エピソード02
「遅かったな」
イタリア製のオンボロ車は、なぜか奇跡的にエンジンが動いた。
独身先輩が暮らす山小屋のドアを開けると、
何年かぶりに会う先輩が、腕を組んでいた。
「あれ、どうしたのそれ」
俺の足元には、子ぎつねがいた。
「先輩、」
「なんだ?」
「この子ぎつねが大人になるまで、ここで暮らしていいですか?」
「はっ?」
俺は先輩の口利きで、村役場から空き家をタダでもらいうけ、
そこに動物診療所を開設した。
空き家はいくらでもあるし、年寄りを診てくれる先生が来てくれて嬉しいと、
村長は笑いながら、俺の肩を何度も叩いた。
獣医だけど、なにか?
診療所の最低限の設備を搬入し、手書きの看板も取り付けた。
俺は机の上で寝ている子ぎつねを抱き上げた。
「今日からお前はラッヘだ」
俺は子ぎつねに、ラッヘという名前を付けた。
ラッヘは、女子だった。
用意したご飯をムシャムシャ食べる、元気な女の子だ。
クルリとした愛らしい目、
薄茶色の毛並みだが、鼻から口の周りは雪のように真っ白だ。
活発で診療所の中を走りまくっているが、
時折見せる、凛とした上品なたたずまい、
間違いなく、モテモテ美人女子だ。
ラッヘは、俺がどこに行くのにも後を追いかけてきた。
町へ出かけるときに、家に置いておこうとしたが、
凄い声で鳴くので、仕方なく車に乗せた。
歩く時は、大きな黒いバックに入れた。
時折顔を出す度に、すれ違う人が驚きの声を上げる。
診療所での治療依頼は、思った以上に多く、
遠くの村や町からも、ケガや病気のペットが運ばれてきた。
近隣住民からの差し入れもありがたくいただき、村での生活は安定していた。
ただ人との接触は避けたいので、俺は人間からラッヘを遠ざけることにした。
俺とラッヘは、この村で暮らした。
一年近く過ぎた。
ラッヘは恋の季節を迎えて落ち着きがなく、乱暴になってきた。
暴れて診療所の器材を、倒して壊してしまうこともあった。
大きな声で鳴くことも多くなった。
俺はラッヘを山へ返すことにした。
何度も何度も後ろを振り返るラッヘを見て、
俺は大好きな人を失う感覚になった。
尻尾を下げたラッヘの後ろ姿は、
雪深い景色の中に溶け込み、やがて見えなくなった。
木にとまるセミを見つめた夏、
山で初めてどんぐりを食べた秋、
雪の中を元気に飛び跳ねた冬、
俺とラッヘが共に過ごした季節は、あっという間に過ぎて、
ラッヘは、大人の女性になったのだ。
さよなら、ラッヘ
どうか、元気で




