より広い森をカバーできない。
南へ転移する前に、私は聖域に足を運んだ。
“十三番の桃源郷も随分と育ったな”
<一番から六番は冒険者に取られたから作り直し中なのよね>
“ご主人様が親父らを案内しなければ、独占できただろうに”
<仕方ないよ。私がどこで白桃や林檎を調達したのか。その整合性を付ける為に必要だったの>
“今では狩り場の安全地帯として活用され、そこで生えている魔法草や北の香辛料が自由に採取できるようになった訳ですぜ”
<運がよければ、実がなると果実も手に入る。でも、砦の北へ行ける冒険者は魔石や素材を売る方が儲かるから積極的に採取依頼を受けない>
ポン太と会話しながらシーナ草を採取した。
南の森では珍しいかも知れないが、北ではあちこちで生えている魔法草だった。ただ、この魔法草は何の役に立つかわからなかった。魔石を溶かす効果がある魔法草か。
私も成分を抽出したり、熱したり試したけど、回復にも毒消しにもならなかった。
“医学か、研究肌の者でないとわからない訳だ”
<魔石が溶かせるなら、魔石から純粋な魔力のみを取り出せないかな?>
“取り出せても、魔素と同じですぐに霧消するぞ”
<そっか、取り出せたとしても、その後が問題だね>
“今回は、その草を小僧に渡して終わりだ”
<ポン太、村から出てゆく理由を何にしようか。もうネタが尽きた>
“届けると約束したのはご主人様だ。俺様は知らん”
<明日、どうしよう>
ポン太は答えてくれない。私はそんなことを悩みながら南に転移した。
街道を中心に魔物駆除し、明け方まで続けて部屋へ戻る。
そして、食事を終えると、私はこっそりと村を抜け出した。
私はマリアに姿を変え、領都に入った。
あの子が住む難民キャンプは教会の裏手にあるらしい。
冒険者ギルドを素通りし、大通りを抜けて領主邸が見えたところを右手に回る。すると教会の大聖堂が見えてくる。
その横に広場があった。
広場の奥に掘っ建て小屋や布で覆っただけのテントが並んでいた。
難民キャンプからあの子が駆け出してくる。
名前はクンク。
苗字はなく、猫耳と尻尾がなければ、普通の少年に見える。
年は十一歳で私より年上だが、小柄で弟のロルヤーくらいの身長しかなかった。
「マリア⁉」
「クンク、シーナ草を採ってきたわよ」
「本当に」
「嘘を言ってどうするの」
私は黒猫族の子に手を取られて、母親が寝ているテントに案内された。
難民キャンプ内の悪臭が酷い。
ダンジョンでもっと酷い悪臭の中で戦っていた悪役令嬢の記憶があるので問題ないが、普通に健康状態を心配するレベルだ。
しかも薄着、私なら冬の寒さで凍え死にそう。
“ご主人様は寒冷耐性があるので裸でも問題ないぞ”
<気持ちの話、耐性があっても寒いのは寒いの>
“光の加護を掛け合わせれば、寒さも消えるぞ”
<だから、気持ちの問題だって。冬空の下で薄着とか、心が寒さに震えるの>
“よくわからん”
精霊って融通が利かないな。
そんな会話を心の中でしている内に、一つのテントに案内された。
地面の上に敷いた布の上に、クンクに似た女性が寝かされており、粗い息を吐いていた。
その横に老人が立ち上がって私に頭を下げた。
「この度はご足労ありがとうございます」
「いいえ、大したことじゃありません」
「マリアから貰った解熱剤がすげえ。お母さんが喋れるくらいに回復したんだ」
「苦しそうだけど」
「一昨日までもっと酷かった。もう駄目かと何度も思った」
「シーナ草を採ってきましたがどうしますか」
「煎じて飲ますだけです。儂が致しましょう」
私は老人にシーナ草を渡す。
母親の状態が心配なので“ハイヒール”〔大回復〕と“キュア”〔毒消し〕を掛けておく。
恐らく、“エキストラヒール”〔超回復〕で症状も改善すると思うが、完治するかはよくわからない。でも、他の魔法なら・・・・・・。
“ご主人様。貴重なサンプルがいるからと言って、勝手に魔法を掛けて試すのはどうかと思うぜ”
<サンプルとか、思っていないから>
“でも、解毒、洗浄、正気、魔散の解除魔法を試したいとか考えただろう”
<俺様の鑑定で効果はすぐに確かめられるからな>
“可能性を考えただけよ”
<ご主人様は何でも口に入れて効果を確かめようとする。状態異常無効スキルを持っているから問題ないが、弟君が真似をして死に掛けたのを忘れていないだろうな>
“ロルヤーが真似をして口に入れるとか思わなかったのよ”
<ご主人様がいない場所で食べていたら死んだな。だが、その後に弟君に毒草を食べさせて効用を確かめるのは酷い仕打ちだったな>
