第五話 悪役令嬢、冒険者を目指す(2)
ベツアからテデゴセへの景色は一変した。
私の住むレプス村から伸びる街道はどちらかと言えばまっすぐな道が多い。しかもレプスは台地であり、割と起伏が激しい上に、周囲は大きな木々で覆われている森の中ということもあり、視界が悪かった。木々で覆われた視界の悪さは南のノネマやテラスも同じだった。
敢えて違うところを挙げると、ノネマ領は台地と山に囲まれた大きな窪地、テラス領は山地に囲まれた谷間に街道が通っているくらいだ。テラス城壁町は街道から外れた山の突き出た尾根に建てられており、城門まで山道を上るとノネマからレプスまでの森が一望できるのだ。
テラス領の谷間を抜けるとベツアがあり、そこから森が消えて、見晴らしのよい荒野が広がっていた。私は岩を蹴って空を飛ぶように移動した。
乾いた風が気持ちいい。
何故か、ベツアを越えると急に緑が減るのよね。
“夏は山を越えてくる乾いた南風、冬は山脈を越えて凍りつく北西風が吹き、一年の降水量がエスタテ辺境領で一番降水量が少ない地域と、あの生意気なエルフ擬きが言っていただろう”
<そうだったっけ>
“夜更かしで昼間にウトウトして講義を聴いていないご主人様が悪い”
<夜は忙しいのよ>
“昼間に寝ていい理由にならん”
<でも、凄いと思わない。まっすぐな森の道と、蛇行するテデゴセへ続く道、作った人の設計思想がよくわかるわ>
“誤魔化したか。まぁいい、この道のどこが凄い”
<森の中は見晴らしが悪いから起伏を無視してまっすぐな道を切り開いた。逆にここは見晴らしがいいので、馬車が走り易いように高低差のない場所に道を作っているじゃない>
“そういう事か。見晴らしの悪い森の中では高低差のない場所を探す労力を無駄と割り切って、まっすぐな道を引いたのか”
<凄いと思わない>
“そんなに感動することかね”
<感動するわ。魔物氾濫〔スタンピード〕が起きたときにエスタテ辺境領を護る最後の砦としてベツア城壁町を建てたのもわかる。レプスの台地の長く延びる断崖を見て、砦を築いて防衛拠点を建てようと考えた人と同じ人ってわかるじゃない>
“俺様にはわからん”
多少うねうねと蛇行しても平らの方が馬車は走り易い。魔物氾濫〔スタンピード〕が起こったときに領都からベツアまでの移動時間を減らす工夫だとわかる。だから、レプス砦の騎士と冒険者は一体でも魔物を減らし、非戦闘員は地下壕へ避難させるという非情なまでの割り切りが見える緊急マニュアルを残している。
“わかった。わかった。昔の人は凄かった。でも、俺様は平らな街道を走らず、足場の悪い岩がゴロゴロするところをショートカットできるご主人様が凄い、凄い、スゴ過ぎると思っているぜ”
<ポン太、本気で褒めている。馬鹿にされていない?>
“岩から岩を跳んで高速移動ができるご主人様が、本物の怪物だと褒めているのさ”
<怪物って、褒めてない>
“だって、ご主人様は怪物だと自覚がないからね”
<私は怪物じゃない。ここを走れるのは悪路走破スキルのお陰よ。着地する瞬間に、次に目指す岩を見つけてくれて、蹴り出す角度と力加減をなんとなく教えてくれる。本当に便利なスキルだわ。雪道でも転ばないし、沼地でも足を取られない>
“そのスキルを手に入れた悪役令嬢も怪物じゃないか。悪路走破はかなりレアなスキルだ。三年間という時間縛り、足場の悪い場所で千回以上も勝利する取得条件、普通の奴はクリアーできない”
<私は悪役令嬢からはじめたいって女神様に願ったでしょう。十五歳から十七歳ではなく、八歳スタートの十年も余裕があったからよ>
“それでもキツいだろ”
<確かに、一周目の終盤ギリギリだったわ>
“やはり、ご主人様は昔から怪物だったと証明された訳です”
<だから、怪物じゃないって。怪物は砦にくる冒険者らよ。ステータスは私の倍はあるし、気を遣った肉体強化に、後衛の魔法使いがバフを掛ける。まったく勝てる気がしないわ>
“余裕で勝てるだろう。本来のご主人様は魔法主体のスタイル、後ろから魔法でイチコロだろう”
<私は純粋なステータスのことを言っているの>
“あぁ、そっちか。ご主人様のステータスをダブルスコアで越えている理由はわからん”
<でしょう>
私は街道をチラリと横目で確認しながら、高速で空を飛ぶように岩と岩を跳び続けながらステータスの画面を開いた。ステータスはゲーム世界の強さを基準に私の強さが示されており、上位精霊であるポン太の鑑定能力で相手のステータスを推定している。