“同じことが起こる前に、毒耐性を付けさせた方がいいと考えただけよ。ロルヤーを実験体にして毒の効用を確かめた訳じゃないからね”
<そうだったか、毒の種類がわかって嬉しそうにしていたと俺様には見えたぞ>
“ロルヤーにいろいろな毒耐性が付いて喜んだのよ”
<どちらにしろ、実験するなら、一声掛けてからしろよ>
“しないから”
そんなことを論じているうちに、老人が煎じた薬を持ってきて飲ませた。
飲むとすぐに効果が現われ、石化重度から軽度、そして、石化の状態異常がすっと消えてゆく。
他の魔法薬の効果と似ている。
薬草で作った回復ポーションの効果がじわじわと治りが早くなる感じだが、、魔法薬草で作った回復ポーションは劇的に傷口が消えてゆく。
傷口の異物を取り込む可能性が高いので、傷口を綺麗に洗ってから使うのを奨励される。
“ゴブリンが噛み付いて、傷口に胞子が残っていると大変なことになるのよね”
<腕が腫れて巨大な瘤ができる。腹などは最悪でゴブリンの幼体が腹を食い破って生まれ出すな>
“浄化魔法を掛けるか、火で焼いた剣を当てるだけで防げるけどね”
<焼き印だな>
“焼き印じゃなく、消毒。生きた肉を焼いた臭いが最悪らしいから見たくないわ”
<ご主人様がいれば、浄化できるから見ることはないだろう>
“ホント、浄化が使えて助かった”
体が楽になった母親が立ち上がろうとするのをクンクが止めた。
体力も減っているだろうから、何かおいしいものでも作ってあげましょう。
「クンク。私、教会に寄ってくるね」
「マリア、ありがとう」
「気にしない。報酬の銅貨五枚は貰ったわ」
「でも、採取には金貨一枚でも足りないって」
「私にとってついでよ。銅貨五枚も掛からないの」
「俺、絶対にこの恩を返す。絶対に返す」
「気にしない。気にしない。私が好きでやったことよ」
「俺、絶対に返すから」
クンクは力強く決意する。
私は軽く流した。
難民キャンプを出ると教会を目指す。
“今度は何をする気だ”
<クンクはひょろっとしているし、周りの人も顔色が悪そうでしょう>
“全員が衰弱しているな”
<クンクだけに食料を渡してもいいけど、いっその事、炊き出しする方がいいかなって感じ>
“それで教会に行くのか”
<教会に寄付を渡して、炊き出しの許可を貰うのが筋なのよ>
“聖女マリアの炊き出しか。そういうイベントがあったな”
<寄付は金貨二十枚でいいのかしら>
“知らん。エルフ擬きに聞け。だが、冒険証を得た後に、冒険者ギルドの素材引き取り窓口で金貨二十枚分、商人の倉庫に戻って金貨二百枚分の魔石と魔物素材を卸したから金に問題はないな”
<エルフ擬きじゃなく、クィリッィエね。私やねぇねぇの洗礼費は金貨十枚でしょう。でも、村の子供は村一つで銀貨十枚なのよね>
“洗礼を執り行う神官が上級か、下級かで値段が変わる感じだったな”
<もっと偉い貴族になると、特級神官、助祭、司祭が執り行うから寄付金も上がりそうね>
“一桁ずつなら司祭なら金貨一万枚か。ご主人様の村が十年は暮らしていけるぞ”
<そんな訳ないでしょう。でも……どうなのかしら? 司祭様なら金貨百枚が入りそうな気がするわね>
そんなことを話しながら教会へ向かった。
■レブス村の財政
<イルター十歳時>
塩:金貨0枚、自家消費のみ(自家消費には、村と砦の食事分を含む)
北の香辛料:金貨0枚、自家消費と贈答品のみ
果実:金貨0枚、自家消費と贈答品のみ(かなりの数の果実を商人に送った)
穀物:金貨0枚、自家消費(小麦、芋などは買ってくれる商人がいない)
※三年前までは、自家消費分の生産もできないので辺境伯に援助して貰っていた。二年前に村の消費分を生産できるようになり、一年前に砦の食堂分も賄えるようになった。
食堂売上:金貨36枚年
一食50ソル×2食×300人(8割)×実働期間150日=360万ソル(金貨36枚)
※実日数と使用回数は3割くらい少ないが、ふわふわパンなどが添えられた高級な食事セットがその3割分を埋めている。
葛粉:金貨20枚年
魔物の討伐による騎士団の寄付金:約50枚
レブス領の年収は金貨106枚程度。
ここから騎士・兵の費用で金貨36枚(約34枚)
・給与
上級兵10人400ソル:12万ソル(大銀貨12枚)×10人=120万ソル(金貨12枚)
地方兵(一般)40人200ソル:6万ソル(大銀貨6枚)×40人=240万ソル(金貨24枚)
・経費
食事代:1日50ソル×50人=75000ソル(0.75金貨)
宿舎代:1日10ソル×50人=150000ソル(1.5金貨)
レプス領の実収入は、金貨70枚。