ポン太は偽装スキルを持っているもの以外は、鑑定ステータスは間違いないと豪語する。
<私がはじめて狩りに行った日、私はねぇねぇのステータスを遙かに超え、お母さんやお姉さんと同じくらいだったよね>
“間違いない”
<一晩で五百ポイントを取得してトラウトと同じくらいまで近づいた。あのペースで上がれば、あっという間に人類の枠を外れて怪物になったと思うわ>
“それが無理なのは前半と後半の伸びの違いでわかっていただろう”
<もちろん、察した。でも、五百ポイント上のお父さんに追い付くのに一年も掛かるとか思わなかった。お父さんを越えてから二年、まだ三百ポイントしか差が付いていないのよ。あと三十年掛けても、あの冒険者らに追い付く気がしない>
“そうなんだよな。倒している魔物はご主人様と大差ない。でも、ステータスの伸びは冒険者らの方が効率的に見える。全然、わからん”
<ポン太って、役立たずだね>
“ポンコツなご主人様に役立たずって言われたくない”
<また、ポンコツっていう>
先行させていた風の精霊の視界が三台の馬車を捉えた。
ベツア城壁町には領都周辺の騎士が駐留しており、物資の行き来も多いので馬車に遭遇するのは珍しくない。しかし、ベツアより先は魔物が少ないと聞いていたが、その三台の馬車は十数頭の“アルバーウルフ” 〔白狼〕に襲われていた。
ベツアより先も安全じゃないのね。
“どうしますか。助ける義理もないですし、時間もないので素通りしますか”
<またぁ、意地悪なことをいう>
“助けるなら、急いだ方がいいみたいですぜ”
<そのつもりよ>
私はスキル“瞬動”も加えて速度を増した。
最後尾の荷馬車を護っていた冒険者の一人がアルバーウルフの前脚に体を抑えられ、今まさに首元を食いちぎられそうとしていた。
スキル“一閃”。
声を掛ける暇もなく、すれ違い様にアルバーウルフの首を刎ねると、もう一人の若い冒険者が剣を持つ腕を噛み付かれ、食いちぎろうとしているアルバーウルフの頭から剣を突き刺して屠った。
次ぃ!
私は一瞬で周囲を見渡し、全体を把握し直す。
冒険者は十五人、対するアルバーウルフは二十三体の大所帯だ。ボスが全面におり、リーダー格の冒険者がボスに対峙し、その仲間らしい四人がカバーに回っている。中堅の五人が前衛の動きに引き摺られて前へ移動し、後衛の五人が取り残された。
そんな感じかしら?
“それであっているんじゃないすか”
<じゃあ、まず残りの右後方の四体から始末するか>
“ご主人様なら、槍系の魔法で瞬殺でしょう”
<私は後衛から援護する魔法スタイルだけど、マリアの姿の時は剣を主体にした前衛スタイルでいきたいの>
“面倒くさいことを考えますね”
<変な人に勘づかれたくないから予防の措置よ>
馬車を護衛する冒険者は砦にくる冒険者に比べると幼稚過ぎる。
アルバーウルフ程度の魔物ならば、馬車を背に数人で守り合えば、簡単に守り切れる。でも、互いの距離がバラバラな上に、攻撃するタイミングを仲間と合わせていない。
連携を得意とする狼系の魔物にとって、これほど戦いやすい相手はいない。
私が右後方の四体を始末しているうちに、右前方の三人が六体のアルバーウルフに陣形を崩されてピンチになっていた。
駄目駄目じゃない!
私は収納庫からクナイのような短刀を片手に三本ずつ取り出し、右左と六本の短刀を投擲した。
ギャフン!
二体は首元に見事に刺さって即死したが、残る三体は少し外れて重傷を負わせるに留まり、一体だけ投擲に反応して前脚で受けた。助けられた冒険者が「誰だ?」と叫んでいるが無視だ。
でも、投擲はまだまだね。
“投擲スキルなしで、この命中率なら上出来だ”
<剣術、短剣術、棒術、体術のスキルはある程度取得したけど、投擲は要らないと思っていたのよ。こんな事なら取っておけばよかった>
“はぁ、魔術士が投擲をマスターしようと考える方が異常だろう”
<あの三人、大丈夫だと思う?>
“六体の内、五体は実質戦闘不能。残る一体も前脚が使えず、戦力は半減以下。これで負けるようなら冒険者なんて辞めるべきだな”
<だよね>
私は右前を放置して荷馬車の屋根に跳んだ。
左後方に三人の冒険者がおり、こちらも中堅が前へ移動してアルバーウルフに取り囲まれていた・・・・・・が、崩れることなく、連携して防衛線はしっかりと張られていた。
私は三人に聞こえるように声を張り上げた。
「神の名において!」(イン・ノミネ・デイ!)
冒険者同士が助けに入るとき、敵ではないことを示す「助太刀致す」という意味の合言葉だ。
タンク役の戦士が「助かる」と応じた。
弓士を中心に、戦士と軽戦士が互いに守るように戦っている。私は三人と敵対している六体のアルバーウルフの中心に身を投じた。
三人が一斉に「あぶない」と叫んでいるが、アルバーウルフの動きは私から見るとスローモーションに見える。屋根に上がった時点で肉体強化、魔法強化、光の加護を外してみたが、この遅さでは練習相手にもならない。
連携して襲ってくるアルバーウルフに剣を合わせるだけで勝手に死んでゆく。五体が屠られ、残る一体が怯えて体を硬直させ、逃げようとした瞬間に弓士の魔法のバフをかけた矢が首元を射貫いて見事に仕留めた。
「お見事」
「貴方の方が凄いわ。何をしたのかわからなかった」
「助けてくれた」
「スゲえ。俺より若そうなのに」
三人が私に言葉を掛けてくれたが、それに答える余裕はない。
後方の異常に気付いた群れのボスが、冒険者リーダーとの対戦を中断し、残る十体を切った狼の群れを率いて向かってきていた。タンクの戦士が私に吠えた。
「こっちだ。後方は俺達が守る。少し耐えれば、リーダーが駆け付けてくれる」
うん、悪くない判断だ。
体が一回り大きなアルバーウルフを群れのボスと判断して、私とボスの一対一の防衛線を張れば、味方が駆け付ける時間が稼げると冷静に対処している。残念な点は私の実力を測れていないことだろう。
「ありがとう、お兄さん。でも、大丈夫だから見ていて」
私はそう言うとボスの方へ駆け出した。
おっと、ボスがスピードを落として子分の狼たちを先行させ、一列三体の三組が迫ってきた。
逆弓型で近づき、アルバーウルフ〔白狼〕らが正面、右、左から同時攻撃を掛ける。
前世の記憶が囁く “白い三連星『トリプルアタック』三重奏だ”と。
えっ、何の事?
幻聴だ。気を取り直して冷静に観察する。
凄い統率力、こんな連携は初めてだ。
遙かに強い“セリビウルフ”〔恐狼〕、その上に“デンテムウルフ”〔牙狼〕でもお目にかかれない巧妙な動きに感動した。
知能指数のみを見れば、このボスはダントツで一番かもしれない。魔物でなければ、ペットとして飼ってやりたい賢さだ。でも、相手が悪かった。
見た目で騙されたのか、仲間を殺されて冷静さを失ったのか、どちらかわからないが連携を崩す対処法は一つしかない。こちらから跳び出し、同時を許さない各個撃破だ。
私は大きく前へ踏み出した。まず正面の敵を一刀両断で横斬りにする。そのままの勢いで右に襲いかかって斬り倒し、返す剣で左に跳ぶと袈裟切りで左の狼を捌く。しっかりと踏み込んだ脚を踏ん張ると、再び正面の狼を引き割く。
これを三度繰り返すだけで瞬殺だ。
“踏み台にしろ”
<ポン太、黙っていて>
“俺様は何も言ってない”
<ポン太じゃないって>
駄目、集中して、動きを止めるな。
九体の狼に引き割かれた私の止めを刺そうと近づいてくるボス狼の目の前で、私は九体目の狼を切り裂いた。すると、ボス狼が急に進路を変えて横跳びを見せた。
逃がすか! 武技“スラッシュ”。
私はメニュー欄から戦士系武技の初歩中の初歩を選択した。スラッシュは剣に気や魔力を這わせて、それを飛ばす武技である。私は魔力の刃に絡めて飛ばした。
ボス狼も瞬時に反応して高く跳んでスラッシュの軌道を避けた。そして、私のスラッシュはボス狼の脚の下を通り過ぎてゆく。
ちぃ、外した。でも、音を置き去りにした一撃がもたらす衝撃波がボス狼を襲った。
スラッシュは音速で飛ぶ戦士系の飛び武技であるが、私は女神の寵愛で十倍効果が上乗せされ、音速を遙かに超えた刃が起こすソニックブームを起こし、落雷が落ちたような砂塵の壁を走らせる。
その砂塵に飲み込まれた後ろ脚が亡くなっていた。私は砂塵の壁に弾かれて落ちたボス狼のところまでひょいと飛ぶと、頭上から剣を串刺して止めを刺した。
その光景を見ていた冒険者らがただただ呆然としていた。




